白銀騎士の過去
討伐任務を終えた一行は、夕暮れの王都へ戻ってきた。
西日に染まる城壁をくぐると、街は一日の終わりを迎えようとしていた。
フィルは二人の前で立ち止まり、深く頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました。」
「お二人が来てくださらなければ、私は……。」
悠真は笑って首を振る。
「無事でよかったよ。」
リシェルも優しく微笑んだ。
「次からは危険だと思ったら、一人で抱え込まないことです。」
「はい!」
フィルは元気よく返事をすると、小さく手を振った。
「またお会いしましょう!」
そう言って人混みの中へ消えていく。
悠真はその背中を見送りながら笑う。
「元気な子だったな。」
「ええ。」
「少し危なっかしいですが。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
⸻
帰り道、市場は夕食の買い物客で賑わっていた。
「今日は家で食べましょう。」
リシェルが言う。
「そうだな。」
二人は肉や野菜を買いながら市場を歩く。
その途中、一軒の香辛料店の前で悠真の足が止まった。
「……!」
「どうしました?」
リシェルが不思議そうに尋ねる。
店先には色とりどりの香辛料が並んでいる。
黄色い粉。
茶色い粒。
赤い実。
乾燥した葉。
悠真は香りを確かめるように目を閉じた。
(この香り……。)
(間違いない。)
思わず笑みが浮かぶ。
「店主さん、この黄色い粉と、この茶色い粒。それから、この実もください。」
年配の店主が目を丸くした。
「全部ですか?」
「珍しいですねぇ。」
「この辺りじゃ肉の臭み消しくらいしか使われませんよ。」
「香りはいいんですが、使い道がよく分からなくて。」
「それでもお願いします。」
店主は笑いながら袋へ詰める。
「毎度あり!」
隣で見ていたリシェルが首を傾げた。
「そんなに香辛料を買って、どうするんですか?」
悠真は少しだけ意味深に笑う。
「そのうち分かるよ。」
「きっと驚くから。」
「……?」
リシェルは最後まで不思議そうな顔をしていた。
しばらく歩いたところで、悠真が口を開く。
「そういえば。」
「はい?」
「今日、村長さんがリシェルのことを『姫さん』って呼んでたよな。」
リシェルの足が少し止まる。
少しだけ視線を落とし、小さく息を吐いた。
「……聞いていたんですね。」
「無理に話さなくてもいい。」
「いえ。」
リシェルは静かに首を振る。
「悠真には知っていてほしいと思いました。」
二人はゆっくり歩きながら話し始める。
「私は王家の血を引いています。」
「やっぱり。」
「幼い頃は城で、お嬢様として育てられました。」
だが、その生活は窮屈だったという。
ある日、城の訓練場で汗を流す騎士たちを見た。
泥だらけになりながらも笑い合う姿。
誰かを守るために剣を振るう姿。
「……その時、私は思いました。」
「私も、あの人たちのようになりたい、と。」
しかし。
王族が騎士になることは許されなかった。
王族には王族の役目がある。
剣ではなく、国を治めること。
「何度も反対されました。」
「それでも諦められなかった。」
リシェルは少しだけ笑う。
「だから私は、王位継承権を弟へ譲りました。」
悠真は驚いて足を止める。
「そんなことまで……。」
「ええ。」
「父も母も最後まで反対しました。」
「ですが、私の意思は変わりませんでした。」
その後、城を離れ、騎士団の学校へ入学。
毎日誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで剣を振った。
「卒業試験は首席でした。」
「騎士団へ入団し、任務を重ね、今は隊長を任されています。」
その口調に誇らしさはない。
ただ事実を話しているだけだった。
「でも。」
少しだけ寂しそうに笑う。
「王城の貴族たちには、今でもよく思われていません。」
「王族が泥だらけになって剣を振るうなど、恥だと言われます。」
少しだけ沈黙が流れる。
だが、リシェルは空を見上げて微笑んだ。
「それでも後悔はありません。」
「私は、自分で選んだ道ですから。」
その笑顔は強かった。
けれど、その強さの裏に積み重ねてきた努力や葛藤を、悠真は感じ取っていた。
◇
家へ戻る。
悠真は買ってきた食材をテーブルへ並べた。
「今日は俺が作るよ。」
「悠真が?」
「元気が出る料理。」
リシェルは興味深そうに見守る。
鍋に油をひき、肉と野菜を炒める。
そこへ先ほど買った香辛料を少しずつ加えていく。
部屋いっぱいに、これまで嗅いだことのない香りが広がった。
「すごい香り……。」
リシェルが目を丸くする。
「こんな料理、見たことがありません。」
「もう少し待って。」
しばらく煮込むと、とろみのある黄金色の料理が完成した。
焼きたてのパンと一緒に皿へ盛り付ける。
「完成。」
「これは『カレー』っていう料理なんだ。」
リシェルは恐る恐る一口食べる。
「……!」
目が大きく開いた。
「美味しい……。」
もう一口。
また一口。
気づけば夢中になって食べていた。
「香辛料なのに辛いだけじゃない……。」
「こんな料理があるなんて。」
悠真は嬉しそうに笑う。
「気に入ってもらえてよかった。」
二人は笑いながら食事を楽しんだ。
やがて食べ終わる頃、悠真が少し残念そうに呟く。
「やっぱり、ご飯があればもっと合うんだけどな。」
「ご飯……ですか?」
「白いお米のこと。」
リシェルは少し驚いたように言う。
「お米ならありますよ。」
「え?」
「王都では少し高価ですが、普通に売られています。」
悠真は思わず笑みを浮かべた。
「じゃあ決まりだ。」
「?」
「明日はカレーライスにしよう。」
リシェルは首を傾げる。
「今日の料理と違うのですか?」
「もっと美味しくなる。」
「どうしてです?」
悠真は得意げに笑った。
「カレーは二日目が一番うまいんだ。」
リシェルはくすりと笑う。
「本当に不思議な料理ですね。」
「明日のお楽しみ。」
二人は顔を見合わせ、自然と笑い合った。
穏やかな空気が部屋を包み込み、笑顔のまま、一日が静かに終わっていった。




