決意
柔らかな光が部屋を包み込んだ。
次の瞬間、悠真の姿が現れる。
「……朝か。」
見慣れた部屋を見回したところで、奥の扉が開いた。
「悠真?」
リシェルが驚いた表情で立ち尽くす。
「おはよう。」
「あ……。」
リシェルは目を瞬かせた。
突然現れた悠真に驚いたのだろう。
けれど、その表情はすぐに柔らかな笑顔へと変わった。
「おはようございます。」
そして、小さく息をつく。
どこか安心したような顔だった。
「どうかしたか?」
「いえ。」
リシェルは微笑む。
「なんでもありません。」
◇
朝食の準備を始める。
悠真はアイテムボックスから小さな道具を取り出した。
「ん?」
リシェルが首を傾げる。
「なんだ、それは?」
悠真は何も答えず、野菜を手に取った。
シャッ、シャッ、シャッ。
軽快な音とともに、皮が次々とむかれていく。
リシェルは目を丸くした。
「……。」
悠真は無言だった。
「包丁が要らないじゃないか。」
悠真は黙ったまま、最後の皮をむき終える。
そして、一言だけ口にした。
「欲しい?」
「ほしいです!」
即答だった。
悠真は思わず吹き出した。
「やっぱりな。」
そう言って、アイテムボックスからもう一本取り出した。
「えっ?」
「予備。」
「用意していたのですか?」
「まあな。」
リシェルは嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
朝日が差し込む部屋に、穏やかな笑い声が響いた。
◇
朝食を終えると、リシェルは白銀の鎧を身につけた。
「それでは、行ってきます。」
「ああ。いってらっしゃい。」
「はい。」
リシェルは嬉しそうに微笑んだ。
そのまま扉へ向かい、ふと振り返る。
「帰ったら、使い方を教えてください。」
「ピーラーか?」
「はい。」
「分かった。」
「約束ですよ。」
そう言って、リシェルは騎士団の任務へ向かった。
◇
悠真は一人、王都の街を歩いていた。
旅に出る。
そう決めた。
けれど、何を準備すればいいのかが分からない。
「とりあえず、ギルドに行くか。」
冒険者ギルドへ入ると、依頼を受けていない冒険者たちが酒場で談笑していた。
悠真は旅について話を聞いて回る。
保存食。
水袋。
予備の武器。
寝袋。
地図。
思っていた以上に必要なものは多かった。
「旅って大変なんだな……。」
「おっ、新人か?」
「そんなところだ。」
そんな話をしているうちに、扉が開いた。
「こんにちは!」
フィルだった。
「おかえり。」
「ただいま戻りました!」
フィルは笑顔で椅子に腰を下ろした。
「何をしているんですか?」
「旅について調べてる。」
「旅?」
「ああ。」
悠真は頷いた。
「王都を出ようと思う。」
フィルの目が輝いた。
◇
二人は魔導書店を訪れた。
「おやおや。」
アルマが目を細める。
「今日はどうしたんじゃ?」
フィルは悠真の話を伝えた。
すると、アルマは懐かしそうに笑った。
「旅かい。」
「ワシも昔は冒険者だったんじゃ。」
「遺跡を調べていたんですか?」
「そうじゃ。」
アルマは静かに頷く。
「古代遺跡を一人で巡っておった。」
「ですが、限界を感じてのう。」
「仲間もおらんかったし、年も取った。」
「それで引退したんじゃ。」
「そのあと、家庭教師になったんですか?」
「そうじゃな。」
「だが、クビになった。」
「そして、店を始めたというわけじゃ。」
そう言って、アルマは店の奥へと消えた。
しばらくして、大きな鞄を抱えて戻ってくる。
「これは……。」
「ワシが使っていた道具じゃ。」
フィルは目を見開いた。
「私に?」
「そうじゃ。」
アルマは優しく微笑む。
「ワシが見られなかった景色を見ておくれ。」
そして、二人を真っ直ぐ見つめた。
「約束しな。」
「約束ですか?」
「必ず協力し合うんじゃ。」
悠真とフィルは顔を見合わせた。
そして、同時に頷いた。
フィルは、ふと首を傾げた。
「あの……。」
「なんじゃ?」
「どうして、こんなに私によくしてくれるんですか?」
アルマは少しだけ目を見開いた。
そして、優しく笑った。
「そうじゃな。」
少しだけ間を置く。
「血縁者だからじゃよ。」
「えっ……?」
フィルは言葉を失った。
「まあ、遠い遠い縁じゃがの。」
アルマは照れ隠しをするように笑った。
◇
店を出ると、夕日が王都を赤く染めていた。
悠真は頭をかいた。
「順番が逆になったな。」
「え?」
「一緒に旅に出てくれないか?」
フィルは目を丸くした。
そして――。
満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
◇
夜。
リシェルの家。
悠真は昼間の出来事を話していた。
旅のこと。
フィルのこと。
アルマのこと。
そして――。
「リシェル。」
「はい。」
「一緒に来てくれないか?」
部屋に静寂が流れた。
リシェルは俯いた。
「……。」
長い沈黙。
やがて、小さく首を横に振った。
「行けません。」
「どうしてだ?」
「私は騎士です。」
その声は、とても穏やかだった。
「この国を守らなければなりません。」
「そうか。」
「はい。」
リシェルは笑顔を作った。
「ですから、お断りします。」
そう言って、自分の部屋へ入っていった。
扉が静かに閉まる。
「……行きたかった。」
ぽつりと声が漏れた。
悠真と一緒に旅をしたい。
もっと話をしたい。
もっと隣にいたい。
けれど、それは許されない。
頬を涙が伝う。
「私は……。」
自分でも分からなかった。
けれど、一つだけ分かることがある。
悠真は、自分にとって、とても大切な存在だった。
それだけは、はっきりと分かった。
でも、この気持ちが何なのかは、まだ分からない。
リシェルはそっと涙を拭った。
そして、窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。




