変わらない日常、変わり始めた自分
眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込む。
悠真はゆっくりと目を開けた。
「……朝か。」
天井を見つめたまま、大きく息を吐く。
夢世界では七日近く過ごした。
オーガとの死闘。
リシェルとの共闘。
そして、最後に見せたあの笑顔。
「何も言えずに帰ってきちゃったな……。」
胸の奥が少しだけ締め付けられる。
夢なのに、別れは本物だった。
⸻
ベッドから起き上がると、身体は少し重かった。
肩にはまだ痛みが残っているような気がする。
鏡の前でシャツを脱ぐ。
「……ない。」
夢世界で受けた傷は消えていた。
それでも、吹き飛ばされた衝撃だけは身体が覚えている。
(痛みは残るんだな。)
机の上のメモ帳を開く。
悠真は夢世界で分かったことを書き足していく。
⸻
・現実1時間=夢世界1日
・夢世界で覚えたスキルは現実でも使える
・《見切り》習得
・ボス級の魔物は一人では勝てない
・リシェルは騎士団所属
・王都へ行く約束をした
⸻
「次に会ったら、ちゃんと約束を守らないとな。」
そう呟いた瞬間、スマートフォンが震えた。
篠宮陽菜
その名前を見て、悠真は思わず笑う。
「朝から珍しいな。」
メッセージを開く。
『今日休みでしょ? 久しぶりに遊ぼうよ!』
さらに続けて、
『断ったら家まで迎えに行く(笑)』
「相変わらずだな。」
悠真は苦笑しながら返信する。
『昼なら空いてる。駅前で。』
すぐに返事が返ってきた。
『やった! 遅刻禁止だからね!』
⸻
昼過ぎ。
駅前の噴水広場。
「悠真ー!」
元気な声とともに、小柄な少女が手を振る。
篠宮陽菜。
幼稚園からの幼なじみ。
肩まで伸びた栗色の髪を揺らしながら、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「久しぶり!」
「この前も会っただろ。」
「二週間前は久しぶりなの!」
「そんなもんか?」
「そんなもん!」
陽菜は昔から変わらない。
明るくて、おしゃべりで、人懐っこい。
悠真が落ち込んでいるときは、いつも隣にいてくれた。
「今日は付き合ってもらうからね!」
「はいはい。」
⸻
ショッピングモールでは、洋服を見て回り、雑貨店に立ち寄り、ゲームセンターでクレーンゲームに挑戦する。
「ほら! あのぬいぐるみ可愛くない?」
「陽菜、家に何個あるんだよ。」
「数えたことない!」
「増やすなよ……。」
そんな何気ない会話に、悠真は自然と笑っていた。
夢世界では命懸けの日々。
現実ではこんな穏やかな時間。
(どっちも、本当の俺の人生なんだ。)
ふと、そんなことを思う。
⸻
帰り道。
夕暮れの交差点。
信号が青に変わり、人々が横断歩道を渡り始める。
その時だった。
「わっ!」
幼い男の子が転ぶ。
横断歩道を走ってきた男の子が転んでしまったのだ。
その先には、信号を無視して走ってくるワゴン車。
「危ない!」
陽菜の叫びが響く。
考えるより先に、悠真の身体が動いていた。
(間に合う!)
男の子までの距離。
車の速度。
飛び込む角度。
夢世界で身につけた《見切り》が、一瞬だけ最適な軌道を頭に描き出す。
悠真は地面を蹴った。
「うわっ!」
男の子を抱きかかえ、そのまま歩道へ転がる。
次の瞬間。
キィィィィィッ!!
急ブレーキの音が響き、ワゴン車は目の前で停止した。
周囲が騒然となる。
「大丈夫!?」
「子どもを助けたぞ!」
母親が涙を流しながら何度も頭を下げる。
「本当に……ありがとうございました!」
「いえ、無事でよかったです。」
悠真は照れくさそうに笑った。
その横で、陽菜だけが黙って悠真を見つめていた。
(今の動き……。)
(あんなに速かった……?)
子どもの頃からずっと一緒にいた。
だからこそ分かる。
今の悠真は、昔の悠真じゃない。
⸻
帰り道。
夕焼けに染まる歩道を二人で歩く。
「ねぇ、悠真。」
「ん?」
「最近、何かあった?」
悠真の足が一瞬だけ止まる。
「どうして?」
「なんとなく。」
陽菜は笑っていた。
でも、その瞳はどこか真剣だった。
「前より強くなった気がする。」
「……気のせいだよ。」
「そっか。」
それ以上、陽菜は聞かなかった。
でも心の中では、小さな違和感が芽生えていた。
⸻
その夜。
ベッドに横になった悠真は、スマートフォンの時計を見る。
眠る時間が近づいている。
「リシェル、待ってるかな。」
目を閉じる。
ゆっくりと意識が沈んでいく。
王都へ向かう約束を果たすために。
そして、新しい冒険が始まる。




