第48話 北辺境領ジジーアスの変革
卒業から一年。王宮の総力を挙げた開発と、幾度もの設計変更を経て、ついに北部辺境ジジーアス領用の『再編の円環』試作第一号機が完成した。
王都を出発した行列は壮観だった。巨大な装置のパーツを積んだ馬車が十五台、僕やヴィクター先輩、ジルゼを含む技術者たちが乗り込んだ馬車が五台。さらにそれを守る王宮騎士団の護衛まで加わった、建国以来最大級の技術移転だ。
「……ハァ、やっと着いたか。故郷なのに、随分遠く感じたよ」
「まぁな。でも、見てろよ。ここからが本当の仕事だぜ」
馬車から降りた僕たちを出迎えてくれたのは、ルヴィア様。そして、伴侶になられたリリエンヌ様だった。
「ルヴィア様、お久しぶりです!」
「……久しぶり。二人とも元気だった……うん。まぁ、生きていて何よりだよ」
僕たちの姿を見たルヴィア様は、感心したような、それでいてどこか戸惑ったような苦笑いを浮かべた。
それもそのはずだ。学園時代の僕たちと今の僕たちでは、その容姿があまりに変わっていた。
僕はようやく本格的な成長期が訪れたのか、背がグッと伸び、連日の素材採取と現場仕事で筋肉もしっかりとついた。声も低くなり、以前の少年のような面影は消え、大人としての体躯になりつつあった。
そしてエルは、さらに一回り以上デカくなっている。僕との「頭二つ分」という身長差は縮まるどころか、より威圧感を増している。ほぼ同じ物を食べていたのに解せん。
顔つきからも子供っぽさが完全に抜け、鋭い野性味を残したまま、頼もしい青年のそれへと変貌を遂げていた。
「さあ、案内するよ。君たちの『円環』を動かすための、新しい僕たちの街だ」
ルヴィア様の案内で、完成間近の実験用の街を歩く。
雪避け溝も併設設計された広い道幅。冷気を遮断する石造りの家々が整然と並び、その中核には魔素の廃熱を利用した「大規模温室」や、民の憩いの場となるであろう「公共浴場」まで完備されていた。
「……すごいな。本当に、僕たちが夢に描いた通りだ」
「ああ。あそこは転移塔の予定地か? これなら冬でも物流が止まらねぇ」
街の至る所に張り巡らされた魔導配管の溝を見つめ、僕は胸が高鳴るのを感じた。
まだ魔素は流れていない。けれど、ここには確かに新しい「理」が息づこうとしていた。
ジジーアスのつかの間の夏の空の下、馬車15台に分乗させてきた部品を組み立てて15本の支柱を作る。その支柱を1km間隔に配置して行く。
「――第十二接続点、固定! 魔導ボルトのトルク確認、急いで!」
夏とはいえジジーアスは時折アルバス山脈から吹き降ろしてくる高濃度魔素入の風が手先を凍えさす。
「――第三班、岩盤の軟化を維持して! 第五班、基部の引き上げを開始!」
土木作業の主役は魔術師たちの精密な「操作系魔法」だった。
僕の指示に合わせて、数人の魔術師たちが一斉に呪文を唱える。
すると5m程の高さの支柱がまるで見えない巨人の手に持ち上げられたかのように、ふわりと宙に浮き上がった。
「エバー、バイパスの基部が少し浮いてるぞ。こっちの地盤、魔素のフィードバックで土が硬質化して歪んできてやがる」
エルが、一旦重い支柱を素手で支えながら叫ぶ。エルがその腕力で強引に支柱を安定させている間に、支柱根元の土を重力魔法で均一に慣らす。
「慣らした! これでどうだ!?」
「オッケー。エバー、そのままスライドさせろ! 俺が位置を固定する!」
エルがそう叫び、着地地点で地面を支える。彼の身体操作魔法で強化された両腕が、宙に浮く支柱を受け止める。
僕は両手を突き出し、空間の重力を微調整しながら、パーツを数ミリ単位の精度で土台へと導いていく。
「重力定数、1.5に固定。……よし、今だ! 降ろして!」
魔術師たちが魔法を解くと同時に、僕は重力を一気に抜いた。ズゥゥゥン……という地響きとともに、心臓部のユニットが完璧に基部へと収まり完璧にジジーアスの大地に根を張る。
ジルゼも、自分が携わった接合部が寸分の狂いもなく噛み合ったのを確認し、わずかに満足げな吐息を漏らす。
すかさず魔術師達が土魔法で土台を硬質化して支柱を安定させる。
「エバー君、第十二支柱の同期を確認! あとは残りの三本を繋げば、十五キロに及ぶ巨大な『円環』の骨格が完成する。理論上のバイパス回路、すべて正常だ!」
