第3話 アッサママの森〜浅層〜
「転移完了! 各自、周囲を警戒せよ!」
教官の号令が飛ぶ。
転移の光が収まった瞬間、僕の鼻を突いたのは湿った土の匂いとそれに混じる、微かな青臭さ。
魔獣特有の粘液の臭いだ。
北部の乾いた冷気とはまるで違う。まとわりつくような湿気に、ここが南辺境領アッサママなのだと実感する。
僕は周囲を見渡した。
見通しの悪い密林、背の高い木々、生い茂る下草。
そして――。
「……エル」
「おう」
「十一時方向。木に化けてる」
「あぁ」
エルは頷いた。
「三匹」
少し間を置いて。
「いや、奥に二匹追加だな」
僕も同意する。
合計五匹。カモフラージュ・トレント。木に擬態して獲物を待ち伏せるCランク魔獣だ。
鋭い根で獲物を串刺しにする。初見殺しとしては有名な部類だった。
他の生徒たちはまだ気付いていない。
「虫が多いな」
「制服汚れるんだけど」
そんな会話が聞こえる。
僕とエルは顔を見合わせた。
戦闘開始。
互いにそう判断した。
「エバー」
「うん」
「火は禁止な」
「分かってる」
森ごと燃やしたら怒られる。
「じゃあ固めるね」
僕は片手を前へ向ける。
詠唱は必要ない。術式は頭の中にある。魔力を流すだけだ。
「――《重力結界》」
瞬間。周囲の空間が沈んだ。
ズドォン!
地面が陥没する。
擬態していたトレントたちが悲鳴を上げるように根を跳ね上げその姿が露わになる。
「今だ!」
僕が叫ぶ。
同時にエルが消えた。そう錯覚するほど速かった。大剣を担いだ巨体が地面を蹴る。
一閃。
ゴォッ!
空気を裂く音。
次の瞬間にはトレントの核が真っ二つになっていた。
「一匹!」
エルが叫ぶ。
続けざまに二匹目へ向かう。
トレントの鞭のような根がエルへ襲いかかる。
「左!」
僕は指を振る。
「《真空断層》」
透明な刃が走り根が三本まとめて切断された。
エルは振り返らない完全に僕を信頼しているからだ。
だから僕も迷わない。
重力。風刃。拘束。妨害。
エルの動線を邪魔する全てを排除する。
僕たちが普段やっていることだ。
北部では雪狼の群れが吹雪の中から飛び出してくる。
あれに比べたらトレントは遅い。遅すぎる。
結果戦闘は数分で終わった。五体のトレントが地面に転がっていた。
「終り!」
「楽勝だったな」
エルが剣を振って樹液を払う。
僕も魔法を解除した。
だがトレントの残骸を見てエルが残念そうな顔をする。
「なぁエバー」
「うん?」
「これ売れたよな」
トレントを指差した。見事に潰れている。
「あー……」
僕は目を逸らした。
「薬の材料になる根皮も駄目だな」
「ごめん」
つい討伐優先で潰してしまった。北部では素材回収より生存が優先だ。癖が抜けない。
「1食分食えたのになぁ」
「今度は気を付ける」
「頼む」
そんな会話をしていた時だった。
妙な静けさに気付いて振り返った。
剣も抜かずにままただ固まっている。教官も、クラスメイトも。
「……?」
僕は首を傾げた。
「教官?」
返事がない。
「何かまずいことしました?」
ようやく教官が我に返った。
「いや……」
そう言ったあとしばらく黙る。
「まずくはない」
でも顔は完全にまずい時の顔だった。
その後も実習は続く、そして夕方。
目的地である河原へ到着する。二泊三日の野営訓練だ。
「各自、野営準備に取り掛かれ!」
教官が叫ぶ。
周囲は大騒ぎになった。
一方、僕とエルは落ち着いたものだった。
「エル、薪お願い」
「おう」
「僕は竈作るね」
魔法で地面を整地。石を配置。風向きを確認。火床完成。
エルが薪を持って帰ってくる。
着火。終了。
十分も掛からない。
辺境では普通だ。普通なのだが周囲を見る。
「火がつかない!」
「煙が目に!」
「肉が焦げた!」
「水! 水!」
阿鼻叫喚だった。
エルが真顔になる。
「あいつら明日生きてるか?」
「さぁ……」
僕も少し不安になった。
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夕食後。完全に日が落ちる。
「不寝番を立てろ!」
教官が指示を出す。
僕は立ち上がった。
「《拒絶の半球》」
淡い光が広がる。半球状の結界。
物理防御。索敵。警報。気配遮断。全部入りの討伐遠征用の結界だ。
「エル」
「おう」
「朝まで寝ていいよ」
「最高」
エルは即座に横になった。数秒後には寝息が聞こえる。
早い。
僕も毛布に潜り込んだ。北部では睡眠も大切な仕事だ。
眠れる時に眠る。それが生存率を上げる。だから遠慮なく寝る。
その夜、結界の外では大騒ぎだったらしい。
「魔獣だ!」
「起きろ!」
「靴がぁぁぁ!」
「誰だ火を消したのは!」
悲鳴。怒号。叱責。ずっと聞こえていたらしい。
らしい、というのは僕もエルも爆睡していたからだ。
翌朝、目の下に濃い隈を作ったクラスメイト達と。
朝まで熟睡して肌艶の良い僕たち。
その光景が新たな騒動を呼ぶことになるのだけれど。
その時の僕はまだ知らなかった。




