土を司る神龍
黒い靄が、神龍の巨体を覆っていた。
『急げ。』
『我は……もう長くはもたぬ。』
その言葉を最後に、神龍は苦しそうに頭を振った。
黄金だった瞳に、少しずつ黒い影が広がっていく。
「ツバキさん!」
悠真が叫ぶ。
「適合者って……ツバキさんのことですよね!」
「……おそらく。」
ツバキは神龍を見上げたまま答えた。
「五階層の扉も、私の土属性に反応しました。」
フィルも杖を構える。
「だったら、神龍さんが言っている試練も……ツバキさんのためのものなんですね〜。」
『……適合者……よ……。』
神龍の声が、広間へ重々しく響く。
『我を……止めよ……。』
「止めろって……。」
悠真は剣を握り直した。
ツバキも神龍を見上げながら考える。
「力を示せと言われても……。」
何をすればいいのか分からない。
倒せということなのか。
それとも――。
「でも、まずは!」
ツバキは腰のポーチから一本の小瓶を取り出した。
中には淡い光を放つ透明な液体が入っている。
「これで!」
小瓶を神龍へ投げつける。
パリンッ!
神龍の身体へぶつかった小瓶が砕け、淡い光が黒い靄を包み込んだ。
ジュウゥゥゥ……。
黒い靄が煙を上げながら、わずかに薄くなっていく。
「浄化が効いてる!」
「フィル!」
「神龍を浄化して!」
「はい!」
フィルはすぐに杖を構えた。
「プリュフィケーション!」
眩い光が広間を照らす。
神龍の巨体が白い光に包まれた。
全身を覆っていた黒い靄が、少しずつ剥がれていく。
「いけます〜!」
しかし――。
光が消える。
神龍を覆う黒い靄は確かに薄くなっていた。
だが、完全には消えていない。
それどころか、岩のような鱗の隙間から再び黒い靄が溢れ始めた。
「そんな……。」
「浄化しきれないんですか〜?」
ツバキは唇を噛む。
「これだけでは駄目みたいですね……。」
そのとき。
神龍の黄金の瞳に、わずかに光が戻った。
『……よい。』
三人が顔を上げる。
『まだ……大丈夫だ。』
神龍は苦しそうに息を吐く。
『その調子だ……。』
『適合者よ。』
『汝の力を……我に示せ。』
「力を……。」
ツバキは自分の手を見つめた。
そして覚悟を決めるように、床へ手をついた。
「分かりました。」
「やってみます。」
「――(錬成)」
ゴゴゴゴゴ……!
神殿の床が大きく隆起する。
岩が神龍の四肢へ絡みつき、巨大な足を固定した。
「今です!」
「はい〜!」
フィルが杖を振り上げる。
「アイススピア!」
無数の氷槍が神龍へ飛んでいく。
ガガガガガッ!
氷の槍が岩のような鱗へ次々と突き刺さった。
悠真も剣を構える。
「まずは遠距離から攻める!」
「ウィンドエンチャント!」
剣へ風がまとわりつく。
「ウィンドスラッシュ!」
ザシュッ!
風の斬撃が神龍の胸元を切り裂く。
岩のような鱗に傷が刻まれた。
「通った!」
しかし――浅い。
「……これだけか。」
ガーディアンとは比較にならない。
目の前にいる存在が、これまで戦ってきた魔物とは根本から違う。
ミシッ――。
「え?」
神龍の足を固定していた岩に亀裂が入った。
ミシミシミシ――。
バガァンッ!
神龍は力だけで拘束を引きちぎった。
「嘘……。」
そして、三人へ背中を向ける。
「……?」
次の瞬間。
「危ない!」
神龍の巨体が勢いよく回転した。
巨大な尻尾が、凄まじい速度で三人へ迫る。
ドゴォォォォン!!
「ぐあっ!」
「きゃっ!」
「痛いです〜!」
三人の身体がまとめて宙へ吹き飛ばされた。
悠真は床を何度も転がり、壁際でようやく止まった。
「くっ……。」
身体中が痛む。
(これ……まともに何度も食らったらヤバいぞ……。)
「フィル!」
ツバキはすぐに起き上がり、床に倒れているフィルへ駆け寄った。
「いたたた……。」
ツバキはフィルの身体を支え、ポーションを取り出す。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です〜。」
「これを飲んで。」
フィルはポーションを飲み干した。
淡い光が身体を包み込む。
「ふぅ……。」
フィルは立ち上がり、神龍を見上げた。
「さすがに強すぎます〜。」
いつもの柔らかな表情が消える。
「普通の魔法は、ほとんど効かないと思います。」
「なので――多重詠唱魔法に切り替えます。」
「ツバキさん。」
「私が床に氷を張るので、なんとか神龍さんの動きを引きつけてください。」
「分かったわ。」
「悠真さん!」
「ああ!」
「いきますよ〜!」
フィルが杖を床へ向ける。
「アイスフィールド!」
冷気が一気に広がった。
広間の床が凍りつき、神龍の足元まで真っ白な氷に覆われていく。
フィルはそのまま目を閉じた。
杖の周囲へ、複数の魔法陣が浮かび上がる。
詠唱が始まった。
「時間を稼ぐわよ!」
ツバキが氷の床へ手を触れる。
「――(錬成)」
神龍の足元から、巨大な氷の刃が次々と突き出した。
ガキンッ!
