誰にも止められない
翌朝。
悠真は宿の部屋で目を覚ました。
「……ん?」
身体を起こしたところで、下の階から騒がしい声が聞こえてくる。
何人もの人間が慌ただしく行き交っているようだった。
「何かあったのか?」
悠真は急いで身支度を整えると、部屋を出て一階へ降りた。
食堂には昨日とは違う緊張した空気が漂っていた。
宿泊していた冒険者たちが武器を手に、次々と外へ出ていく。
「何があったんですか?」
近くにいた冒険者へ尋ねる。
「魔物の群れだ! この村に向かってきてるらしい!」
「魔物の群れ?」
「ああ。ギルドから緊急招集がかかった!」
その言葉を聞いた悠真は、すぐにフィルとツバキの部屋へ向かった。
◇
三人がギルドへ到着すると、すでに多くの冒険者が集まっていた。
そして、ギルドから緊急依頼が発表される。
討伐対象は――。
「ラッシュシープ……?」
悠真は首を傾げた。
(シープ? 羊?)
隣にいたフィルへ小声で尋ねる。
「フィル。ラッシュシープって?」
「ラッシュシープは、三メートルから五メートルくらいある羊型の魔物です」
「……でかくない?」
「一体一体はそれほど強い魔物じゃないんですけど、群れで行動するんですよ」
フィルの表情が少し曇る。
「とにかく群れで突進してくるので、ものすごく厄介なんです」
「突進……」
その瞬間。
悠真にしか見えない文字が目の前に浮かび上がった。
――
【緊急クエスト発生】
中継地点の村へ迫る脅威を排除せよ。
報酬:???
――
(また来たか)
悠真は表示を確認すると、ふと考え込む。
「でもさ」
「はい?」
「突進してくるってことは、急には止まれないってことだよな?」
「まあ……そうですけど」
「だったら、ぶつかる寸前に壁に当てちゃえばいいんじゃない?」
「…………」
フィルが悠真を見る。
そして、ゆっくりとツバキへ顔を向けた。
「……そんな簡単な……ことじゃないですよね? ツバキさん?」
「え、ええ……そうね」
そう答えるツバキも、明らかに動揺している。
「?」
悠真だけが不思議そうに二人を見ていた。
◇
依頼を受けた三人は、他の冒険者たちとともに村の外へ向かった。
村から少し離れた平原。
遠くから地面を揺らすような音が響いてくる。
ドドドドドドド――。
悠真は目を細めた。
「……来た」
砂埃を巻き上げながら、巨大な魔物たちがこちらへ向かってくる。
その数――八体。
巨大な角を持つラッシュシープの群れだった。
「本当にでかいな……」
しかも、速度が速い。
あの巨体の群れが村へ突っ込めば、家屋などひとたまりもないだろう。
悠真は迫ってくるラッシュシープを見つめる。
そして――。
「フィル!」
「はい!」
「できるだけ広く、一面に氷を張ってくれ!」
「分かりました!」
フィルが杖を構える。
「――アイスフィールド!」
冷気が一気に地面を走った。
パキパキパキッ――!
三人の前方に広がる地面が、次々と氷に覆われていく。
それでもラッシュシープは止まらない。
まっすぐこちらへ突進してくる。
フィルが再び杖を構えた。
「――アイススピアー!」
無数の針状の氷が生み出される。
次の瞬間――。
ヒュヒュヒュヒュッ!
氷の雨がラッシュシープの群れへ襲いかかった。
「ブモォォォッ!」
先頭を走っていたラッシュシープたちが、次々と地面へ倒れていく。
しかし――。
すべてには当たらない。
氷の隙間を抜けたラッシュシープが、そのまま三人へ突っ込んでくる。
「来ます!」
フィルが叫ぶ。
そしてラッシュシープが、アイスフィールドへ足を踏み入れた。
ズルッ!
「ブモッ!?」
巨体が大きく体勢を崩す。
しかし勢いは止まらない。
滑りながら、そのまま三人へ向かってくる。
「ツバキさん!」
「ええ!」
ツバキが地面へ手を向けた。
「――錬成」
ズズズズズッ――!
地面が盛り上がる。
そして巨大な土の壁が、一瞬にして形成された。
ただし――。
ラッシュシープ側の壁面には、鋭い棘が無数に突き出している。
「…………」
悠真はその壁を見る。
フィルも見る。
そして――。
ドゴォォォン!!
勢いを止めることのできないラッシュシープが、棘付きの壁へ激突した。
さらに後ろから滑ってきたラッシュシープも――。
ドンッ!
ドゴォン!
次々と壁へ突っ込んでいく。
「…………」
フィルはしばらくその光景を見つめていた。
「本当に……できちゃいましたね」
「そうだな」
悠真は何事もなかったように答える。
ツバキは自分が錬成した壁を見ながら、わずかに苦笑していた。
やがて最後のラッシュシープが倒れる。
静かになった平原に、悠真にしか見えない文字が浮かび上がった。
――
【クエスト達成】
レベルアップ
Lv.35 → Lv.37
【スキル獲得】
《採掘》
――
「採掘……?」
悠真は首を傾げる。
(何を掘るんだ?)
今の悠真には、そのスキルが何のために与えられたのか分からなかった。
◇
その日の夜。
中継地点の村では、ちょっとした宴が開かれていた。
もしあのままラッシュシープの群れが村へ突っ込んでいれば、多くの家屋が破壊されていたかもしれない。
最悪の場合、村そのものが壊滅していた可能性すらある。
村人たちは冒険者たちへ酒や料理を振る舞い、無事を喜んでいた。
「おお……」
悠真の前では、薄く切られた肉と野菜が鉄板の上で焼かれている。
香ばしい匂いが立ち上る。
悠真は焼き上がった肉を一切れ口へ運んだ。
(ジンギスカンみたいだな)
「うまい」
昨日はマンガ肉。
今日はジンギスカン。
悠真は旅先ならではの食事を楽しみながら、隣に座るツバキへ尋ねた。
「そういえばツバキさん」
「はい?」
「ゼノンって、どんな人なんですか?」
ツバキは少し考えてから答えた。
「ゼノンは昔、最強の鍛冶師と言われていたわ」
「最強の鍛冶師……」
「ええ。今は街外れの家で、一人で鍛冶の研究に没頭しているけどね」
「そうなんですね」
「母と私も魔道具を作るときにゼノンを頼ることがあるから、昔から知っているのよ」
「なるほど……」
悠真は焼けた肉をもう一枚つまみながら、その言葉を頭の中で繰り返す。
(最強の鍛冶師か……)
まだ見ぬゼノンという人物。
そして、まだ見ぬドワーフの国。
明日には、その地へ辿り着く。
悠真は期待を膨らませながら、もう一枚ジンギスカンを口へ運んだ。




