古文書
ツバキは、そっと目を開けた。
その瞬間――。
頭の中に、今まで知らなかったはずの知識が次々と流れ込んでくる。
まるで、ずっと昔から知っていたかのように、そのすべてを理解することができた。
⦅古代錬成⦆
物質を錬成する。
分解する。
そして、再構築する。
そこまでは、これまでツバキが使ってきた錬成術と同じ。
だが――。
その先があった。
⦅物質の昇華⦆
物質が持つ性質そのものを、一段階上へと引き上げる。
⦅質量変化⦆
物質そのものの重さを変化させる。
⦅物質認識⦆
物質の性質や構造を読み取り、理解する。
そして最後に流れ込んできた知識に、ツバキは息をのんだ。
⦅龍核兵⦆
龍核を核として、稼働可能な物質を錬成する――。
「龍核兵……?」
知識は確かに頭の中にある。
だが、実際にどのようなものを生み出せるのかまでは分からない。
「これは……試してみる必要がありそうね。」
だが、変化はそれだけではなかった。
「……?」
身体の奥底から、今まで感じたことのないほどの力が湧き上がってくる。
溢れてくるような――膨大な魔力。
⦅土の神龍の加護⦆
「これが……神龍の加護……。」
古代錬成という新たな知識。
そして、それを扱うための膨大な魔力。
ツバキはしばらく、その感覚を確かめていた。
やがて――。
「……あれ?」
ふと、両手に重みを感じた。
ゆっくりと視線を落とす。
右手には、大地を凝縮したかのような輝きを放つ不思議な核。
左手には、岩のように硬く、淡い光を帯びた巨大な一枚の鱗。
すると――。
新たに得た《物質認識》が自然と働いた。
⦅土の龍核⦆
⦅土の神龍の逆鱗⦆
「……龍核。」
ツバキは右手の核を見つめる。
その言葉を認識した瞬間、先ほど頭の中へ流れ込んできた知識が蘇った。
⦅龍核兵⦆
(これを……核として使う?)
「ツバキさん!」
悠真の声に、ツバキは顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫よ。」
ツバキはゆっくりと立ち上がる。
「フィルの言った通り、古代魔法を授かったわ。」
「え!?」
フィルが勢いよく身を乗り出した。
「ホントですか!?」
「ええ。」
「ホントに……あったんだ……。」
フィルは呆然と呟いた。
幼い頃から、家に古くから伝わる言い伝えとして聞いてきた古代魔法。
実在するのかさえ分からなかったものが、今、目の前にある。
「……。」
フィルの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「フィル?」
「だ、大丈夫です〜。」
フィルは慌てて目元を拭った。
そして、すぐにいつもの好奇心に満ちた表情へ戻る。
「それで!」
「どんな古代魔法なんですか!?」
「魔法というより……古代錬金術ね。」
ツバキは自分の手を見つめた。
「今までよりも、すごいことができそうよ。」
「ただ、少し検証が必要みたいだけど。」
「見たいです〜!」
目を輝かせるフィルに、悠真が苦笑する。
「それは戻ってからにしよう。」
「え〜。」
ツバキは、龍核と逆鱗をそっとポーチにしまった。
「それより……。」
悠真は広間の奥へ目を向けた。
神龍が立ち入りを許した場所。
「下へ行ってみますか?」
「そうね。」
ツバキも奥へ目を向ける。
「神龍が守っている祠……私も気になるわ。」
「はい!」
「行きましょう〜!」
三人は広間の奥へ向かい、さらに地下へと続く階段を下りていった。
◇
階段を下り切った先には、静かな空間が広がっていた。
これまでの神殿とは、明らかに空気が違う。
魔物の気配もない。
罠らしきものもない。
ただ、長い年月を重ねた静寂だけが、その場所を包んでいた。
そして――。
部屋の中央。
そこには、小さな祠があった。
「あれが……祠?」
三人はゆっくりと近づいていく。
祠の前には、一冊の古びた本が置かれていた。
「本……?」
悠真が覗き込む。
「待ってください〜。」
フィルが慎重にしゃがみ込んだ。
「かなり古そうです。」
「下手に触ったら、崩れちゃうかもしれません〜。」
ツバキも隣へしゃがむ。
「読めそう?」
「ところどころなら……。」
フィルは細心の注意を払いながら、古文書を開いた。
紙は変色し、所々が腐食している。
文字そのものが失われている場所も多かった。
「これは……。」
フィルが残された文字を慎重に追っていく。
「ここに、年代が残っています。」
「いつ頃のものなんだ?」
「えっと……。」
フィルは指で文字を追いながら考える。
そして――。
「これ……今から約千年も前のものです〜。」
「千年前……。」
悠真とツバキが顔を見合わせる。
フィルはさらに古文書を読み進めた。
「それから……。」
表情が変わる。
「『古代種』。」
「古代種?」
「はい。」
フィルは目を細めながら、かろうじて残された文字を追う。
「それと……『封印』。」
「千年前……古代種……封印……?」
フィルは困ったように首を傾げる。
「前後がほとんど読めないので、詳しいことまでは分かりません〜。」
慎重にページをめくる。
そして、再び指が止まった。
「ここ……。」
二人が覗き込む。
「『七つの祠』。」
「七つ……。」
悠真が小さく呟いた。
さらに古文書を調べていく。
すると、一文だけ比較的はっきりと残された文字があった。
――祠は、鍵が揃いし時に目覚める。
「鍵……?」
悠真は眉をひそめた。
(鍵って……俺のことか?)
