初めての野営
朝日が窓から差し込み、鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
悠真たちは村長の家で朝食を済ませ、旅支度を整えていた。
「もう出発されるのですか?」
村長が少し寂しそうに尋ねる。
「はい。」
「お世話になりました。」
リシェルが頭を下げると、フィルも慌てて続いた。
「ありがとうございました!」
家の外へ出ると、多くの村人たちが集まっていた。
「また来てくださいね!」
「リシェル様、約束ですよ!」
子どもたちが元気いっぱいに手を振る。
リシェルも優しく微笑んだ。
「ええ。また来ます。」
悠真たちは馬車へ乗り込み、再び連合国へ向けて出発した。
◇
広大な草原を馬車が進んでいく。
空は青く、風は心地よく、旅日和だった。
時折、小型の魔物が現れることもあったが、大きな問題にはならなかった。
「順調ですね。」
フィルが笑顔を浮かべる。
「ああ。」
「そうですね。」
リシェルも頷いた。
そして、太陽が高く昇った頃、悠真は馬車を止めた。
「昼にしよう。」
「賛成です!」
「わたしもです。」
三人は木陰へ移動した。
悠真はアイテムボックスを開く。
すると、次々と見慣れない道具が現れた。
鍋。
包丁。
まな板。
食器。
そして、折りたたみ式の椅子と机。
フィルが固まった。
「……何ですか、それらは。」
「ん?」
「それです!」
悠真は首を傾げた。
「アウトドアグッズだよ。」
フィルは真剣な顔になった。
「そんなわけ……。」
しかし、何かを言いかけて、諦めたように首を振った。
「……もういいです。」
リシェルは少し慣れた様子で笑っていた。
「相変わらず、不思議な道具ですね。」
「そうか?」
「そうですよ。」
そう言いながらも、見慣れない材質の椅子を興味深そうに眺めていた。
◇
役割分担も決まった。
悠真は料理。
リシェルはホーンラビットの解体。
フィルは火の管理だ。
「よし。」
鍋の中で、香ばしい匂いが広がっていく。
「いい香りですね。」
「シチューだからな。」
リシェルは感心したように頷いた。
「料理人になれそうですね。」
「それは困るな。」
「どうしてですか?」
「本業じゃないから。」
三人は顔を見合わせて笑った。
そして、穏やかな昼食の時間を過ごした。
◇
再び旅が始まった。
夕方になる頃、一行は川へたどり着く。
「きれいですね。」
フィルが嬉しそうに言った。
透き通った水が、夕日に照らされて輝いている。
「少し水浴びをしませんか?」
「いいですね。」
リシェルも頷いた。
悠真は立ち上がる。
「じゃあ、俺は向こうへ行くよ。」
「え?」
「え?」
「いや、別々だろ?」
二人は顔を見合わせた。
「……?」
「……?」
悠真は首を傾げながら、上流へ向かって歩き出した。
◇
そのときだった。
「きゃあっ!」
鋭い悲鳴が響く。
悠真は剣を抜き、駆け出した。
「大丈夫か!」
勢いよく飛び出した悠真は、その場で固まった。
そこには、水生の魔物を倒し終えたリシェルとフィルの姿があった。
「終わりました。」
「終わりました!」
「……そうか。」
沈黙が流れる。
さらに沈黙が流れる。
そして――。
「悠真。」
「何だ?」
「……後ろを向いてください。」
「分かった。」
悠真は素直に後ろを向いた。
◇
その後、三人は無言で野営の準備を進めていた。
悠真は気まずそうに頭をかいた。
「夕飯にするか。」
「そうですね。」
「そうしましょう。」
悠真は鍋を取り出した。
リシェルの瞳が輝く。
「今日は何を作るんですか?」
「カレー。」
「カレーです。」
「知ってるのか?」
「もちろんです。」
フィルは首を傾げた。
「何ですか、それは?」
「食べれば分かる。」
しばらくして、香辛料の香りが辺りに広がった。
「すごい香りです……。」
フィルは目を丸くした。
そして、一口。
「おいしいです!」
「だろ?」
「こんな料理、初めてです!」
悠真は笑った。
リシェルも嬉しそうに微笑んでいた。
いつの間にか、昼間の気まずい空気は消えていた。
◇
食事を終えると、悠真は新しく手に入れたスキルを試すことにした。
「《結界》」
淡い光が広がり、三人を包み込む。
「これは……。」
リシェルが驚いた表情を浮かべる。
「新しい力ですか?」
「ああ。」
リシェルは周囲を見回した。
「騎士団でも、野営の際には結界の魔道具を使うことがあります。」
「魔道具?」
「はい。魔力を流し込むことで結界を展開するんです。」
すると、フィルが胸を張った。
「わたしも持っていますよ!」
フィルは、小さな水晶を取り出した。
「アルマさんにもらったんです。」
「へえ。」
「旅に出るなら必要じゃろうって言っていました。」
「なるほど。」
フィルは、にこにこしながら言った。
「でも、悠真さんは使わないみたいですね。」
「そうだな。」
「はいはい。」
フィルは肩をすくめた。
「もう驚きません。」
「そうか?」
「少しだけです。」
悠真は小さく笑った。
◇
そして、その夜。
三人は同じテントの中で眠ることになった。
静かな夜だった。
川のせせらぎが聞こえる。
風が優しく草原を揺らしている。
けれど、誰もすぐには眠れなかった。
悠真は天井を見つめる。
リシェルは毛布を頭までかぶる。
フィルはニヤニヤしていた。
「何も言いませんよ。」
「言っているようなものです。」
「そうですね。」
「言わないでください。」
その夜、草原には三人の笑い声が響いていた。
こうして、三人の初めての野営は静かに幕を閉じた。




