古代錬金術
月読の街へ辿り着いた頃には、すっかり夜になっていた。
長い石段を下り、そこからさらに歩き続けた悠真たちは、もうヘトヘトだった。
ようやく見慣れた家が見えてくる。
「……やっと着いた。」
「もう歩けません〜。」
「二人とも、お疲れ様。」
三人は重い足取りで家の前まで進んだ。
「ただいま。」
ツバキが扉を開ける。
すると――。
「おかえり〜!」
家の中からスズが元気いっぱいに飛び出してきた。
その後ろから、カエデも姿を現す。
「おかえり。」
三人の姿を見るなり、カエデは呆れたように眉を上げた。
「ずいぶんと汚れて帰ってきたねぇ。」
服は土と埃にまみれ、ところどころ傷んでいる。
「いろいろありまして……。」
悠真が苦笑する。
「見れば分かるよ。」
カエデは家の奥を指差した。
「話は後だ。夕飯の前に湯浴みをしてきな。」
「はい……。」
「賛成です〜……。」
「そうね。」
三人には、逆らう気力すら残っていなかった。
◇
湯浴みを済ませ、夕食を終えたあと。
悠真たちは居間に集まっていた。
「それで?」
カエデが湯飲みを置く。
「あの扉の先には、何があったんだい?」
「それが……。」
悠真は何から話せばいいのか迷う。
「いろいろありすぎまして。」
「ゆっくりでいいさ。」
三人は、扉の先で起きたことを順番に話していった。
誰にも知られていなかった地下六階層以降。
そこで遭遇した魔物たち。
そして、地下九階層にいた神龍。
神龍を蝕んでいた黒い邪気。
さらに、その下。
地下十階層に存在していた祠。
そこに残されていた、一冊の古文書。
「神龍に祠、古文書ねぇ……。」
カエデが腕を組む。
「古文書はかなり傷んでいて、ほとんど読めませんでした〜。」
フィルが続ける。
「でも、いくつか読める言葉があったんです。」
「どんなものだい?」
「約千年前……古代種……封印……七つの祠……。」
「千年前……古代種……封印……。」
カエデが一つ一つ確かめるように呟く。
「それから――」
フィルは古文書に残されていた一文を思い出す。
「『祠は、鍵が揃いし時に目覚める』。」
「……鍵かい。」
カエデはしばらく黙って考え込んだ。
そして、悠真を見る。
「間違いなく、お前さんの夢渡りは関係しているだろうね。」
「やっぱり……そう思いますか?」
「ああ。」
カエデは頷く。
「お前さんが神殿に入ったことで、今まで開かなかった場所への道が現れた。」
「それにツバキは、神龍から適合者と呼ばれたんだろ?」
「ええ。」
「……何かしら、繋がってるんだろうねぇ。」
「……。」
悠真は古文書の言葉を思い返す。
――鍵が揃いし時。
自分とツバキ。
何か関係があるのだろうか。
だが、まだ答えは分からない。
「お母さん。」
ツバキが静かに口を開いた。
「それだけじゃないの。」
「ん?」
「古文書に……霊薬のことも書かれていたの。」
「何?」
カエデの表情が変わった。
「霊薬かい?」
「ええ。」
ツバキは頷く。
「でも、それだけ。」
「『霊薬は……』って。」
「その先も、その前も腐食していて読めなかった。」
ツバキは視線を落とす。
「製法も、材料も……分からないまま。」
「……そうかい。」
カエデはしばらく娘を見つめていた。
そして――。
「諦めるのはまだ早いよ。」
「え?」
「七つの祠があるんだろ?」
ツバキが顔を上げる。
「他の神殿も同じように調べれば、何か出てくるかもしれないじゃないか。」
「……。」
ツバキの瞳に、再び光が戻る。
「そうね。」
そして、ゆっくりと頷いた。
「私、他の神殿のことも調べてみるわ。」
「ああ。それがいい。」
カエデは満足そうに頷くと、悠真へ顔を向けた。
「悠真。」
