旅のはじまり
朝日を浴びながら、馬車は街道を進んでいた。
御者台にはフィルが座り、楽しそうに手綱を握っている。
「順調ですね!」
「ああ。」
「ええ。」
王都を出てから、まだ数時間ほどしか経っていない。
けれど、悠真には景色がまったく違って見えた。
街道の両側には広大な草原が広がり、遠くには深い森が見える。
そして、その先には大きな湖が輝いていた。
「きれいだな。」
「この湖は、昔から旅人の休憩場所として知られているんです。」
リシェルが穏やかに微笑んだ。
湖のほとりでは、子どもたちが元気いっぱいに遊んでいた。
「リシェル様!」
「また来てくれたんだ!」
リシェルは優しく笑う。
「みんな、気をつけて遊ぶんだよ。」
「はーい!」
「分かりましたー!」
子どもたちは元気よく返事をした。
悠真は少し驚いた表情を浮かべる。
「ずいぶん慕われているんだな。」
「そうでしょうか。」
「そうだよ。」
フィルも笑った。
「リシェルさんは有名人ですから。」
リシェルは少し照れくさそうに笑った。
◇
そのときだった。
「きゃあっ!」
鋭い悲鳴が響いた。
悠真とリシェルの表情が変わる。
「フィル!」
「はい!」
フィルは素早く馬車を止めた。
悠真とリシェルは、すぐに声のした方向へ駆け出した。
すると、一人の少女が必死に逃げている姿が見えた。
その後ろには、一頭の大きなボアがいる。
その瞬間――。
⸻
【緊急クエスト発生】
村娘を救え。
報酬:???
⸻
「危ない!」
リシェルは一気に距離を詰め、少女を抱きかかえた。
ボアは勢いよく突進してくる。
悠真は静かに剣を抜いた。
「悪いな。」
一閃。
鋭い音が響く。
次の瞬間、ボアは地面へ倒れ込んだ。
静寂が訪れる。
「もう大丈夫だ。」
悠真が声をかける。
リシェルも優しく微笑んだ。
「怪我はありませんか?」
少女は涙目のまま頷いた。
「は、はい……。」
「どうして、こんな場所にいたんですか?」
「木の実を採りに来たんです。」
リシェルは倒れたボアへ視線を向けた。
「この時期は繁殖期なんです。」
「繁殖期?」
「ええ。普段は、ここまで気が荒い魔物ではないのですが……。」
「運悪く遭遇したってわけか。」
「そういうことですね。」
◇
そこへフィルが駆け寄ってきた。
「大丈夫でしたか?」
「ああ。」
「問題ありません。」
フィルは倒れたボアを見つめた。
「少し大きいですね。」
「そうだな。」
「夕飯の食材が手に入りましたね。」
悠真とリシェルは顔を見合わせた。
そして、同時に笑う。
「確かに。」
「そうですね。」
少女は不思議そうに首を傾げていた。
◇
三人は少女と一緒に木の実を集め、そのまま村まで送り届けた。
日が沈む頃には、村中がお祭りのような賑わいに包まれていた。
広場の中央では、大きな焚き火が燃えている。
そして、その上では巨大なボアが豪快に焼かれていた。
「すごいですね……。」
フィルが目を輝かせる。
悠真たちも、ようやく一息ついていた。
その瞬間だった。
⸻
【緊急クエスト達成】
村娘を救え。
報酬:《結界》
【新たなスキルを獲得しました】
《結界》
半径十メートル以内に結界を展開します。
悪意を持つ存在の侵入を防ぎます。
ただし、自身よりも強力な存在の侵入を防ぐことはできません。
その場合でも、侵入を察知することは可能です。
⸻
(結界か……。)
悠真は小さく息をついた。
「どうかしましたか?」
リシェルが尋ねる。
「いや。」
悠真は小さく笑った。
子どもたちも楽しそうに走り回っていた。
「リシェル様!」
「お姉ちゃん!」
子どもたちが笑顔で駆け寄る。
リシェルは優しく微笑んだ。
「みんな、元気そうですね。」
やがて、昼間に助けた少女と、その両親が近づいてきた。
「本当にありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
リシェルは静かに首を横に振る。
「無事で何よりです。」
すると、フィルが嬉しそうに笑った。
「おかげで、美味しいものにもありつけました。」
「フィル。」
「本当のことですよ?」
悠真は思わず笑った。
リシェルも小さく笑う。
穏やかな時間が流れていた。
◇
その夜、三人は村長の家に泊まることになった。
フィルは布団へ潜り込むと、隣にいるリシェルを見つめた。
「初めてですね。」
「何がですか?」
「こうして仲間と一緒に旅をするのは。」
「そうですね。」
フィルは嬉しそうに笑った。
「友達と一緒にお泊まりするのも初めてなんです。」
リシェルは優しく微笑んだ。
「そうだったんですね。」
「はい。」
そして、フィルはニヤニヤしながら口を開いた。
「そういえば――。」
「はい?」
「悠真さんのどこが好きなんですか?」
リシェルが固まった。
「えっ?」
「いつから好きなんですか?」
「なっ……。」
リシェルの顔が真っ赤になる。
「わ、わたしは寝ます!」
「はいはい。」
フィルは笑った。
「分かりましたよ。」
リシェルは毛布を頭までかぶった。
◇
一方、その頃。
悠真は窓の外を見つめていた。
王都を出て、初めての夜。
これから待っている景色。
まだ見ぬ仲間たち。
楽しいこともあるだろう。
大変なこともあるだろう。
けれど――。
「楽しみだな。」
悠真は静かに目を閉じた。
こうして、三人の旅の最初の一日が終わった。




