月読(ツクヨミ)
野営地には、ぱちぱちと薪のはぜる音が響いていた。
フィルとツバキは野営の準備を終え、夕食を囲んでいた。
「悠真さんは、いつ戻ってくるんですかね〜。」
フィルが空を見上げながら尋ねる。
ツバキは小さく笑った。
「そのうち、ふっと戻ってくるんじゃないかしら〜。」
その瞬間だった。
馬車の方が、まばゆい光に包まれた。
「……!」
フィルが目を丸くする。
光が消えると、そこには見慣れた姿が立っていた。
「ただいま〜。」
悠真は、まるで散歩から帰ってきたかのような表情で手を振った。
「悠真さん、おかえりなさい。」
ツバキが微笑む。
しかし、フィルは慌てて駆け寄った。
「悠真さん! ど、どういうことなんですか〜!?」
「急にいなくなってしまって、心配しましたよ〜!」
「ああ、ごめん、ごめん。」
悠真は頭をかいた。
「説明してなかったんだけど、実は僕、違う世界から来たんだ。」
「今も、こっちの世界と向こうの世界を行き来してる。」
「詳しいことは、僕にもよく分からないんだけどね。」
ツバキが静かにつぶやく。
「……夢渡り。」
悠真は首をかしげた。
「夢渡り?」
「別の世界を行き来する存在のことよ。」
「祖父から聞いたことがあるわ。」
フィルも頷く。
「私も古い本で読んだことがあります〜。」
「てっきり、おとぎ話だと思っていました〜。」
「そうなんだ。」
悠真は少しだけ遠くを見つめた。
「僕も、急にこの世界へ来たんだ。」
「もしリシェルと出会っていなかったら、どうなっていたのか分からないな。」
「本当ですね〜。」
フィルは大きく頷いた。
「だから悠真さんは、不思議な道具を持っているんですね〜。」
「この前のカレーも、そうなんですか〜?」
「そうだね。」
ツバキが腕を組んだ。
「でも、どうして悠真さんは、そんな力を持つようになったのかしら。」
三人はしばらく黙り込んだ。
火の粉が夜空へ舞い上がる。
答えは、誰にも分からなかった。
やがて、ツバキが穏やかな声で言った。
「まあ、これも何かの縁ということね。」
「今日はもう休みましょう。」
「そうですね〜。」
フィルが頷く。
すると、悠真が立ち上がった。
「そういうことなら、今日はよく眠れるものを持ってきたんだ。」
そう言って、アイテムボックスから取り出したのは、折りたたみ式のベッドだった。
「おお〜。」
フィルが目を輝かせる。
「いいですね〜。」
対照的に、ツバキは目を丸くしていた。
「えっ? 何ですか、それは?」
「これはね――」
悠真が説明しようとした瞬間だった。
「悠真さんの不思議な道具です!」
フィルが胸を張る。
「……。」
悠真は苦笑した。
「そうなんですね〜。」
ツバキは納得したように頷いた。
夜空には、無数の星々が輝いていた。
三人の夜は、静かに更けていく。
⸻
翌朝。
空には厚い雲が広がっていた。
「今日は、少し天気が悪そうですね〜。」
フィルが空を見上げる。
すると、ツバキが微笑んだ。
「なら、もう少しね。」
「私の故郷、月読は、いつも雲に包まれているの。」
「晴れる日の方が珍しいくらいよ。」
「そうなんだ〜。」
「そうなんですね〜。」
「ええ。」
「だからこそ、美しい場所なのよ。」
馬車は峠道を進み続けた。
そして、昼頃――。
ついに目的地が見えてきた。
「……!」
悠真は息をのんだ。
「うわぁ……。」
「すごいですね〜。」
「王都とは、まったく違います。」
フィルも目を輝かせる。
「本物は、やっぱり違います〜。」
ツバキは懐かしそうに微笑んだ。
「ようこそ。」
「ダークエルフの国――月読へ。」
馬車はゆっくりと、首都へ向かって進み始めた。