「はい?」
「ツバキも、お前さんの旅に連れて行ってもらえるか?」
悠真はツバキを見る。
ツバキも真っ直ぐ悠真を見つめた。
「お願いします。」
「僕は構いませんよ。」
悠真は微笑んだ。
「もともと、この世界を見て回るのが目的ですから。」
「それにフィルは、もともと神殿の調査も目的でしたので。」
「はい〜!」
フィルが元気よく手を上げる。
「神殿には本当に古代魔法があるって分かりましたからね〜!」
その目が輝く。
「私も頑張りますよ〜!」
そのとき――。
「フィル姉ちゃん!」
「はい?」
スズがフィルの服を引っ張った。
「一緒に寝よ〜!」
「え?」
「早く〜!」
「ちょ、ちょっと待ってください〜!」
スズはフィルの手を掴むと、そのまま部屋へ連れていく。
「おやすみなさーい!」
「まだ私、話してる途中です〜!」
フィルの声が遠ざかっていった。
「……。」
悠真が苦笑する。
「ずいぶん懐かれたな。」
ツバキも小さく笑った。
「そうね。」
「さて。」
カエデが立ち上がる。
「あんたたちも疲れただろうに。今日はもう休みな。」
「はい。」
「おやすみなさい。」
長かった一日が、ようやく終わった。
◇
翌朝。
悠真が外へ出ると、庭にはすでにツバキの姿があった。
「おはようございます。」
「あら、おはよう。」
ツバキの前には、土や石がいくつか並べられている。
「何してるんですか?」
「昨日授かった《古代錬成》。」
ツバキが少し楽しそうに笑った。
「せっかくだから、試してみようと思って。」
「もうですか?」
「こういうのは、実際に試してみないと分からないでしょう?」
「それはそうですけど……。」
そこへ――。
「おはようございます〜。」
大きなあくびをしながら、フィルもやってきた。
「眠そうだな。」
「スズちゃんが、なかなか寝てくれなかったんです〜。」
「……お疲れ。」
「それで、何してるんですか?」
「古代錬成の検証よ。」
「……!」
その一言で、フィルの眠そうな目が一瞬で開いた。
「見ます〜!」
「元気になったな……。」
◇
「まずは――《質量変化》ね。」
ツバキは地面に転がっていた石に触れる。
「《古代錬成》」
石が淡く光る。
「フィル。持ってみて。」
「はい〜。」
フィルが何気なく石を持ち上げようとする。
「……ん?」
動かない。
「んんんん〜!」
両手で力いっぱい持ち上げようとするが、石はびくともしない。
「お、重いです〜!」
「見た目は全然変わってないのに……。」
悠真も驚いて石を見る。
「じゃあ、今度は逆ね。」
ツバキが再び石に触れる。
「《古代錬成》」
「どう?」
フィルが恐る恐る持ち上げる。
「軽っ!」
勢い余って、石を頭上まで持ち上げてしまった。
「すごいです〜!」
「質量そのものを変えられるってことか……。」
「そうみたいね。」
ツバキ自身も興味深そうに石を見つめる。
「次は――《物質の昇華》。」
別の石を手に取る。
「《古代錬成》」
淡い光が石を包み込む。
やがて光が消えた。
「……変わった?」
悠真が覗き込む。
「見た目はあまり変わりませんね〜。」
「でも――」
ツバキは石を軽く叩いて確かめる。
「硬度が上がってる。」
「物質そのものの性質を、一段階上へ引き上げる……。」
ツバキは自分の手を見つめた。
「本当にできるのね。」
「次はいよいよアレですか〜?」
フィルが待ちきれない様子で身を乗り出す。
「ええ。」
ツバキはポーチから、土の龍核を取り出した。
「《龍核兵》。」
フィルが身を乗り出す。
「いよいよですね〜!」
ツバキは静かに龍核へ手を伸ばした。
「《古代錬成》」
次の瞬間――。
土の龍核が、淡い光を放ち始めた。




