薬草採取
朝日が庭を照らし、月読の一日が始まった。
朝食を終えた悠真とフィルは、冒険者ギルドへ向かっていた。
ツバキはスズと一緒に留守番をするようだ。
「やっぱり、スズちゃんはツバキさんのことが大好きなんですね〜。」
フィルが微笑みながら言った。
「朝から『ママと一緒がいい〜』って駄々をこねてましたよ〜。」
悠真も笑う。
「普段は離れて暮らしてるんだからな。」
「少しでも一緒にいたいと思うのは、よく分かるよ。」
その言葉に、フィルは優しく頷いた。
◇
冒険者ギルドへ到着すると、悠真たちは薬草採取の依頼を受けた。
目的地は、街の外れにある岩山地帯だった。
湿った空気が漂い、苔むした岩の周囲には、色鮮やかな薬草が一面に広がっている。
「すごいですね〜。」
「ああ。」
悠真はしゃがみ込み、一株の薬草を手に取った。
(鑑定って、本当に便利だな。)
薬草の名前も効能も、すぐに分かる。
すると、フィルがひょいっと顔をのぞかせた。
「なんでそんなにたくさん見つけられるんですか〜?」
「私は、本を見ながら探してるのに〜。」
悠真は笑った。
「俺には鑑定っていう心強い味方がいるからな。」
「むきー!」
フィルは頬を膨らませる。
「悠真さんには負けませんよ〜!」
◇
そのときだった。
悠真の耳に、聞き慣れた音が響く。
⸻
【クエスト発生】
薬草を乱獲する魔物を追い払え。
報酬:???
⸻
「フィル!」
「まだ薬草採取の途中ですよ〜。」
「違う。」
悠真は真剣な表情で周囲を見回した。
「魔物が近くにいる。」
フィルもすぐに杖を握る。
二人は慎重に岩山を回り込んだ。
そして、その先で見たものに驚いた。
「馬……?」
そこには、大きな馬によく似た魔物がいた。
緑色のたてがみを揺らしながら、夢中になって薬草を食べている。
周囲の薬草は、ほとんどなくなっていた。
「ハーブホースですね〜。」
フィルが呟く。
「知ってるのか?」
「はい〜。」
「でも、おかしいですね〜。」
「本来は、とても大人しい魔物なんですよ〜。」
悠真は剣の柄から手を離した。
そのときだった。
「……ん?」
悠真は違和感に気づく。
ハーブホースの腹が、異様に膨らんでいたのだ。
(まさか……。)
悠真は小さく息をのんだ。
(お腹の中に、赤ちゃんがいるのか。)
フィルも気づいたらしい。
「そういうことだったんですね〜。」
◇
フィルはゆっくりと前へ出た。
そして、そっと杖を地面に置いた。
「大丈夫ですよ〜。」
「私たちは敵じゃありませんからね〜。」
しかし、ハーブホースはさらに警戒を強める。
前脚で地面を蹴り、大きく鳴いた。
悠真は思わず身構えた。
「フィル。」
「大丈夫ですよ〜。」
その瞬間だった。
ハーブホースが勢いよく突進した。
「きゃっ!」
悠真はとっさに手を前へ突き出した。
「魔力障壁!」
半透明の壁が目の前に現れる。
次の瞬間――。
ドンッ!
鈍い音が響き渡った。
ハーブホースは障壁にぶつかり、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
「私は平気です〜。」
二人は慎重に近づく。
フィルは優しく微笑んだ。
「ヒール。」
淡い光がハーブホースを包み込む。
やがて、ハーブホースはゆっくりと目を開けた。
「よかったです〜。」
フィルは優しく頭を撫でる。
すると、ハーブホースは警戒を解いたように鼻を鳴らした。
◇
二人は、ハーブホースを街から離れた場所へ案内した。
そこに広がっていたのは、見渡す限りの薬草畑だった。
「すごい……。」
悠真は思わず息をのんだ。
風が吹き抜けるたび、薬草が波のように揺れている。
まるで、緑色の海だった。
ハーブホースは嬉しそうに駆け出していく。
そして、一度だけ振り返った。
「お礼を言ってるみたいですね〜。」
「そうだな。」
二人は微笑みながら、その後ろ姿を見送った。
⸻
【クエスト達成】
薬草を乱獲する魔物を追い払え。
報酬:《剛力》
⸻
(剛力……?)
(筋力を強化するスキルか。)
⸻
◇
帰り道。
「無事でよかったですね〜。」
「ああ。」
「赤ちゃんも元気だといいですね〜。」
「きっと大丈夫だよ。」
夕日に染まる街道を歩きながら、二人は月読へ帰っていった。
◇
夜。
いつものように、食卓には豪華な料理が並んでいた。
悠真は昼間の出来事を話した。
「そういえば、ハーブホースって珍しい魔物なのか?」
ツバキは静かに頷いた。
「ええ。月読の森にだけ生息する魔物よ。」
「薬草を食べていたけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。」
ツバキは穏やかに微笑んだ。
「ハーブホースは薬草を食べるけれど、同時に薬草を育てる存在でもあるの。」
「育てる?」
「ええ。」
「体内で魔力と栄養を取り込み、その排出物が新たな薬草の養分になるのよ。」
「つまり、自然の循環ってことか。」
「そういうこと。」
ツバキは静かに頷いた。
「私たちは薬草を育て、ハーブホースは森を育てる。」
「だから月読では、彼らを害獣ではなく、森の一員として扱っているの。」
悠真は窓の外へ視線を向けた。
月明かりが、静かに森を照らしている。
(なるほどな……。)
(自然の循環、そのものを守っているのか。)
悠真は、月読という国の奥深さを改めて知るのだった。




