白銀の騎士姫
朝露に濡れた草原を、悠真はゆっくりと歩いていた。
空はどこまでも青く、遠くには雪をかぶった山々が見える。
夢世界に来てから数日が過ぎていた。
現実では、おそらく数時間ほどしか経っていないはずだ。
不思議な感覚だった。
こちらでは何日も旅をしているのに、現実ではほんの数時間。
もしこの世界で一年過ごしたら、現実では十数日ほどしか経たない。
そんなことを考えながら街道を歩いていると、一台の荷馬車が追い越していった。
「兄ちゃん、街へ行くのか?」
御者の老人が気さくに声をかける。
「はい。」
「なら街道から外れるなよ。最近は魔物が活発でな。」
「ありがとうございます。」
老人は笑い、馬車は砂煙を上げて走り去っていく。
(この世界にも普通に暮らしている人がいるんだな……。)
ゲームとは違う。
みんな生きている。
笑って、働いて、家族を守っている。
その現実味が、悠真の胸に静かに刻まれていく。
⸻
歩き始めて数時間。
突然、遠くから金属がぶつかる音が響いた。
キィン! ガキン!
誰かが戦っている。
悠真は音のする方向へ駆け出した。
森を抜けると、そこには一台の豪華な馬車。
護衛の騎士たちが、十数体もの魔物に囲まれていた。
「くっ……!」
魔物は灰色の皮膚を持つ大型のゴブリン。
棍棒を振り回しながら、騎士たちを押し込んでいく。
その中心で、一人だけ圧倒的な強さを見せる女性がいた。
陽光を浴びて輝く白銀の鎧。
腰まで届く銀色の髪。
透き通るような青い瞳。
剣を軽々と振るい、一撃で魔物を切り伏せていく。
「はぁぁぁっ!」
轟音とともに剣が振り抜かれる。
魔物が二体まとめて吹き飛んだ。
(強い……。)
その姿に、悠真は一瞬見惚れた。
しかし次の瞬間。
背後から一体の魔物が彼女へ飛びかかる。
「危ない!」
悠真は地面を蹴った。
レベルアップした身体が風のように加速する。
そこに落ちていた木の棒を振り抜く。
ガキィン!
魔物の爪を弾き飛ばした。
「!」
女性が驚いた表情で振り返る。
「あなた……?」
「話は後! 今は倒そう!」
「……ええ!」
二人は背中を預け合う。
息は合わせていない。
それでも、不思議と動きが噛み合う。
悠真が敵を引きつける。
女性が一撃で仕留める。
逆に女性が囲まれれば、悠真が横から飛び込み敵の体勢を崩す。
静寂が戻る。
「助かったわ。」
女性は剣を地面につき立て、小さく息をついた。
「私はリシェル・アルヴェイン。王国騎士団所属よ。」
「神崎悠真。」
「……変わった名前ね。」
悠真は苦笑した。
その時だった。
森の奥から、重く地面を揺らすような足音が響く。
ドン……。
ドン……。
騎士たちの表情が一変する。
「まさか……。」
木々をなぎ倒しながら現れたのは、三メートルを超える巨体。
黒い皮膚。
赤く光る片眼。
手には巨大な鉄塊のような棍棒。
その姿を見たリシェルの顔から笑みが消えた。
「嘘でしょう……。」
騎士の一人が震える声で呟く。
「オーガだ……!」
巨体は悠真たちを見下ろすと、口元をゆがめて笑った。
その圧倒的な威圧感に、空気が凍りつく。
悠真は木の棒を握り直す。
(今までの敵とは……まるで違う。)
リシェルが静かに剣を構えた。
「神崎悠真。」
「どうした?」
「ここから先は危険よ。無理だと思ったら、すぐに下がって。」
「分かった。」
「必ず生きて帰るわ。」
オーガが咆哮を上げる。
その瞬間、大地が震えた――。




