土の神殿
朝日が障子越しに差し込み、月読の街を優しく照らしていた。
居間には、今日も温かな朝食が並んでいる。
悠真は湯気の立つお茶を口に運びながら、ふとカエデへ視線を向けた。
「そういえば、カエデさん。」
「遺跡って、どんな場所なんですか?」
カエデは湯飲みを机に置き、静かに微笑んだ。
「昔からある古い神殿だよ。」
「冒険者や学者たちが、長い間調査を続けている場所さ。」
「何か分かっているんですか〜?」
フィルが首をかしげる。
「分かっていることは少ないね。」
「ただ、五階層までしか存在しないことだけは知られているよ。」
「五階層までしか?」
「ああ。」
「それが、この世界の常識さ。」
ツバキも頷いた。
「ええ。私もそう教わったわ。」
「もちろん、私もですよ〜。」
フィルも笑顔を浮かべる。
悠真は腕を組んだ。
「かなり調査されているんですね。」
「そうでもないよ。」
カエデは小さく笑った。
「爺さんも、ずいぶん熱心に調べていたけれどね。」
「結局、何も分からなかったんだよ。」
「でもね、爺さんは納得していなかったんだよ。」
「納得していなかった?」
「ああ。」
「爺さんは、『これほどの神殿なのに、何かがおかしい。』と言っててね。」
「どうしてですか〜?」
フィルが首を傾げる。
「単純な話さ。」
「昔の人間が、ここまで大きな神殿を造ったのに何もないなんて。」
「しかも、それが七つもあるんだからね。」
「確かに…。」
悠真は頷いた。
「でも、最後まで調べ続けていたんだ。」
そう言うと、カエデは立ち上がり、本棚から一冊の古びた本を持ってきた。
「これは、爺さんが残した調査記録さ。」
色あせた革表紙には、長い年月の跡が刻まれていた。
悠真は慎重に本を開く。
そこには神殿の構造や周辺の地図、壁画の模写などが細かく書き込まれていた。
悠真は一通り目を通した。
しかし、特別なことは何も分からなかった。
どれも、この世界では知られている内容ばかりだった。
ただ、最後のページだけは違った。
⸻
『何かが隠されているはずだ。』
⸻
たった一行だけが、そこに残されていた。
悠真は静かに本を閉じる。
「最後まで諦めなかったんですね。」
「ああ。」
カエデは優しく微笑んだ。
「そういう人だったんだよ。」
◇
昼食を終えた三人は、神殿へ向かうことにした。
街を抜け、岩山地帯へと足を踏み入れる。
険しい岩肌の間を抜け、しばらく歩くと、巨大な石段が姿を現した。
「これを登るんですか〜?」
フィルが見上げる。
ツバキは静かに頷いた。
「ええ。」
「これが最初の試練よ。」
悠真は何も言わず、階段を登り始めた。
「えっ、本当に登るんですか〜?」
「諦めなさい。」
「そんなぁ〜。」
◇
長い階段を登り切る。
すると、今度は目の前に巨大な橋が現れた。
橋は遥か彼方まで続き、その先は霧に包まれている。
「まだ歩くんですか〜?」
フィルが肩を落とした。
ツバキは苦笑する。
「もう少しよ。」
三人は橋を渡り始めた。
風が吹き抜け、足元の雲海がゆっくりと揺れる。
そして――。
橋の先に、それはあった。
巨大な神殿だった。
無数の石柱が並び立ち、荘厳な建物が空へ向かってそびえ立っている。
悠真は思わず息をのんだ。
「すごいな……。」
「これだけのものを造るのに、いったいどれほどの年月がかかったんだろう。」
「私にも分からないわ。」
ツバキは静かに神殿を見上げる。
「何度見ても圧倒されるわね。」
フィルは口をぽかんと開けていた。
「これは……すごいです……。」
三人は神殿の中へ足を踏み入れた。
その瞬間――。
ゴゴゴゴゴッ――。
大地が揺れた。
「な、何ですか〜!?」
フィルが慌てて悠真の後ろへ隠れる。
揺れは数秒で収まり、辺りには静寂が戻った。
「……何だったんだ?」
「分からないわ。」
ツバキも首を横に振る。
その日は、一階層だけを調査することにした。
内部には石像や古い文字が残されていたが、それ以外に大きな発見はなかった。
◇
夕暮れ。
三人は月読へ戻った。
「おかえり。」
カエデが穏やかに笑う。
悠真は今日の出来事を話した。
「神殿へ入った瞬間、大地が揺れたんです。」
カエデの表情が少しだけ曇る。
「そうかい……。」
「何か知っているんですか?」
「いや。」
「初めて聞いた話だよ。」
悠真は立ち上がった。
「それじゃあ、明日の朝から本格的に調査へ向かいます。」
「気をつけるんだよ。」
窓の外では、静かな月明かりが神殿のある山々を照らしていた。




