はしご
翌朝。
悠真たちは宿で朝食を済ませると、再び馬車へ乗り込んだ。
目指すは、ドワーフの国。
昨日ラッシュシープと戦った平原を、馬車はゆっくりと進んでいく。
朝の空気は涼しく、昨日の騒ぎが嘘だったかのように穏やかだった。
「今日にはドワーフの国に着きそうですね」
御者席で手綱を握るフィルが振り返る。
「そうだな」
悠真は遠くに見える山々へ目を向けた。
ゼノン。
かつて最強の鍛冶師と呼ばれていた男。
(どんな人なんだろうな)
そして、昨日手に入れた新しいスキル。
《採掘》
(何に使うのか、まだ分からないけど……)
そんなことを考えていた――その時だった。
――ゴーン。
「……あ」
聞き慣れた鐘の音が、悠真の頭の中へ響く。
「鐘が……。」
「鐘ですか?」
「ああ。戻るみたいだ」
「えっ!? 今ですか!?」
フィルが驚いて振り返る。
「まだ出発したばかりですよ!」
「って言われても、俺にもタイミングが分からないし……」
「もう〜!」
そんなやり取りをしている間にも、悠真の身体が淡い光に包まれ始めた。
ツバキは慌てることなく、その光景を静かに見つめている。
「いってらっしゃい。待ってますから」
「はい。いってきます」
フィルも少し頬を膨らませながら手を振った。
「もう。待ってますからね〜」
「ああ。またな」
光が強くなる。
次の瞬間――。
悠真の姿は、光とともに馬車の中から消えていった。
◇
朝。
目を開けると、見覚えのある天井があった。
「……戻ってきたか」
悠真はベッドに横になったまま、天井を見つめる。
土の神殿。
その奥に存在していた、本来なら誰も知らないはずの階層。
神龍。
そして――夢渡り。
「夢渡り……か」
自分は一体、何なのだろう。
なぜ二つの世界を行き来できるのか。
考えれば考えるほど、分からないことが増えていく。
その時――。
いつも聴いている音楽が部屋に流れ始めた。
「……っと」
スマートフォンのアラームだった。
悠真は手を伸ばして止める。
表示された日付を見て、ようやく思い出した。
「あっ。今日、出張だった」
今日は九州へ出張することになっている。
「考えてる場合じゃないな」
悠真はベッドから飛び起きた。
◇
荷物をまとめ、空港へ向かう。
到着すると、すでに二人が待っていた。
「遅かったな〜」
蓮が笑いながら手を上げる。
「そうか〜?」
「まあ、遅刻ではありませんけど」
美月が眼鏡の位置を直す。
「チェックインの三十分前には来ないとダメですよ」
「間に合ってるんだからいいだろ」
「そういう問題ではありません」
「相変わらず真面目だな〜」
「神崎くんが適当なんです」
「はいはい」
三人は手続きを済ませ、飛行機へ乗り込んだ。
◇
座席は三人並びだった。
窓側から悠真、美月、蓮。
「俺、窓側か」
「神崎くん、ずっと外を見ていそうですね」
「子供じゃないんだから」
「どうでしょう」
美月が小さく笑う。
「俺は寝るぞ」
蓮は早々にシートへ身体を預けた。
やがて飛行機が滑走路を走り始める。
速度が上がり――。
ふわりと身体が浮く。
機体は青空へ飛び立っていった。
◇
フライトは順調だった。
窓の外には、青い空と白い雲が広がっている。
悠真は何となく、その景色を眺めていた。
「…………」
その時。
わずかな違和感を覚えた。
「……ん?」
空気が――揺れた。
(この感じ……)
湖で見たもの。
工場で感じたもの。
そして、ホーンラビットが現れた時。
それらとよく似ている。
悠真は窓の外へ目を凝らした。
だが、そこには青空が広がっているだけだった。
(気のせい……じゃないよな)
そう思った瞬間――。
ガタンッ!
「きゃっ!」
機体が大きく揺れた。
シートベルト着用を知らせる音が鳴る。
機内には、気流の乱れによる揺れだとアナウンスが流れた。
しかし――。
(違う)
悠真には分かった。
これは、ただの気流ではない。
ガタガタガタッ!