「よし〜。移動するぞ、あと3本だ気い抜くなよ!」
移動しては支柱を立ててを繰り返し15本全部を処理し終わった。
「……ふぅ。これで全部の支柱を立て終わった」
僕は膝につきそうになる体を踏ん張り、額から流れる汗を拭った。16歳になって体力がついたとはいえ、これほど巨大な質量を精密に操作し続けるのは、神経も魔力も削られる作業だ。
「よし、エバー! 土台は完璧に噛み合ったぜ。指一本動かせねぇくらいガッチリ固定されてる」
エルが支柱から手を離し、肩を回しながら満足げに頷く。彼の腕力と僕の重力魔法がなければ、この歪んだ地盤に十五もの巨躯を垂直に立てることなんて不可能だっただろう。
「エバー君、素晴らしい! 第十五支柱まで、すべての魔導軸が完全に同期した!」
ヴィクター先輩が、雪の混じる風に吹かれながら叫んだ。その手元の演算ボードには、十五本の支柱を繋ぐ見えない円環のラインが、青く鮮やかに浮かび上がっている。
僕達は実験の街に戻り「多核型変換器」のコントロール機の心臓部へと駆け寄った。
「ジルゼ、同期の準備はいい?」
「……フン、いつでもいい。俺の削りに狂いはない。あとはあんたの『円環』がちゃんと回るかどうかだ」
猫背を丸めたジルゼが、神経質そうに水晶の表面を点検する。その横では、ヴィクター先輩が最新の演算ボードを叩き、数式の最終チェックに没頭していた。
「エバー君、理論上の魔素流速、シミュレーション通りだ! いよいよ、連結を開始するよ!」
僕は大きく頷き、巨大な試作機の中央ユニットに両手を添えた。
13歳の頃、図書室の隅で夢見た「暖かい故郷」。そのための巨大な心臓が、今、僕の手のひらの下にある。
「全セクション、接続開始! 魔素のバイパスを開け!」
僕の合図で、王宮魔導師たちが一斉に封印を解いた。
直後、山脈から吹き下ろす荒ぶる魔素が、バイパスを通じて水晶樹の心臓部へと吸い込まれていく。キィィィィィィンという、水晶が共鳴する高い音が辺り一面に響き渡った。
「内圧上昇……! でも、分散が効いてる! 負荷が綺麗に分かれていくぞ!」
僕の視界の中で、かつては衝突して爆発的な吹雪を生んでいた魔素が、水晶の中で美しい円を描いて加速していく。
「……流れた」
エルの呟きとともに、街の地下に張り巡らされた魔導配管が、淡い熱を帯びて光り始めた。
しばらくすると
「……あったかい」
誰かがそう呟いた。
足元の雪が解けはじめていた。街の地下に張り巡らされた魔導配管が、意志を持ったかのように淡い熱を帯び雪を溶かしたのだ。
極寒のジジーアスに、かつて誰も知らなかった「春の気配」が満ちていく。
「よし、次は『吹き上げ式』だ。ヴィクター先輩、出力調整をお願いします!」
僕が叫ぶと、ヴィクター先輩が震える指先で演算ボードの最終キーを叩いた。
「再編の円環」によって制御・抽出されたエネルギーの余剰分が、今度は街の北西——ダッファーデン王国へと続く国境沿いに設置された巨大な排出塔へと送り込まれる。
「排出バルブ、開放! 指向性、固定!」
ドォォォォォォン……!
地響きと共に、排出塔から高密度魔素が、空へと一直線に吹き上げられた。
それはアルバス山脈の山なりに沿うようにして、国境沿いの空をどす黒く、そして紫色のオーロラのように染め上げていく。
「……すげぇ。空が歪んでやがる」
エルが呆然と空を見上げた。
本来ならジジーアスに降り注ぎ、すべてを凍らせていたはずの魔素の暴力。それが今、エルの提案通りに「目に見える防壁」となって空を覆っていた。
「これで、アルバス山脈を挟んで魔素濃度はダッファーデン側に向かって急上昇する。向こうからの魔獣は物理的にこちらへ越境できなくなるし、空からの潜入も不可能だ。……君達の作った『円環』が、この国に最強の盾を与えたんだよ」
ルヴィア様が感慨深げに空を見つめ、僕の肩を抱いた。
街は温もりに包まれ、空は鉄壁の守りを得る。
13歳の僕が見た夢は、16歳の今日、この過酷な辺境の地で、一つの完成された「理」として結実した。
「……ハハッ、これなら、あのダッファーデンの間者たちも手出しはできないね」
僕は、頬に触れる春のような温かな風を感じながら、誇らしげに胸を張った。




