旅立ちの朝
柔らかな朝日が部屋を照らしていた。
悠真はゆっくりと目を覚ます。
居間へ向かうと、リシェルがいつものように朝食の準備をしていた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
焼きたてのパンの香りが部屋いっぱいに広がる。
いつもと変わらない朝。
けれど、今日は少しだけ違っていた。
二人とも、旅支度を終えていたからだ。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫です。」
「そうか。」
「悠真こそ、大丈夫ですか?」
「たぶんな。」
「たぶん、ですか?」
「アイテムボックスがあるからな。」
リシェルは小さく笑った。
「それは反則です。」
二人は顔を見合わせて笑う。
そして、静かに家を出た。
しかし、王都の門へ向かう途中、リシェルは足を止めた。
「どうした?」
「騎士団本部へ寄ります。」
「報告か?」
「はい。」
リシェルは小さく頷いた。
「出発前のあいさつと、任務の最終確認です。」
◇
王国騎士団本部。
重厚な扉の前で、リシェルは静かに息をついた。
そして、ゆっくりと扉を開く。
「失礼します。」
執務机に向かっていた女性が顔を上げた。
長い金色の髪。
凛とした瞳。
鋭い眼差しの奥に、優しさを宿した女性だった。
「おや、来たね。」
「はい。」
「出発前のご報告に参りました。」
「ああ。最終確認だね。」
リシェルは頷いた。
「連合国へ続く交易路で発生している盗賊事件の調査。その件について、予定どおり出発します。」
「分かった。」
女性は満足そうに頷いた。
そして、悠真へ視線を向ける。
「そちらが例の冒険者かい?」
「例の?」
悠真は首を傾げた。
「団長!」
リシェルが慌てて声を上げる。
女性は楽しそうに笑った。
「おや、違ったかい?」
「ち、違います!」
「なるほど。」
「団長!」
悠真は状況が飲み込めず、首を傾げた。
すると、リシェルは小さく咳払いをした。
「紹介します。」
「ん?」
「こちらは王国騎士団、セレスティア団長です。」
悠真は驚いた表情を浮かべた。
「騎士団長だったのか。」
「はい。」
リシェルは優しく微笑んだ。
「わたしの憧れの人です。」
「憧れ?」
「幼い頃、団長の剣を見たことがあるんです。」
その瞳は、どこか懐かしそうだった。
「とても強くて、とても格好よくて……。」
「それで騎士になろうと思ったのか。」
「はい。」
セレスティアは苦笑した。
「少し美化されすぎている気もするけれどね。」
「そんなことはありません。」
「まったく。」
セレスティアは肩をすくめた。
「昔から真面目なんだよ、この子は。」
そして、ふっと笑みを浮かべた。
「なるほどね。」
「何がですか?」
「だから、この任務を受けたわけか。」
「違います!」
「そうかい?」
「そうです!」
「おやおや。」
リシェルの耳が真っ赤になった。
「団長……。」
セレスティアは楽しそうに笑った。
「さて、本題に入ろうか。」
その表情が、騎士団長のものへと変わる。
「連合国へ続く交易路で、不審な動きが確認されている件だ。」
「盗賊ですかね?」
「おそらくね。」
セレスティアは机の上に地図を広げた。
「最近になって被害が急増している。」
「分かりました。」
「必ず帰ってくるんだよ。」
「もちろんです。」
「それから、応援が必要であれば、すぐに連絡をよこすように。」
「はい。」
「無理は禁物だよ。」
「承知しました。」
そして、セレスティアは悠真へ視線を向けた。
「彼女を頼む。」
「分かりました。」
「よろしい。」
そして――。
「剣の腕は一流なんだがね。」
リシェルが嫌な予感を覚える。
「恋は苦手らしい。」
「だ、団長っ!」
セレスティアの笑い声が、部屋いっぱいに響き渡った。
◇
二人が騎士団本部を出ると、巨大な城門が見えてきた。
その前には、一台の馬車が止まっていた。
「おはようございます!」
満面の笑みを浮かべるフィルが、元気よく手を振っている。
「フィル。」
「おはよう。」
悠真は馬車を見上げた。
「……これ、どうしたんだ?」
「アルマさんが譲ってくれたんです。」
「譲った?」
「旅に出るなら必要じゃろうって。」
「それだけじゃありません。」
フィルは胸を張った。
「ちゃんと扱い方も教わりました!」
「馬車を扱えるのか?」
「はい!」
すると、リシェルも頷いた。
「問題ありません。」
「リシェルも乗れるのか?」
「騎士団では乗馬の訓練もありますから。」
「なるほど。」
悠真は思わず笑った。
「みんな準備がいいな。」
「悠真だけです。」
「否定できないな。」
三人は顔を見合わせて笑った。
そして、悠真は王都を振り返る。
初めて訪れた街。
初めてできた仲間。
そして、大切な場所。
「行こうか。」
「はい!」
「ええ。」
巨大な城門がゆっくりと開いていく。
朝日が街道を照らし、その先には、まだ見ぬ世界が広がっていた。
馬車がゆっくりと動き出す。
風が吹く。
旅立ちを祝福するかのように。
こうして悠真たちは、最初の目的地である連合国へ向かった。




