マンガ肉
朝。
食卓には、カエデが用意した朝食が並んでいた。
悠真たちはいつものように席につき、穏やかな朝の時間を過ごしている。
そんな中、悠真はふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、ゼノンさんってどこに住んでるんですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったかい?」
カエデが食事の手を止める。
「ゼノンはドワーフの国にいるよ」
「ドワーフの国?」
「ああ。まあ、違う国っていっても隣の国さ。馬車なら二日くらいで着く」
「そうなんですね」
悠真は少しだけ表情を明るくした。
(ドワーフの国か……物作りの国って聞いてたし、楽しみだな〜)
その様子を見ていたフィルが笑う。
「悠真さん、なんか楽しそうですね〜」
「まあ、新しいところに行けるって、なんかワクワクするだろ?」
「分かります!」
ツバキも小さく微笑んだ。
「そうですね。でも、ドワーフの国は火山の麓にありますから、暑いですよ〜」
「火山か……」
「私は温泉に入れるので楽しみですけどね〜」
その言葉を聞いた瞬間、スズが勢いよく顔を上げた。
「い〜な〜! 私も行きたいな〜!」
ツバキは少し困ったように笑う。
「ごめんね、スズ。お母さんも一緒に行ければいいんだけど……」
そう言いながら、ちらりとカエデを見る。
「こっちを見るんじゃないよ」
カエデは苦笑した。
「スズのためにも行ってやりたいけどね。薬品の錬成で忙しいから無理さ」
「え〜……」
「また今度だな、スズ」
カエデが優しく声をかける。
スズは少し頬を膨らませながら、
「……絶対だよ〜?」
「ああ、約束だ」
するとフィルが身を乗り出した。
「スズちゃん、今度お土産持ってくるからさ。楽しみに待っててね」
「ほんと?」
「もちろん!」
「分かった〜!」
スズの表情が、ぱっと明るくなった。
◇
朝食を終えると、三人は出発の準備を始めた。
荷物を馬車へ積み終えたところで、カエデがツバキへ声をかける。
「ツバキ。ギルドへの薬品の納品も任せたからね」
「分かったわ、お母さん」
スズがツバキのところへ駆け寄った。
「ママ、行ってらっしゃい!」
ツバキはしゃがみ込み、娘の頭を優しく撫でる。
「行ってきます」
「気をつけて行ってきな」
「はい」
「行ってきま〜す!」
フィルが元気よく手を振る。
悠真も二人へ軽く手を上げた。
「行ってきます」
やがて馬車は、ゆっくりと動き始めた。
三人を乗せた馬車は、ツクヨミを後にする。
今回進むのは、ここへ来たときとは違う道。
ドワーフの国へと続く街道だった。
◇
しばらく馬車を走らせる。
ツクヨミ周辺に広がっていた独特な岩山の山岳地帯を抜けると、次第に景色が変わっていった。
道の両側には、ゴツゴツとした岩が目立つようになる。
さらに進むと険しかった山道も終わり、視界の開けた平原へと出た。
「ずいぶん景色が変わったな」
悠真が馬車から辺りを見渡す。
草木は少なく、ところどころむき出しになった岩肌が見えている。
「火山が近いですからね」
ツバキが答えた。
どうやら、その影響がこの辺りにまで及んでいるらしい。
しばらく平原を進んでいくと、前方に一本の川が見えてきた。
その向こうには、小さな村がある。
「見えてきましたよ!」
手綱を握るフィルが声を上げる。
「あの川が国境です」
「じゃあ、川の向こうはもうドワーフの国?」
「そうですね」
ちょうど二つの国を分けるように流れる川。
そして、その先にあるのは旅人や商人たちが利用する中継地点の村だった。
太陽も少しずつ傾き始めている。
三人は今日はこの村で一泊し、明日の朝、再びドワーフの国へ向けて出発することにした。
◇
宿を取った三人は、一階にある食堂へ向かった。
扉を開けた瞬間――。
香ばしい匂いが悠真の鼻をくすぐった。
「おお……」
ツクヨミで食べていた料理とは、明らかに雰囲気が違う。
野菜や薬草を使った料理よりも、焼いた肉や煮込んだ肉など、見るからに豪快な肉料理が多い。
悠真にとって、肉料理は旅の楽しみの一つでもあった。
何を食べようかと店内を見回していると――。
「…………!」
悠真の視線が、一点で止まった。
大きな皿の上に置かれている、巨大な骨付き肉。
両端から太い骨が突き出し、その中央にはこんがりと焼かれた肉がたっぷりと巻きついている。
(これは……!)
漫画やアニメでは何度も見た。
だが、現世ではなかなかお目にかかれない。
いわゆる――。
(マンガ肉……!)
悠真の目が輝く。
「これください」
「悠真さん、即決ですね」
フィルが苦笑した。
◇
しばらくして、巨大な骨付き肉が悠真の前へ運ばれてきた。
「おお……」
悠真は両端の骨を、しっかりと両手で握る。
ずっしりとした重み。
漂ってくる肉の香り。
「いただきます」
そして――。
ガブッ!
豪快にかぶりついた。
「…………!」
口いっぱいに肉の旨味が広がる。
悠真は無言で咀嚼する。
そして、もう一口。
ガブッ。
(これだ……!)
両手で骨を持ち、豪快に肉へかぶりつく。
現世ではなかなか体験することのできない、憧れのマンガ肉。
悠真は感無量だった。
「…………」
「…………」
そんな悠真を、フィルとツバキがなんとも言えない表情で見つめている。
「……悠真さん、すごく幸せそうですね」
「そうですね……」
二人には、なぜ悠真がそこまで感動しているのか分からない。
しかし本人はそんな視線など気にも留めず、最後までマンガ肉を堪能した。
そして最後に、ジャッキーに残ったエールを一気に飲み干し。
「ぷはぁ。ごちそうさまでした。」
満足げに息を吐く。
「じゃあ、俺、先に部屋戻るな」
「えっ?」
すっかり満足した悠真は、そのまま食堂を出ていってしまった。
残されたフィルとツバキ。
二人はしばらく、悠真が消えていった入口を見つめる。
そして顔を見合わせた。
「…………」
「…………」
二人は同時に苦笑する。
やがて自分たちも食事を終えると、それぞれの部屋へと戻っていった。
こうして、ドワーフの国へ向かう最初の一日は――。
悠真にとって、思いがけず念願の味を堪能した一日となった。




