この世界と古代遺跡
朝日が窓から差し込み、柔らかな光が部屋を照らしていた。
悠真はソファからゆっくりと体を起こした。
「そういえば……。」
ふと、そんな言葉が口をつく。
「どうしたんですか?」
朝食を並べていたリシェルが、不思議そうに首を傾げた。
「俺、この国のことを何も知らないなって思ってさ。」
王都へ来てから、もう何日も経っている。
だが、知っているのはギルドや街の一部だけだった。
リシェルは小さく笑う。
「たしかに、そうですね。」
そして、少し考え込んだ。
「でしたら、王立図書館へ行きませんか?」
「図書館?」
「はい。今日は騎士団の仕事もお休みですので、ご案内します。」
「いいな。」
悠真は頷いた。
「せっかくだし、この世界のことをもっと知りたい。」
◇
王立図書館は、王城の近くに建てられていた。
白い石造りの巨大な建物で、何本もの柱が天井を支えている。
「すごいな……。」
「王都でも、とくに歴史の長い建物なんですよ。」
二人が中へ入ると、そこには見慣れた姿があった。
「あっ!」
金色の髪が揺れる。
「おはようございます!」
「フィル?」
「また勉強か?」
「はい!」
フィルは胸を張った。
「魔法は毎日の積み重ねですから!」
◇
三人は大きな机を囲み、分厚い本を開いた。
そこには、この世界の地図が描かれていた。
「これが、この大陸です。」
リシェルが地図を指差す。
「七つの国が存在しています。」
「七つか。」
「はい。」
人間の国。
エルフの国。
ドワーフの国。
獣人の国。
ダークエルフの国。
精霊の国。
そして――。
「連合国です。」
「連合国?」
「さまざまな種族が集まって暮らしている国です。」
「各国との交易も行っています。」
「なるほど。」
「旅人や冒険者も多く集まる場所ですね。」
悠真は地図を見つめた。
見たこともない土地ばかりだった。
そこには、自分の知らない景色が広がっている。
◇
次に、フィルが古びた本を取り出した。
「こちらも見てください。」
開かれたページには、七つの印が描かれていた。
「これは?」
「古代遺跡です。」
「古代遺跡?」
「はい。」
フィルは真剣な表情になった。
「千年ほど前に造られたと言われています。」
「今では、すべてダンジョンになっています。」
「全部か?」
「はい。」
火の神殿。
水の神殿。
風の神殿。
土の神殿。
木の神殿。
光の神殿。
闇の神殿。
悠真は思わず息をのんだ。
「なんだか、すごそうだな。」
「すごいですよ!」
フィルが勢いよく身を乗り出した。
「私の家には、古くから言い伝えが残っているんです。」
「言い伝え?」
「古代遺跡の最深部には古文書が眠っていて、それを読んだ者は古代魔法を使えるようになる、と。」
「古代魔法か。」
「はい!」
フィルの瞳が輝いていた。
「私は、それを見つけたいんです。」
◇
悠真は首を傾げた。
「どうして、そこまで魔法を極めたいんだ?」
フィルは少し驚いた顔を見せ、それから静かに微笑んだ。
「私の家は、代々魔法使いの家系なんです。」
かつては、高い地位を持つ貴族だった。
しかし、時代の流れとともに衰退し、今では位の低い貴族となっていた。
「魔法学校では、よく貧乏貴族だって言われました。」
それでも、フィルは諦めなかった。
誰よりも勉強し、誰よりも努力した。
そして、首席で卒業した。
「でも、学校だけでは限界がありました。」
「だから冒険者になったんです。」
「家を復興させたいのか?」
「はい。」
フィルは真っ直ぐに頷く。
「それに――。」
「もっとたくさんの人を助けたいんです。」
◇
「そういえば……。」
リシェルが懐かしそうに微笑んだ。
「あのお婆さんには、昔お世話になったことがあります。」
「えっ?」
フィルが目を丸くする。
「あの方は、とても優秀な魔法使いでした。」
「その時に、少し古代遺跡の話しを聞いた事があります。」
王族の家庭教師を務めていたほどの人物だった。
しかし、リシェルには魔法の適性がなかった。
「結局、私は剣の道を選びました。」
「その後、あの方は町外れで魔導書店を始めたんです。」
リシェルは少し寂しそうに笑った。
「私は、ずっと自分のせいだと思っていました。」
「そんなことありません!」
フィルは慌てて首を横に振った。
「それに……。」
「ん?」
「やっぱり、お姫様だったのですね。」
「えっ?」
リシェルは驚いたように目を瞬かせた。
「あのお婆さんが、ときどき話してくれたんです。」
「白銀の髪をした、とても優しいお姫様がいた、と。」
「まさか、本当にリシェルさんだったなんて思いませんでした。」
リシェルは、ふっと微笑んだ。
「そうですか。」
「あの後も、お店に通っていたんですね。」
「はい。」
「魔法のことも、本のことも、たくさん教えてもらいました。」
「そうでしたか。」
「あの方も、きっと喜びますね。」
フィルは、にっこりと笑った。
「はい!」
リシェルはフィルを見つめた。
「もしかしたら、あなたとは親族なのかもしれませんね。」
「えっ!?」
「そんな気がします。」
だが、不思議な縁であることだけは確かだった。
◇
夕暮れ。
三人は図書館を後にした。
フィルは明日の朝も図書館へ来ると言い、その場で別れた。
悠真とリシェルは、ゆっくりと家へ戻った。
◇
「旅をしてみたいな。」
夕食の後、悠真はぽつりとつぶやいた。
「旅ですか?」
「ああ。」
「この世界には、俺の知らないものがたくさんある。」
「いろいろな国を見てみたい。」
「いろいろな人と出会ってみたい。」
「この世界を、もっと知りたいんだ。」
リシェルは優しく微笑んだ。
「それは、とても素敵なことだと思います。」
「だろ?」
「はい。」
だが、その笑顔は少しだけ寂しそうだった。
(でも……。)
(私は騎士です。)
(悠真と一緒に旅へ出ることはできません。)
なぜだろう。
胸の奥が、少しだけ苦しかった。
その時だった。
ゴォォォォン――。
鐘の音が響く。
「えっ……?」
悠真は立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「いや……。」
次の瞬間、まばゆい光が悠真を包み込んだ。
「悠真!」
リシェルは思わず手を伸ばす。
しかし、その指先が届くことはなかった。
光が消える。
そこには、もう誰もいなかった。
「また……消えてしまいましたね。」
静かな部屋の中で、リシェルは悠真が座っていた場所を見つめていた。
そして、小さく微笑む。
「次は、いつ会えるのでしょうか。」
その答えを知る者は、誰もいなかった。




