王都誕生祭
朝
朝日が差し込む部屋で、悠真はゆっくりと目を覚ます。
居間へ向かうと、リシェルがいつものように朝食の準備をしていた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
いつもと同じ朝。
いつもと同じ会話。
けれど、どこか少しだけ違っていた。
二人とも、それに気づかないふりをしていた。
沈黙を破るように、リシェルが明るく微笑む。
「そういえば、今日は王都誕生祭なんです。」
「祭り?」
「はい。年に一度のお祭りですよ。」
「へえ。」
「屋台もたくさん出ていますから、街を回ってみるといいと思います。」
悠真は少し考えたあと、笑った。
「それなら、一緒に行かないか?」
リシェルは目を瞬かせる。
「昼間は巡回任務があります。」
「そうか。」
「ですが――。」
少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「夕方からでしたら。」
「じゃあ、決まりだな。」
「はい。」
⸻
昼
悠真は一人で祭りを見て回っていた。
ホーンラビットの串焼き。
光る果実の果実水。
スライムゼリー。
悠真にとっては見た事の無いものばかりだった。
旅に必要な道具を探しながら、露店をのぞいていく。
保存食。
ロープ。
毛布。
水袋。
調味料。
火打ち石。
さまざまな品物が並んでいた。
すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「悠真さん!」
振り返ると、両手いっぱいに荷物を抱えたフィルが立っていた。
「フィル?」
「こんにちは!」
悠真は思わず笑った。
「何をしてるんだ?」
「旅の準備です!」
「ずいぶん買ったな。」
「必要だと思ったんです。」
そう言ってフィルは少し困ったように笑った。
「荷物がすごいことになりそうです。」
悠真は笑った。
「俺にはアイテムボックスがあるから大丈夫だ。」
「ずるいです!」
「フィルの分も入るから大丈夫だ。」
「えっ?」
「どうせ一緒に旅をするんだろ?」
フィルは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。」
⸻
夕方
巡回任務を終えたリシェルが姿を現した。
悠真は思わず言葉を失った。
白を基調とした上品な服。
銀色の髪飾り。
夜空のように深い青色の宝石。
まるで、おとぎ話に登場する姫君のようだった。
「どうかしましたか?」
「いや……。」
悠真は慌てて視線をそらした。
「よく似合ってると思ってな。」
リシェルは目を丸くした。
そして、少しだけ頬を赤く染めた。
「ありがとうございます。」
その様子を見ていたフィルは、小さく笑った。
「私は明日からの旅の準備をしますね。」
「え?」
「今日は、お二人で楽しんできてください。」
そう言い残し、フィルは人混みの中へ消えていった。
⸻
夜
二人は祭りを楽しんだ。
音楽隊の演奏。
大道芸人の芸。
屋台の明かり。
王都は、いつも以上の賑わいを見せていた。
そして最後に、リシェルは悠真を城壁の上へ案内した。
「ここです。」
眼下には、美しい王都の夜景が広がっていた。
その瞬間――。
無数の光が夜空へ舞い上がった。
火の魔法。
光の魔法。
魔法師団が生み出した幻想的な光景が、夜空を鮮やかに彩る。
「きれいですね。」
「ああ。」
悠真は、夜空を見上げた。
旅に出る。
そう決めたはずなのに、この景色を見ていると、不思議と足が止まりそうになる。
リシェルは小さく微笑んだ。
「どちらへ向かうのですか?」
「とりあえず、連合国かな。」
「連合国ですか。」
「いろいろな種族が集まる国なんだろ?」
「ええ。」
その瞬間、リシェルは騎士団の報告書を思い出した。
連合国へ続く交易路。
最近、盗賊が出没しているという報告。
そして――。
ふわりと、柔らかな感触が背中に伝わった。
「リシェル?」
悠真が振り返ろうとする。
「駄目です。」
服の裾が、そっとつかまれる。
「今は、このままで。」
悠真は何も言わなかった。
小さな震えが、背中越しに伝わってきたからだ。
やがて、リシェルは静かに離れた。
そして、いつもの笑顔を浮かべる。
「明日は騎士団の任務があります。」
「任務?」
「連合国へ続く交易路で盗賊が出没しているのです。」
「そうなのか。」
「ですから、次の街までは同行します。」
「そうか。」
「はい。」
リシェルは優しく微笑んだ。
「まだ、お別れではありません。」
悠真も笑った。
「ああ。」
けれど、その笑顔の奥で、悠真は別のことを考えていた。
(どうしたんだろうな……。)
胸の奥が、少しだけ落ち着かなかった。
(俺は、リシェルのことを――。)
そこまで考え、悠真は小さく首を振った。
(いや、何を考えてるんだ。)
夜風が静かに吹き抜ける。
魔法の光が、いつまでも王都の空を照らしていた。




