第45話 論文の示す方向
ルヴィア様との面会を終えた僕は、すぐにエルと一緒にジルゼの工房へと走った。
集まった面々にことの次第を伝えると、ヴィクター先輩は喜び爆発させるかと思いきや、意外にも深刻な顔で腕を組んだ。
「王宮にまで上がってしまいましたか……」
「なんだよヴィクター、不満なのか? あんたの描いた回路図が、国を動かす一歩手前まで行ってるんだぞ」
ジルゼが不思議そうに尋ねると、ヴィクター先輩は分厚い眼鏡の奥の瞳を険しく曇らせた。
「そこまで行ってしまうと、このプロジェクトは『国家事業』になってしまう可能性があります。そうなると、予算も設備も手に入りますが、同時に……開発の主導権も機密保持も、完全に私達の手から離れてしまうでしょうね」
「マジか……。俺たちが死ぬ思いで手に入れた素材も、エバーが考えたアイディアも、全部お偉いさんのものになるってことか?」
エルの言葉に、工房の空気が一気に冷え込んだ。
「……そうか。そういう可能性があったか……」
僕は、自分の指先を見つめた。
ただ、故郷を住みやすくしたい。そんな純粋な動機で始めた研究だった。
けれど、それが「最強の兵器」にもなり得ると知った今、王宮が自分たちのような学生に好き勝手やらせておくはずがない。
「……もし王宮魔導具師たちが『あとはこちらで引き受けるから、君たちは手を引け』と言ってきたら……みんなはどうする?」
僕の問いに、ジルゼが真っ先に吐き捨てるように言った。
「業腹だな。俺の削りに口を出されるのは御免だ」
「渡したくはないのは山々だが……相手は国だ。研究者として、成果が日の目を見ること自体は喜ばしいのだがね」
ヴィクター先輩も、複雑な表情で言葉を濁す。すると、それまで黙って聞いていたエルが、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、みんなの頑張りが報われるなら判断は任せる。お前らが納得する道を選べよ」
「……僕は、故郷のためになるなら、我慢する」
悔しいけれど、それが一番確実にバイパス理論を形にする方法なのかもしれない。僕がそう呟くと、エルが僕の肩にポンと手を置いた。
「そうか。……まぁ、まだ外されるって決まったわけじゃない。もしそう言われたら、って話だろ? 今からそんな暗い顔してんなよ」
エルの言葉に、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
「そうだね。……まだ、決まったわけじゃない」
けれど、その数日後、学園の事務局を通じて「国王陛下直属の使者」が召喚状を持って現れた。
学園の職員室。いつもは事務的な会話が飛び交うこの場所が、今は重苦しいほどの沈寂に包まれていた。
僕とエル、そしてヴィクター先輩の前には、学園長自らが手にする三通の書状が置かれている。
高級な羊皮紙に、王家の紋章である「金獅子」が真っ赤な封蝋で刻印されていた。
「……本日、王宮より特使が参られた。ジルゼ君の元へは、既に別の使いが向かっている。これは、君たちへの正式な召喚状だ」
学園長の言葉を合図に、僕たちは震える手で封を切った。
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## 召喚状
王立学園二年生 エバー・メイル 殿
王立学園三年生 ヴィクター・フラン 殿
王立学園二年生 エル 殿
貴殿らが提出せし論文『多核分散型魔素変換理論による環境再編の提唱』、並びにアッサママ領における水晶樹の採取実績に鑑み、国王陛下は貴殿らに対し、王宮内閣検討会議への出席を命じられる。
本理論が王国の国防並びに国益に及ぼす影響は極めて大なり。よって、当該研究の全容解明、及び今後の運用方針を策定すべく、開発当事者たる貴殿らの口述説明を求めるものなり。
本状拝受の三日後、午前十刻。
王城内・白銀の間に参じられたし。
なお、本件は国家最高機密に属するものとし、当日までの言動には細心の注意を払うよう厳命する。
グランド王国国王 アルバート・ラ・フォン・グランド
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「……本当に、王城の『白銀の間』に呼び出されるなんて」
ヴィクター先輩の声が掠れている。そこは、国家の命運を分ける重要な儀式や会議のみに使われる場所だ。
「全容解明……か。やっぱり、全部話せってことだよな」
エルが不敵に笑いながらも、その瞳には辺境育ちらしい警戒心が宿っていた。
「……行きましょう。僕たちの考えが、国にとってどれだけ価値があるのか。……それを見極めてもらうために」
僕は召喚状を固く握りしめた。
三日後。僕たちは学生としてではなく、この国の未来を左右する「開発者」として、王都の頂点へ挑むことになる。
三日後。王城の最深部、白銀の間の重厚な扉の前に、僕たちは立っていた。
