第8話 夏休みの予定
学期末試験の結果発表から数日後。
首席と次席のお祝いだと言って、ルヴィア様に連れられてやって来たのは、いつもの『子猫の足跡亭』ではなかった。
王都中央大通り。
石造りの重厚な建物。
入口には制服姿の給仕が立ち、扉には金細工が施されている。
どう見ても高級店だ。
というか。
僕とエルが人生で入ったことのある店の中で、間違いなく一番高級だった。
「ル、ルヴィア様……本当にここですか?」
思わず確認してしまう。
ルヴィア様は不思議そうに首を傾げた。
「そうだけど?」
「場違いな気がします……」
「大丈夫だよ」
ルヴィア様は楽しそうに笑った。
「今日は僕が招待したんだからね」
そのまま案内されたのは個室だった。
外の喧騒はまったく聞こえない。
厚い絨毯。
磨き上げられたテーブル。
窓から見える王都の景色。
何から何まで別世界だ。
「ここは王家御用達の店なんだ」
ルヴィア様が席につきながら言った。
「個室があるから落ち着いて話せるし、味も保証できる」
王家御用達。
さらっと言われたけど凄い言葉だった。
やっぱり王子様なんだなぁ。
そんなことを考えていると、給仕が次々と料理を運んでくる。
そして最後に運ばれてきたのは――
見たこともないほど美しいパルフェだった。
透明なガラスの器。
雪のように白いクリーム。
黄金色のソース。
そして大きく盛り付けられた完熟メロン。
宝石みたいだった。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
「季節限定のメロンパルフェだよ」
ルヴィア様が微笑んだ。
「この店の名物なんだ」
「いただきます!」
僕とエルは同時にスプーンを入れた。
一口。
そして固まる。
甘い。
いや。
甘いだけじゃない。
口の中で溶ける。
メロンの香りが広がる。
クリームは空気みたいに軽い。
今まで食べたどんなスイーツとも違う。
「……」
「……」
僕とエルは顔を見合わせた。
「うまい……」
エルが呟く。
「エバー」
「なに?」
「これ、子猫の足跡亭より上だ」
「うん」
「二段階くらい上だ」
「うん」
僕も同意するしかなかった。
王都は広い。
そして奥深い。
エルは感動で震えながらパルフェを食べ続けていた。
ルヴィア様はそんな僕たちを見て楽しそうに笑っている。
しばらくして。
紅茶を一口飲んだルヴィア様が穏やかに尋ねた。
「そういえば二人とも。もうすぐ夏の長期休暇だけど、予定は決まっているのかな?」
僕はスプーンを置いた。
「はい。僕はジジーアス辺境伯領へ帰ります」
「報告かな?」
「はい。入学後の報告もありますし、領の皆にも顔を見せたいです」
それに。
北の涼しい風が恋しかった。
王都の夏は暑い。
アッサママですら暑かったのだから、これから先はもっと暑くなるだろう。
「エルは?」
ルヴィア様が視線を向ける。
エルは即答した。
「俺はエバーについていきます」
「即答だね」
「だって故郷暑いんですよ」
エルは真顔だった。
「キョウオジンは夏になると蒸し風呂です。山に囲まれてるから風も抜けないし」
「そんなに?」
「昼間は地獄です」
即答だった。
「だから北へ逃げます」
「避暑なんだね」
「避暑です」
ルヴィア様は声を上げて笑った。
僕も少し笑ってしまう。
するとルヴィア様は何かを思い出したように頷いた。
「それならちょうどいいね」
「?」
「僕もジジーアスへ行く予定なんだ」
僕とエルは固まった。
「え?」
「私の馬車に乗っていくといい」
ルヴィア様はさらりと言った。
「一緒に旅をしよう」
「「ええっ!?」」
思わず声が揃った。
僕とエルは、同時にスプーンを落としそうになった。皇子様と一緒に1週間の馬車旅!? 緊張で心臓が止まってしまう。
「あの……ルヴィア様は、どうしてジジーアスへ?」
僕がおそるおそる尋ねると、ルヴィア様は少しだけ照れたように、でも幸せそうに微笑んだ
「あぁ、そういえば言ってなかったね。ジジーアス辺境伯の長女……君にとっては主君の娘さんかな。僕の二つ年下の彼女が、私の婚約者なんだ。休暇を利用して、彼女に会いに行こうと思って」
「婚約者様……」
「そう」
ルヴィア様は嬉しそうだった。
その表情だけで、本当に大切な人なんだと分かる。
僕の脳裏には、幼い頃に遠くから見た令嬢の姿が浮かんだ。
白銀の髪。雪の妖精みたいな美少女。領都でも有名な方だった。
「つまり……」
エルが呟く。
「エバーのところのお嬢様って、将来の『王子妃』って事なんだな」
「そういうことになるね」
僕は頷いた。
確か僕より1歳年下だったはずだ。
「すげぇな……」
エルが感心したように言う。
「ジジーアス辺境伯家と王家が婚姻を結ぶってことだろ?」
そうなんだよね、辺境伯家の婚姻ですら大きな話題になる。それがお相手が王族との婚約ともなればなおさらだ。
これまでは僕たちみたいな平民には遠い世界の話だったけれど目の前に王子様がいるのだ。遠い世界なんて言ってられないのかも・・・
「なんだか急に緊張してきた……」
僕が思わず呟く。
「今さらか?」
エルが呆れた顔をした。
「だってルヴィア様の婚約者様だよ?」
「領主様の娘さんでもあるしな」
「そうなんだよ」
久しぶりの帰郷。
それだけなら気楽なものだった。
けれど今回は違う。
ルヴィア様も一緒だし、その婚約者様にもお会いすることになるかもしれない。
なんだか、ただの里帰りでは済まない気がしてきた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
僕たちの様子を見て、ルヴィア様が苦笑する。
「彼女は優しい人だから」
その言葉から伝わってくるのは信頼だった。そして少しだけ照れたような表情。
「あ」
僕は思った。
ルヴィア様、本当に婚約者様のことが好きなんだな。
「お優しい方なんですね」
「うん」
ルヴィア様は柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見ていると、僕まで少し楽しみになってくる。
王都から北の辺境へ。
久しぶりの故郷。
そしてルヴィア様の大切な人。
この夏休みは、きっと賑やかなものになるだろう。
「よろしくお願いします、ルヴィア様!」
僕は勢いよく頭を下げた。
「道中の護衛も頑張ります!」
「俺も任せてください!」
エルも胸を叩く。
「変な魔獣が出たら全部ぶっ飛ばしてやります!」
「頼もしいね」
ルヴィア様は楽しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、不思議と緊張も和らいでいく。
夏休み。
故郷への帰還。
王子様との旅。
そしてルヴィア様の婚約者様との出会い。
どう考えても、普通の夏休みにはなりそうになかった。
僕は最後の一口のパルフェをゆっくり味わいながら、これから始まる旅に思いを馳せるのだった。




