褐色の錬金術師
朝日が街を照らし始めた頃、悠真たちは宿屋の食堂に集まっていた。
テーブルには焼きたてのパンと温かなスープが並んでいる。
フィルが、にやにやと笑いながら口を開いた。
「何かありました〜?」
「何でもない。」
「何でもないです。」
悠真とリシェルは同時に答えた。
フィルは嬉しそうに笑う。
「あら、お揃いで〜。」
「違う。」
「違います。」
再び声が重なった。
ミリアは小さく咳払いをする。
「では、本題に入るであります。」
そう言って、机の上へ地図を広げた。
「連合国方面で盗賊の目撃情報が増えているのであります。」
「まずは街道沿いを調べるであります。」
悠真たちは頷き、宿屋をあとにした。
◇
街道を進み、森へ差しかかった頃だった。
甲高い金属音が響いた。
ガキンッ――。
続いて怒号が聞こえてくる。
「囲め!」
「逃がすな!」
悠真は剣の柄を握った。
「誰か、襲われてる。」
リシェルが頷く。
「行きましょう。」
一行は森の奥へ駆け出した。
◇
そこには、一人の女性が短剣を構えて立っていた。
長い黒髪。
褐色の肌。
美しい和柄の衣装。
そして、人よりも長く尖った耳。
ダークエルフだ。
盗賊たちに囲まれているにもかかわらず、その表情に焦りは見えなかった。
盗賊の一人が叫ぶ。
「まずい! 騎士団だ!」
女性は静かに地面へ手を触れた。
次の瞬間、地面が大きく揺れる。
「(錬成)」
「なっ!?」
盛り上がった土が盗賊の足を覆い、そのまま拘束した。
リシェルが目を見開く。
「錬金術……?」
女性は静かに微笑んだ。
「助かります。」
◇
リシェルはすぐに女性のもとへ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ええ。問題ありません。」
悠真たちも剣を抜く。
「ミリア!」
「了解であります!」
ミリアが素早く敵陣へ飛び込む。
フィルは風魔法で敵の動きを乱した。
「ウィンド。」
女性は近くの木へそっと手を当てる。
「(錬成)」
枝が大きく伸び、盗賊たちの腕や足へ絡みついた。
「うわっ!」
「動けねぇ!」
悠真も次々と盗賊を無力化していく。
そして、最後に残ったのは頭領だけだった。
リシェルの剣が鋭く閃く。
「くっ!」
頭領が大きく体勢を崩した。
その一瞬を、女性は見逃さなかった。
「(錬成)」
盛り上がった土が頭領の足元を覆う。
「なっ!?」
リシェルは静かに剣を突きつけた。
「終わりです。」
頭領は力なく剣を落とした。
◇
「ありがとうございました。」
女性は深々と頭を下げた。
「わたしはツバキと申します。」
「俺は悠真。」
「私はリシェルです。」
「フィルです。」
「ミリアであります!」
ツバキは穏やかに微笑んだ。
◇
午後になり、ミリアは騎士団を連れて戻ってきた。
盗賊たちは騎士団へ引き渡され、一行は街へ戻ることになった。
◇
街の食堂。
ツバキは改めて頭を下げた。
「皆さん、本当にありがとうございました。」
「気にしなくていいよ。」
悠真が答えると、ツバキは優しく微笑んだ。
「わたしは連合国から故郷へ戻る途中だったのです。」
「故郷?」
「ええ。ダークエルフの国です。」
悠真の目が輝く。
「行ってみたいな。」
フィルも頷いた。
悠真はツバキへ視線を向けた。
「よかったら、一緒に行きませんか?」
ツバキは穏やかに微笑む。
「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします。」
そして、小さく首を傾げた。
「ですが、皆さんはどこかへ向かう予定があったのではありませんか?」
悠真は笑った。
「連合国へ行く予定だったけど、何も決めてなくてね。」
「とりあえず連合国へ行って、それから考えるつもりだったんだ。」
「でも、これで最初に行きたい場所が決まったよ。」
「ダークエルフの国だ。」
ツバキは少し驚いたような表情を浮かべた。
「わたしの故郷ですか?」
「ああ。」
フィルも嬉しそうに頷く。
「それに、土の神殿もありますからね。」
ツバキは静かに微笑んだ。
「たしかに、私の国には土の神殿があります。」
「それは、楽しみだ。」
「それでは、ご案内しますね。」
その言葉を聞いたリシェルは、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
すると、ツバキが優しく笑う。
「安心してください。」
「え?」
「わたしは故郷で子供が待っているので、会いに帰るだけなんです。」
リシェルは、ほっとしたように息を吐いた。
その様子を見て、フィルとミリアは顔を見合わせる。
「……。」
「……。」
リシェルは何事もなかったかのように立ち上がった。
「とりあえず、宿へ戻りましょう。」
◇
「少しいいか?」
夜になり、リシェルが悠真の部屋を訪れた。
「ああ。」
リシェルは、いつものように微笑んだ。
「明日からは別々の行動ですね。」
「そうだな……。」
「……少し寂しいですね。」
悠真は驚いた。
リシェルが、そんな言葉を口にするとは思わなかったからだ。
「でも、約束しましたから。」
「ああ。」
「また会えます。」
「もちろんだ。」
リシェルは小さく頷いた。
「では、目を閉じてください。」
「え?」
「いいから。」
悠真が目を閉じる。
次の瞬間。
柔らかな感触が頬に触れた。
「……え?」
目を開けたときには、リシェルは扉の前に立っていた。
「また会いましょう。」
「リシェル――」
しかし、彼女は振り返ることなく部屋を出ていった。
◇
悠真は、そっと頬に触れた。
「……何だったんだ。」
胸の鼓動が、少しだけ速い。
それが何を意味するのか、悠真にはまだ分からなかった。