ガガガガガッ!
『グォォォォッ!』
神龍が前脚を振るう。
氷の刃が粉々に砕け散った。
「まだよ!」
ツバキは次々と氷を錬成していく。
一方、悠真は神龍の側面へ走った。
「フレイエンチャント!」
剣が紅蓮の炎に包まれる。
「フレイスラッシュ!」
炎の斬撃が飛ぶ。
ドォン!
神龍の肩口で炎が弾けた。
わずかに鱗が焦げる。
(やっぱり硬い!)
それでも悠真は止まらない。
「こっちだ!」
何度も斬撃を放ち、フィルへ意識を向けさせないようにする。
神龍の巨大な前脚が持ち上がった。
「悠真さん!」
「分かってる!」
振り下ろされる直前、悠真は《瞬歩》でその場から離れた。
ズドォォォン!
床が砕け、岩片が飛び散る。
そのとき――。
「できました!」
フィルの声が響いた。
「二人とも離れてください〜!」
悠真とツバキが一斉に距離を取る。
フィルの周囲には、二つの魔法陣が展開されていた。
「フレイウォール!」
神龍を取り囲むように炎の壁が立ち上がる。
「ウィンドタルナード!」
猛烈な風が渦を巻く。
炎の壁を巻き込みながら、巨大な炎の竜巻へと変わっていく。
そして――。
「フレアバーストー!!」
ドォォォォォォン!!
爆炎。
炎をまとった巨大な竜巻が、神龍を完全に飲み込んだ。
『グォォォォォォォッ!!』
これまでとは違う雄叫びが広間を震わせる。
「……。」
悠真が息をのむ。
ツバキも炎の向こうを見つめていた。
フィルだけが、少し不安そうな顔をする。
「……やば。」
「やりすぎました〜?」
「いや……。」
悠真は剣を構えたまま答えた。
「それくらいで倒れる相手じゃないだろ。」
やがて炎の勢いが弱まっていく。
煙の向こうから、巨大な影が姿を現した。
神龍は――立っていた。
岩のような鱗の一部は黒く焦げ、確かに傷もついている。
だが、その黄金の瞳には、まだ力が宿っていた。
『……小娘。』
「う……。」
フィルが杖を握り直す。
神龍の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
『なかなか……やりおる。』
「えへへ……。」
思わずフィルが照れ笑いを浮かべる。
「褒められちゃいました〜。」
「今、喜ぶところか?」
悠真が苦笑する。
だが――。
『……ぐっ……!』
神龍の表情が突然、苦痛に歪んだ。
「神龍……?」
ツバキが異変に気づく。
神龍の鱗の隙間から、黒い靄が溢れ始めていた。
先ほど浄化したはずの闇。
それが先ほどまでとは比較にならない勢いで、神龍の身体を覆っていく。
『……離れ……ろ……。』
「え?」
『我から……離れよ……!』
神龍が頭を抱えるように大きく身体を揺らした。
『もはや……抑え……きれぬ……!』
「フィル!」
「はい!」
「もう一度、浄化を!」
「プリュフィケーション!」
白い光が神龍を包み込む。
だが――。
バシュンッ!
「きゃっ!」
光が黒い靄によって弾き飛ばされた。
「そんな……!」
フィルが目を見開く。
「さっきより……闇が強くなってます〜!」
神龍の黄金の瞳が揺らいだ。
黒。
黄金。
そして再び黒。
必死に何かへ抗っている。
『適合者……よ……。』
ツバキが神龍を見上げる。
『我を……。』
『救って……くれ……封印が……。』
「……!」
その言葉に、ツバキの瞳が大きく開かれた。
次の瞬間――。
神龍の瞳から、黄金の光が完全に消えた。
黒い靄が翼を包み、爪を包み、巨大な角まで這い上がっていく。
広間全体の空気が変わった。
「な、なんですか……これ……。」
フィルの声が震える。
先ほどまで感じていた神龍の威圧感とは違う。
冷たい。
暗い。
ただそこにいるだけで、心の奥底から恐怖が湧き上がってくる。
神龍がゆっくりと顔を上げた。
真っ黒に染まった瞳が、三人を捉える。
『グォォォォォォォォォッ!!』
凄まじい咆哮が広間を震わせた。
大地が割れる。
天井から砂埃が舞い落ちる。
三人は、その場に立ち尽くした。
目の前にいるものは――。
もう、先ほどまでの神龍ではなかった。




