第47話 卒業までの怒涛の日々
卒業式を終え、ルヴィア様は予定通りジジーアス辺境領へと旅立ちました。辺境の現場を統括し、中央の王宮とを繋ぐ「架け橋」という重責を担っての移動です。
一方、王都のプロジェクトチームには、卒業したヴィクター先輩が「特別嘱託」から「専任技師」となって本格的に合流しました。先輩の加入により、理論の構築スピードは劇的に加速していきました。
けれど、どれほど優秀な王宮の面々が揃っても、自然の猛威は時に理屈を凌駕します。
特に、アルバス山脈からフィードバックされる強烈な魔素をどう逃がすか。その処理容量の限界に、チーム全員が頭を抱えていた時のことです。
「……ダメだ。バイパスの受け入れ容量をこれ以上増やすと、今度は連結部が熱量で溶け落ちる。かと言って山脈にそのまま戻せば、また衝突が起きて元も子もない」
ヴィクター先輩が、充血した目で設計図を睨みながら呻きました。王宮魔術師長補佐のテオドール様も「八方塞がりか……」と嘆息を漏らした、その時でした。
「なぁ……下がダメなら、上に吹き上げればいいんじゃねぇの?」
いつものように、会議室の隅で装備の手入れをしていたエルが、ひょいと顔を上げました。
「上に吹き上げる……? エル君、何を言っているんだ。魔素を空中に霧散させれば、天候が狂って周辺にどんな被害が出るか……」
ヴィクター先輩が否定しようとしたのを、エルが手で制しました。
「いや、ただ撒くわけじゃねぇよ。キノババなら、ダッファーデンの方に斜めに吹き上げるんだ。そうすりゃ、あっちの国境沿いに魔素の濃い『壁』ができるだろ? 向こうから密入国に来る奴らも魔獣が足止め代わりにもなるし、ダッファーデンの連中もそう易々と山越え出来なくなるから牽制にもなるだろ。一石二鳥じゃねぇか」
「「…………ッ!!」」
会議室に衝撃が走りました。
「魔素を処理する」のではなく「国防の盾として外へ投棄する」。
それは、王都の安全な環境で育った魔導師たちには、逆立ちしても出てこない発想でした。
「……面白い。指向性を持たせて国境沿いへ排出すれば、こちら側の魔素密度は劇的に下がるし、防衛ラインの強化にも繋がる……。エバー君、これならバイパスの負荷を三分の一まで削れるぞ!」
ヴィクター先輩が狂ったように計算を始め、テオドール様も「……野蛮だが、合理的だ」と苦笑しながらも、すぐに魔導具チームへ連絡を入れた。
なぜか行き詰まるたびに、突破口のヒントを投げるのはいつもエルでした。
僕たちが「理論の正解」を探している間に、彼は常に「生き残るための合理性」を見つけ出しているのだろうか。
三年生になった僕とエルを待っていたのは、「学生」という言葉からほど遠い怒涛の日々だった。
エルのあの「上に吹き上げればいい」という一言のせいで、プロジェクトには急遽『指向性魔素投棄装置』――通称『吹き上げ式装置』が必要になり、僕たちはそのための特殊素材を求めて、王国の東西南北を駆け回ることになった。
「……ハァ、ハァ……。もう、一歩も動けないよ……」
「甘えんなメイル! ほら、槍を構えろ! 次の魔獣が来るぞ!」
各地の辺境伯領では、現地の屈強な領兵たちに「特別研究員だろうが関係ねぇ! 自分の身は自分で守れ!」と徹底的に鍛え上げられながらの強行軍。
魔導具の研究に来たはずなのに、気づけばエルの隣で泥にまみれて戦っている時間の方が長いんじゃないかと思うほど、本当に、本当にツラい行程だった。
そしてその年の夏、ジジーアスへ向かったルヴィア様からは、「試作装置を稼働させるための実験都市の建設を始めた」という、嬉しくも「こっちが始まればそっちはもっと忙しくなるぞ」という無言のプレッシャーが込められた報告が届きました。
そんな息も絶え絶えの状態で怒涛の一年が過ぎ去り、気づけば僕たちは卒業の日を迎えていた。
式の直前まで西の辺境で素材を掘り出していた僕たちは、文字通り「式に間に合うかどうか」という瀬戸際で転移塔に飛び込み、式典の開始ベルと同時に講堂へ滑り込みました。
「……卒業、だな……」
「……ああ、やっと学生しなくてよくなる……」
壇上では先生方や、名だたるご来賓の方々が、王国の未来を担う僕たちへ向けて格調高くありがたい祝辞を述べておられました。
「諸君、この学園で学んだ誇りを胸に、王国の礎となって……云々」
けど、連日の極限作業と不眠不休の移動でボロボロの僕たちの耳には、その厳かな声も心地よい子守歌にしか聞こえませんでした。エルの隣で、僕の意識は何度も白濁し、座ってる席からずり落ちそうになるのを、お互いの肩で支え合ってなんとか乗り切った有様だった。
一千六百年前の英傑たちも、建国の時はこんなに眠かったんだろうか……。
そんな場違いなことを考えながら、僕たちは学園生活の終わりを絶え間ない眠気の中で迎えるという何とも締まらない卒業だった。