再び機体が揺れた。
「っ!」
その瞬間。
ぎゅっ。
「……え?」
悠真が隣を見る。
美月が、悠真の腕へしがみついていた。
普段の冷静な表情は消え、目を閉じたまま両手で悠真の腕を抱えている。
「美月?」
「…………」
そして、その向こうでは――。
「…………」
蓮が二人を見ていた。
「…………」
悠真も蓮を見る。
(俺を見るなよ……)
もちろん悠真は何もしていない。
やがて機体の揺れが収まっていく。
「…………」
美月がゆっくりと目を開ける。
そして――。
自分が何をしているのかに気づいた。
「…………!」
ぱっと悠真の腕を離す。
姿勢を正す。
髪を整える。
そして眼鏡の位置を直した。
「……何?」
「いや……」
「何でもないわ」
「まだ何も言ってないけど」
「何でもないの」
「……はい」
美月は何事もなかったように前を向く。
しかし、その頬はわずかに赤い。
「…………」
蓮は何とも言えない表情で二人を見ていた。
(だから俺を見るなって……)
悠真は再び窓の外を見る。
先ほどまで感じていた違和感は、すでに消えていた。
(また、あの感じだった……)
◇
その後は大きな揺れもなく、飛行機は無事、福岡空港へ降り立った。
途中いろいろあったものの、まずは仕事だ。
三人はそのまま打ち合わせ先へ向かった。
今回の出張では、それぞれ担当が分かれている。
美月は設計。
蓮は電子制御。
そして悠真は機械側。
三人はそれぞれの立場から打ち合わせを進めていった。
いくつか調整する部分はあったものの、大きな問題もなく話はまとまった。
「終わった〜」
建物を出た蓮が大きく伸びをする。
「お疲れ」
「お疲れさまでした」
悠真たちはホテルへ向かい、チェックインを済ませた。
◇
「なあ、今日の夕飯なんだけどさ」
蓮が二人へ声をかける。
「ん?」
「いつもみたいに居酒屋じゃなくて、せっかくだから屋台を回ってみようぜ」
「いいね!」
「いいですね」
三人の意見はすぐにまとまった。
◇
一軒目。
悠真たちが選んだのは、創作料理を出している屋台だった。
「へえ……」
並べられた料理を見て、美月の表情が変わる。
「すごい。屋台なのにフレンチ料理が食べられるなんて」
料理が運ばれてくると、美月は一口食べる。
「……美味しい」
普段あまり表情を変えない美月が、明らかに満足そうだった。
その隣には蓮が座っている。
「美月、これも美味そうじゃない?」
「そうね」
「今日の打ち合わせさ――」
「ちょっと待って。これ食べてから」
「あ、はい……」
完全に料理へ夢中だった。
悠真は二人を見ながら笑う。
(蓮……頑張れ)
◇
二軒目。
今度は、もつ料理を中心に扱う屋台へ入った。
「これ、最高だな……」
悠真はもつ鍋を口へ運ぶ。
ぷりっとした食感。
濃厚な旨味。
夢世界では、まだ食べたことのない味だった。
(夢世界でも作れないかな?)
悠真の頭の中で、すでに料理のことを考え始めている。
(そうだ。ホテルへ帰る前に、いろいろ買っておこう)
次に夢世界へ行った時に使えそうなものを、コンビニで補充しておくことにした。
◇
「結構食ったな〜」
蓮がお腹をさする。
「そろそろ帰る?」
美月が尋ねる。
すると蓮が立ち上がった。
「いや。最後に〆の焼きラーメン行こうぜ!」
「まだ食べるの?」
「三人で分ければいけるって!」
「まあ……せっかくだしな」
こうして三人は三軒目へ向かった。
鉄板の上で麺が焼かれ、香ばしい匂いが漂う。
「これも美味いな」
「さすがに一人前は無理だけどね」
「だから三人でちょうどいいだろ?」
三人で一皿を分け合い、最後の焼きラーメンを食べ終えた。
「食った〜」
蓮が満足そうに息を吐く。
こうして三人の屋台巡りは終わった。
◇
ホテルへ戻る途中。
三人はゲームセンターの前を通りかかった。
その時だった。
「…………」
美月が足を止めた。
「どうした?」
「別に」
だが、その視線の先にはUFOキャッチャーがある。
中には、可愛らしいぬいぐるみが並んでいた。
悠真は美月を見る。
「好きなの?」
「別に。……気になるだけよ」
「やってく?」
「……いいの?」
「いいんじゃない?」
三人はゲームセンターへ入った。
美月が挑戦する。
「あ……」
取れない。
もう一度。
「…………」
やはり取れない。
「俺がやってみる!」
今度は蓮が挑戦する。
「よし、ここだ!」
アームが降りる。
ぬいぐるみを掴み――。
ぽとっ。
「ああっ!」
「惜しかったわね」
「くそ〜」
その様子を見ていた悠真が、UFOキャッチャーの前へ立った。
「俺もやってみるか」
ぬいぐるみを見る。
アームの位置。
掴む場所。
重心。
落ちる方向。
そして――。
《見切り》
(……ここだ)
ボタンを押す。
アームが降りる。
ぬいぐるみを掴み――。
そのまま出口へ。
コトン。
「…………」
「…………」
「取れた」
「一発かよ!」
蓮が声を上げる。
悠真は取り出したぬいぐるみを、そのまま美月へ差し出した。
「はい」
「……いいの?」
「欲しかったんだろ?」
「別に欲しかったわけじゃ……」
美月はそう言いながらも、ぬいぐるみを受け取った。
「……ありがとう」
そして、大切そうに胸元へ抱える。
悠真は小さく笑った。
「やっぱり好きなんじゃん」
「……うるさい」
三人は再びホテルへ向かって歩き出した。
その間も、美月はぬいぐるみを離そうとはしなかった。
◇
ホテルへ戻る直前。
「俺、コンビニ寄ってくわ」
悠真が足を止めた。
「まだ何か食うのか?」
「違うよ」
「本当か〜?」
「買いたいものがあるんだよ」
「じゃあ、俺たちは先に戻ってるぞ」
「ああ。また明日な」
「おやすみなさい、神崎くん」
「おやすみ」
ぬいぐるみを抱えた美月と蓮を見送り、悠真は近くのコンビニへ向かった。
店内には、夢世界へ持っていけそうなものがいくらでもある。
「便利だよな……コンビニって」
悠真は棚を眺めながら、いくつかの商品を手に取っていった。
◇
買い物を終え、ホテルの部屋へ戻る。
悠真は荷物を片付けると、ベッドへ横になった。
「疲れた〜」
天井を見上げる。
今日は色々あった。
飛行機。
仕事。
屋台。
そして――。
悠真の頭に、行きの飛行機で感じた違和感が浮かぶ。
あれは、これまで何度か感じた空間の揺らぎと同じものだった。
「…………」
明日の仕事が終われば、あとは帰るだけだ。
「帰りの飛行機……何事もなければいいけど」
悠真は小さく息を吐く。
そして――。
ゆっくりと目を閉じた。
意識が、静かに沈んでいく。




