もう一人の強者
悠真が目を覚まし、テントから外へ出る。
「……寒っ。」
思わず身体を震わせる。
まだ朝早く、辺りにはひんやりとした空気が漂っていた。
草原には薄っすらと霜が降り、朝日を受けた草の一本一本が、細かな光を散らしている。
丘の下にはうっすらと朝靄が残り、その向こうにはどこまでも続く草原と、遠く連なる山々。
昨夜、満天の星を眺めた同じ場所とは思えないほど、辺りは静かで幻想的だった。
「……綺麗だな。」
悠真は椅子に腰を下ろす。
白い息を吐きながら、少しずつ朝日に染まっていく景色を眺める。
聞こえてくるのは、風に揺れる草の音と、時折どこかから響く鳥の声だけ。
悠真は何をするでもなく、しばらくその静かな時間を楽しんでいた。
すると――。
「う〜……。」
背後から、景色とはあまりにも似つかわしくない声が聞こえてきた。
振り返ると、テントからフィルが頭を押さえながら出てくる。
「フィル。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです〜……。」
フィルは頭を抱えたまま、力なく答える。
「昨日の途中から、記憶がないです〜……。」
「やっぱりか……。フィルは、お酒が合わないのかもね。」
「でも、美味しかったのは覚えてますよ〜。」
「なら、次は薄めて飲もうね。」
「はいです〜。……う〜。ダメです〜。」
フィルは再び頭を抱える。
「……キュア!」
次の瞬間、フィルの身体が淡い光に包まれた。
柔らかな光が全身を覆い、すぐに消えていく。
「ふ〜、復活です〜。」
先ほどまでの辛そうな表情はどこへやら。
フィルはいつもの調子で大きく伸びをした。
「便利な……。」
悠真は思わず呟いた。
その後、ツバキとゼノンも起きてきた。
四人で朝食を済ませると、野営の片付けを始める。
テントや椅子を片付け、準備を終えると、悠真たちは再び馬車へ乗り込んだ。
目指すのは、中継都市。
◇◇◇
馬車はゆっくりと丘を下り、街道へ戻っていく。
朝露に濡れた草原の中を、馬車が一定の速さで進んでいく。
街道の両側には広大な草原がどこまでも続き、風が吹くたびに草が大きな波のように揺れていた。
時折、小さな鳥の群れが草むらから一斉に飛び立ち、青空へと舞い上がっていく。
聞こえてくるのは、馬の蹄が地面を蹴る音と、車輪が回る音。
急ぐ必要もなく、魔物の気配もない。
悠真たちは、しばらくの間そんな穏やかな草原の道を進んでいた。
やがて日も高く昇り、遠くに建物の姿が見え始める。
「あれが中継都市か?」
「はい。そうです〜。」
目的地が見えてきたこともあり、悠真とフィルは御者台で和やかに言葉を交わしていた。
その時――。
「きゃー!」
「!?」
遠くから、子供の叫び声が響いた。
悠真の表情が一瞬で変わる。
声のした方へ目を向けると、街道から少し離れた草原に、一人の女性と子供の姿が見えた。
その周囲を、三匹のウルフが取り囲んでいる。
「フィルは馬車をお願い! 僕が行ってくる!」
「はいです!」
フィルの返事を聞くより早く、悠真は御者台から飛び降りた。
「《瞬歩》!」
一瞬でその姿が掻き消える。
次に悠真が姿を現したのは、馬車から大きく離れた場所だった。
だが、まだ距離がある。
悠真は地面を蹴ると、そのまま空中へ駆け上がった。
「《空歩》!」
何もない空を足場にするように蹴り、一気に距離を詰めていく。
草原を走るよりも速く、一直線に女性たちのもとへ向かう。
その時――。
――――――――――
〈緊急クエスト発生〉
女性たちを助けよ!
報酬:???
――――――――――
(よし!)
クエスト表示を確認した悠真は、さらに空を蹴った。
女性たちとの距離が一気に縮まっていく。
そして、あと少しで辿り着く――その瞬間。
――――――――――
〈クエスト終了〉
――――――――――
(え?)
悠真の動きが一瞬止まる。
まだ自分は何もしていない。
それなのに、目の前には確かに〈クエスト終了〉の文字が浮かんでいた。
視線を女性たちへ戻す。
女性が地面に片手をついていた。
次の瞬間――。
ドンッ!
三匹のウルフの足元から、鋭い石槍が一斉に突き出した。
逃げる間もなく、ウルフたちの身体が石槍に貫かれる。
(えー!?)
悠真は驚きながらも、そのまま二人のもとへ降り立った。
「……あれ?」
そこでようやく、見覚えのある二人の姿が見えた。
「カエデさん! スズちゃん! 大丈夫だった?」
「悠真かい? 久しぶりだな。」
「悠真お兄ちゃん〜。怖かったけど、おばあちゃんがやっつけてくれた〜。」
「ウルフくらい、わけないさ。」
「さすがですね。」
悠真が苦笑すると、カエデが周囲を見回す。
「あんた一人かい?」
「いえ。叫び声がしたので、僕だけ先に来ました。もうじき来ますよ。」
悠真が街道の方へ目を向けると、馬車がこちらへ近づいてくる。
「スズちゃーん!」
御者台からフィルが大きく手を振っていた。
その横からは、ツバキも顔を覗かせている。
「フィルおねえちゃ〜ん!」
スズも嬉しそうに手を振り返した。
馬車が近くまで来ると、ツバキがすぐに身を乗り出す。
「スズー。大丈夫? 元気だった?」
「お母さん!」
スズはツバキのもとへ駆け寄ると、そのまま勢いよく抱きついた。
ツバキはカエデの方へ振り向いた。
「お母さんも無事だった?」
「ああ、元気にしてたかい?」
「ええ。それより、さすがね。スズをお母さんに任せてよかったわ。」
「ウルフなんて、たいしたことないよ。」
カエデは当たり前のように答えた。
そこへフィルが倒れているウルフを覗き込む。
「でも、このウルフ上位種ですよ〜。」
「おう。生きてたか?」
ゼノンが馬車から降りながら声をかける。
「あんたこそ、まだ生きてたのかい。」
「大きなお世話だ。……酒、ありがとよ。」
「なんだい? 気持ち悪い。まあ、元気で何よりだよ。」
「はは。まあ、無事でよかったです。街までもう少しです。馬車に乗ってください。」
「やった〜! お母さんの隣に座る〜!」
全員が馬車へ乗り込む。
悠真とフィルは再び御者台へ座ると、まだ少し先に見える中継都市へ向かって馬車を走らせた。