自分が夢渡りであり、この世界へ現れたことと、今回の出来事に何か関係があるのだろうか。
しかし――。
(『揃いし時』……。)
一つではない。
今回、この神殿ではツバキが「適合者」と呼ばれた。
(俺だけじゃ駄目ってことか……?)
だが、それ以上の答えは出ない。
悠真が考え込んでいると――。
「……待って。」
ツバキが声を上げた。
「ここ……。」
ツバキが、古文書の端を指差す。
ほとんど腐食してしまった一節。
その中に、わずかに文字が残されていた。
――霊薬は……。
「……!」
ツバキの表情が変わった。
そして――。
「霊薬……。」
悠真もその言葉を聞いて目を見開いた。
昨夜。
ツバキと二人で話したことを思い出す。
ツバキが長い間、追い求め続けているもの。
未だ辿り着くことのできないもの。
「ツバキさん……これって。」
「ええ……。」
ツバキは古文書から目を離さない。
「その先は!?」
フィルが慌てて文字を追う。
しかし――。
「駄目です……。」
フィルは首を横に振った。
「ここから先、紙そのものが腐食してます〜。」
「前は?」
「そっちも……読めません。」
「……。」
ツバキは唇を噛んだ。
たった一言。
――霊薬は……。
それだけしか残されていない。
それでも悠真には分かった。
ツバキにとって、この僅かな一文がどれほど大きな意味を持つのか。
「……?」
フィルだけが、二人を不思議そうに見つめていた。
◇
三人は古文書を元の場所へ慎重に戻した。
そして来た道を引き返し、階段を上っていく。
再び神龍の待つ広間へ戻ると、神龍は静かに三人を見つめていた。
『……汝らの望む答えは、見えたか?』
「……。」
悠真は少し考える。
「分かりません。」
神龍の黄金の瞳を見上げる。
「答えを見つけたというより……。」
もう一度、古文書に書かれていた言葉を思い返す。
「知らなきゃいけないことが、増えた気がします。」
『……そうか。』
神龍は静かに瞳を細めた。
『ならば、進むがよい。』
そして――。
『他の龍たちにも、異変が訪れている。』
「他の龍……?」
フィルが聞き返す。
『我はここから離れられぬ。』
三人は黙って神龍を見つめる。
『汝らに問おう。』
低く、重々しい声が広間へ響く。
『この先に待つものが――平穏か、破滅か。』
『それを決めるのもまた、汝らだ。』
神龍は三人を静かに見つめた。
『……幸運を祈る。』
その言葉を最後に、神龍はゆっくりと瞳を閉じた。
やがて広間には、規則正しい寝息だけが響き始める。
「……眠ったんですかね〜?」
「みたいだな。」
ツバキは眠りについた神龍をしばらく見つめていた。
そして、小さく頭を下げる。
「行きましょう。」
「ああ。」
三人は神龍へ背を向けた。
◇
来た道を戻り、長い階段を上っていく。
――地下五階層。
三人が隠し扉を抜けた直後だった。
ゴゴゴゴゴ……。
「わっ!」
三人が振り返る。
巨大な扉がゆっくりと閉じていく。
ゴォン――。
重い音とともに、扉は完全に閉ざされた。
「……閉まっちゃいましたね〜。」
フィルが扉の魔石を見る。
「またツバキさんが魔石に魔力を込めれば、開きますよね?」
「おそらくね。」
ツバキはそう答えながら、閉ざされた扉を見つめた。
三人は再び来た道を進み、神殿の階段を上っていった。
そして――。
ようやく地上へ戻った。
◇
神殿の外へ出ると、冷たい風が三人の頬を撫でた。
「やっと出られました〜。」
フィルが大きく伸びをする。
だが――。
三人の目の前には、まだ帰り道が残されていた。
行きに登ってきた、どこまでも続く長い石段。
「……。」
フィルが固まった。
「今度は、これを下りるんですね〜。」
「登るよりは楽だろ。」
「そういう問題じゃないです〜。」
悠真が笑う。
ツバキも小さく笑った。
三人は、長い石段をゆっくりと下り始める。
空はすでに夕暮れを過ぎ、深い青へと変わり始めていた。
しばらく下ったところで――。
ツバキが足を止めた。
「……。」
振り返る。
霧の向こう。
高くそびえる岩山の中に、土の神殿が静かに佇んでいた。
「ツバキさん?」
「……なんでもないわ。」
ツバキは前を向いた。
「行きましょう。」
「ああ。」
「はい〜。」
再び三人の足音が、長い石段へ響き始める。
あの場所で何が起きたのか。
まだ、分からないことばかりだった。
七つの祠。
約千年前。
古代種。
封印。
鍵が揃いし時。
そして――。
霊薬。
悠真は前を向く。
遥か遠く。
山々と霧の向こう。
夜の闇の中に、小さな灯りが見えていた。
一つ。
また一つ。
遠く離れた場所に、小さな光が点々と浮かんでいる。
月読の街だった。
三人は遠くに見える月読の小さな灯りを目指し――。
長い石段を、ゆっくりと下っていった。