ヴィクター先輩は緊張のあまり呼吸を忘れ、ジルゼに至っては顔面蒼白で今にも倒れそうだ。僕も自分の心臓の音が耳元で鳴り響いている。
そんな中で、エルだけが「王宮も意外と風通しが悪いな」なんて呑気に呟きながら、いつもの平常運転で立っていた。その豪胆さに、どれほど救われたか分からない。
扉が開かれ、僕たちは足を踏み入れた。
広大な円卓の正面には、威厳に満ちた国王陛下。その右隣には辣腕で知られる宰相閣下、左側には鋭い眼光を放つ王宮魔導師長。そして周囲には、王国を支える四辺境伯様たちを含む、錚々たる御歴歴がズラリと揃っていた。
論文に関する鋭い質疑応答が続き、王宮魔導師や魔導具師たちによる徹底的な精査報告がなされた。沈黙と熱論が交錯する長い時間の後、国王陛下が重々しく口を開かれた。
「――よかろう。本理論を国家事業として承認する。予算、人員、設備、すべてにおいて王宮が総力を挙げよう。……さて、君たち四人。論文による功績は高く認める。だが、ここから先は国家主導となり、開発のすべては君たちの手を離れることになるが……これについて、どう考えるかね?」
陛下の鋭い視線が僕を射抜いた。
隣でヴィクター先輩が小さく震えるのが分かった。ジルゼも唇を噛みしめている。
僕は震える膝を必死に押さえ、一歩前に出た。
「ぼ、私が、このシステムを考えたのは、故郷のためです」
掠れそうになる声を絞り出し、真っ直ぐに陛下を見つめる。
「ぼ、私は、北の辺境領ジジーアスに生まれ育ち、縁あって今は学園で学んでいます。でも、心はいつも、故郷に住む家族のことが心配です。私の故郷、メイル村は、領都からさらに北……アルバス山脈の麓にあります。一年中、冷たい風に晒され、真冬には、幼子が凍死することもある場所です」
頭の中に、吹雪の中で震える弟や妹の顔、薪を求めて必死に動く父さんと母さんの姿が浮かんだ。
「家族が凍えていないか、食料は足りているか、魔獣に襲われていないか……。他の辺境領も過酷です。生きていくだけで、精一杯なんです。だから……僕たちの考えたことが、故郷のためになるなら、国がそれを実現してくださるなら……すべてをお任せします。……ただ! 僕たちにも、手伝わせてください! 王宮の技術を、学ばせてください! それだけが、私たちの願いです!」
言い切った瞬間、静寂が部屋を支配した。
僕の叫びのような言葉が、白銀の間の高い天井に消えていく。
陛下は無表情のまま、長く、重い沈黙を保たれていた。
静まり返った「白銀の間」に、僕の呼吸音だけが大きく響いていた。
沈黙を破ったのは、僕の故郷を治めるジジーアス辺境伯だった。
「陛下。……この者の申す通りにございます。メイル村は、我が領でも最も過酷な楔の終端。そこに住まう民は、国の盾としてあまりに多くのものを耐え忍んできました。この若き魔導具師の言葉は、辺境に生きる全ての民の悲願でございます」
ジジーアス辺境伯が椅子から立ち上がり、僕に並んで深く頭を下げた。続いて、アッサママ辺境伯も穏やかながら力強い声で言葉を添える。
「アッサママも同様です。水晶樹という『牙』を、民を潤す『器』へと変えるこの理論……。自ら森を駆け、素材を掴み取った彼らこそが、この事業の魂でございましょう」
キョウオジン、キノババの両辺境伯も無言で頷き、国王陛下を仰ぎ見た。
国王陛下は、じっと僕の目を見据えたまま、やがてゆっくりと口角を上げ、柔らかな、だが威厳のある声で笑った。
「……ハハッ、面白い。学園の優等生らしい理屈が飛んでくるかと思えば、出てきたのは純粋な郷土愛か」
陛下は背もたれに深く体を預けると、列席する大臣たちを見渡した。
「聞いたか、諸公。これが辺境の力だ。王都の安寧に慣れきった者には書けぬ、泥と雪の匂いがする言葉だ。……エバー・メイル、そして諸君。安心するがよい。余は、功績ある者からその誇りを奪うほど無粋ではない」
陛下は傍らに控える王宮魔導師長へ視線を投げた。師長は仰々しく頷き、一通の羊皮紙を広げた。
「エバー・メイル、ヴィクター・フラン、エル、そしてジルゼ。四名に対し、本日付で『王宮魔導開発院・特別嘱託研究員』の称号を授与する。君たちは学生の身分のまま、国家事業として動き出すこのプロジェクトの『中核メンバー』として、王宮魔導具師らと肩を並べて開発に携わってもらう。もちろん、現場となる各辺境領への同行権も認めるものとする」
「えっ……」
僕とヴィクター先輩は顔を見合わせた。主導権を奪われるどころか、王宮の全面バックアップを受けながら、自分たちの手で最後までやり遂げろと言われたのだ。
「……手伝わせてくれと言ったな? ならば、死ぬ気で励め。君たちの故郷を救うのは、君たちのその手だ」
国王陛下の力強い言葉に、僕は視界が滲むのを感じながら、今度こそ深く、深く頭を下げた。
「……はい! ありがとうございます!」
隣でエルが「よしっ」と小さく拳を握り、ジルゼがようやく安堵したように細い息を吐いたのが分かった。




