第4話 アッサママの森 野営訓練実習2日目
「ん……ふわぁ……」
目を開く。
よく寝た。
討伐遠征用の毛布から顔を出すと、朝日が結界越しに柔らかく差し込んでいた。
昨夜焚いた火の温もりもまだ少し残っている。
辺境での遠征と変わらない、実に快適な朝だった。
隣を見る。
エルはすでに起きていた。
胡坐をかいて座り、愛剣の手入れをしている。
刃に油を引きながらこちらを見ると笑った。
「おはよう、エバー」
「おはよう」
僕も身体を起こした。
「よく眠れたか?」
「うん。ぐっすり」
本当にぐっすりだ。
結界から警告も飛ばなかった。
魔獣の接近もなかったし、実に平和な夜だった。
「いい夜だったね」
僕はそう言いながら結界を解除した。
そして――
現実が飛び込んできた。
「ひっ……」
思わず変な声が出た。
視界に映ったのは、まるで戦争帰りの兵士達だった。
目の下には濃い隈。
髪は乱れ放題。
制服は泥だらけ。
焚き火跡は散乱し、荷物もあちこちに転がっている。
昨日の夜、何があったのだろう。
「……おい」
声を掛けられる。
教官だった。
だが教官も酷い。
隈が出来ている。
髪も乱れている。
なんだか一晩で五歳くらい老けた気がする。
「はい?」
「お前達……」
教官は僕達の野営地を見る。
綺麗な焚き火跡。
整理された荷物。
汚れ一つない周辺。
そして熟睡していた僕達。
「なんでそんなに元気なんだ?」
心底理解できないという顔だった。
「え?」
僕は首を傾げる。
「ちゃんと寝たからですけど」
「ちゃんと寝た?」
「はい」
僕は頷いた。
「結界張って寝てました」
ちょうどその時。
グツグツと鍋が音を立てた。
「あ、エル。麦粥できたよ」
「お、助かる」
昨日のスープに麦を入れただけだが、こういうのが美味しい。
二人で食べ始める。
すると周囲から。
ぐぅぅぅ……
ぎゅるるる……
情けない音が響いた。
空腹らしい。
僕はスプーンを持つ手を止めた。
みんな朝ご飯食べてないのかな?
そんなことを考えていると。
「メイル、エル。少し来い」
教官が手招きした。
僕達は器を持ったまま近付く。
教官はしばらく僕達を見た。
そして真顔で言った。
「お前達、本当に十三歳か?」
僕とエルは顔を見合わせた。
「十三です」
「俺も十三っす」
教官は頭を抱えた。
「お前達の結界だ」
どうやら昨夜の話らしい。
「あれは何だ?」
「何だと言われましても……」
「ただの防御結界じゃないだろう!」
珍しく声を荒げる。
教官は結界を思い出したのか額を押さえた。
「あれだけ高密度の隠蔽結界を一晩維持する宮廷魔導師が何人いると思っている!」
「え?」
「しかも音も気配も魔力も遮断していた!」
「そうしないと魔獣が寄って来るので」
僕が答える。
教官は天を仰いだ。
「だから何故それが出来るんだ……」
意味が分からない。
北部だと普通なのに。
すると今度はエルが指差された。
「そして君だ」
「俺?」
「周囲に仕掛けていた警戒罠だ」
ああ。
あれか。
僕も見ていた。
糸と石だけで作る簡易警戒網。
辺境だと誰でもやる。
「猟兵でもあそこまで綺麗には組まんぞ」
教官が疲れた顔で言う。
エルは頭を掻いた。
「メシ盗られたら困るんで」
「理由が切実すぎる……」
教官は本気で項垂れた。
後ろではクラスメイト達が複雑そうな顔で僕達を見ている。
羨望。
嫉妬。
恐怖。
全部混ざったような顔だ。
僕はよく分からないので麦粥を食べた。
温かくて美味しかった。
◇
二日目の実習が始まった。
だが空気は重い。
みんな寝不足だ。
足取りも悪い。
呪文も噛む。
ため息も多い。
正直かなり危ない状態だった。
そして。
森は弱った獲物を見逃さない。
「グオオオオオオォォォォ!!」
大地を揺らす咆哮。
木々を押し倒しながら現れた巨体を見て、教官の顔色が変わった。
「アース・ベアだと!?」
Bランク魔獣。
確かに一年生には荷が重い。
教官は即座に前へ出た。
「総員退避!」
だが。
僕とエルは別の意味で顔を見合わせていた。
「エル」
「ああ」
「見た?」
「見た」
二人同時に頷く。
素晴らしい毛並みだった。
艶が違う。
密度が違う。
あれは高く売れる。
間違いない。
「最高級品だね」
「冬物コート三着はいける」
「肉も美味しい」
「いいな」
教官が振り返る。
「何を話している!?」
どうやら聞こえていたらしい。
僕達は慌てて真面目な顔をした。
そして。
「行こう」
「おう」
アース・ベアへ向かった。
「戻れぇぇぇぇ!!」
教官の叫びが背中に刺さった。
◇
討伐は一瞬だった。
僕が重力魔法で四肢だけを拘束する。
エルが急所を貫く。
以上。
討伐終了。
「完璧」
「毛皮無傷」
「肉も傷んでない」
僕達は満足した。
振り返る。
教官達が固まっていた。
まただ。
最近よく見る光景である。
◇
その日の夕方。
二日目の野営地で異変が起きた。
僕達が焚き火を準備していると。
数人の女子生徒が近付いて来たのだ。
今までなら絶対になかった。
代表らしい女の子が恐る恐る話しかけてくる。
「あの……」
「うん?」
「昨夜の結界なんだけど……」
なるほど。
話は読めた。
「私達のところにも張ってもらえないかしら?」
やっぱりだ。
エルが横でニヤニヤしている。
商売の匂いを感じたらしい。
僕は少し考えた。
そして答える。
「いいですよ」
女子達の顔が明るくなる。
「本当!?」
「ただし交換条件があります」
今度は緊張した顔になる。
「条件?」
「王都の美味しいスイーツのお店を教えてください」
沈黙。
数秒後。
女子達の目が輝いた。
「それなら任せて!」
そこから先は凄かった。
タルト。
ケーキ。
焼き菓子。
限定メニュー。
隠れた名店。
次々に情報が飛んでくる。
僕は慌てて手帳を取り出した。
必死に書き込む。
これは重要情報だ。
非常に重要情報だ。
エルが呆れたように笑う。
「お前、本当にそれでいいのか」
「もちろん」
僕は真顔で頷いた。
「王都で生きていくには必要だから」
女子達は大笑いしていた。
こうして僕は結界を提供し。
代わりに大量のスイーツ情報を手に入れた。
辺境流の立派な物々交換である。
その夜。
女子達は安心して熟睡した。
一方。
僕達を避け続けていた男子達は。
遠くで焚き火を囲みながら震えていた。
「エル」
「ん?」
「実習終わったらタルト食べに行こう」
「はいはい」
手帳には新しい情報がぎっしりだ。
王都生活も。
思ったより悪くないかもしれない。
そう思いながら、僕は満足して手帳を閉じた。




