第44話 アッサママ王太子子息誘拐事件の結末
夏季休暇に入った僕とエルは、静まり返った学園の図書室にいた。
「……次は、西のキョウオジンの火山岩か、あるいは……」
「エバー、休みに入ってまでよくやるな。俺はもう文字を見るだけで目が回りそうだぜ」
窓から差し込む夏特有の強い光を浴びながら、僕たちは次なる研究のための素材調査を続けていた。そこへ、聞き慣れた軽やかな足音が近づいてくる。
「やあ、二人とも。相変わらず熱心だね」
「ルヴィア様! お久しぶりです」
現れたのは、いつも通り穏やかな微笑みを浮かべたルヴィア様だった。今年は最終学年ということもあり、ジジーアスには行かず、卒業後の準備のために王都で過ごすのだという。
ルヴィア様の顔を見てお尋ねしたい事が合ったのを思い出した。
「…あの、ルヴィア様お聞きしてもよろしいでしょうか? アッサママの事件が……あの後、どうなったのか」
僕が声を潜めて尋ねると、ルヴィア様は僕たちの向かいに腰を下ろし、少しだけ真剣な表情になりました。
「ああ、その報告も兼ねて来たんだ。……結論から言うと、捕らえた五人は全員、ダッファーデン王国の直属の間者であることが確定したよ。彼らの目的は、レオを人質に取って、キノババ封鎖の撤回、あるいは期限の延長を要求することだったらしい」
ルヴィア様は溜息をつき言葉を続ける。
「……実はね、かねてからオルズ帝国からは再三にわたり、王族との婚姻を申し込まれていてね。僕が早々にジジーアスへの婿入りを決めたのは、その執拗な誘いを断る口実にするためでもあったんだ」
ルヴィア様がさらりと言ってのけた告白に、僕は思わず手元の資料を落としそうになった。
「……ルヴィア様以外のご兄弟は、既に皆様ご婚姻がお済みでしたものね」
「そう。だから次は、まだ一歳半のレオの婚約者として、オルズ帝国の十八歳の王女をねじ込んでこようとしていたんだ。歳の差なんてお構いなしにね」
「うわぁ……」
エルの顔が露骨に引きつる。一歳児に十八歳の婚約者とは、もはや政略結婚という言葉すら生ぬるい執念を感じる。
「ルヴィア様、オルズ帝国はなぜそこまでして、なりふり構わずグランド王国に入り込もうとするんですか?」
僕が尋ねると、ルヴィア様は窓の外、王都を支える巨大な霊脈の流れる方角をじっと見つめた。
「『楔システム』の理論と、それを扱える技術者だね。オルズ帝国の言い分としては、楔システムは元々彼らのもので、我が国の始祖である十人の開拓者が持ち去ったもの……ということになっているらしい」
「えっ!? そんな馬鹿な……。一千六百年も前に僕たちの先祖が命懸けで作ったものじゃないですか!」
驚愕する僕に、ルヴィア様は苦笑を返した。
「もちろん、オルズ帝国の身勝手な妄想だよ。歴史を捏造してでも、彼らはあのシステムを軍事利用したいらしい。魔素を制御し、大地を意のままにする技術……彼らにとっては、喉から手が出るほど欲しい『最強の兵器』に見えるんだろうね」
「……だから、今回の誘拐事件も」
「ああ。レオを奪い、婚姻や人質という形でシステムの中枢に手をかける。……エバー、君たちがアッサママで阻止したのは、ただの誘拐じゃない。王国の根幹を狙った帝国の牙だったんだよ」
重苦しい沈黙が図書室を包んだ。僕たちが論文に記した「魔素の動力化」という技術が、もし帝国の手に渡ればどうなるか。
「……絶対に、渡せませんね。あのシステムは、みんなが平和に暮らすためのものだ」
「……おうよ。そんな汚ねぇ連中に、みんなが命懸けで守ってるもんを触らせてたまるか」
エルが低く、けれど確かな決意を込めて呟いた。
「……今回の事件は、国境封鎖に焦った故の犯行だったんですね」
「そうだね。ダッファーデン王国はオルズ帝国にレオを差し出す事によってオルズ帝国との結びつきを強固にする目的があった。そしてオルズ帝国はグランド王国の血筋を一人でも手中に収め、将来的な内政干渉の種にするつもりだったんだろうね。……君たちがアッサママの深部で彼らを阻止していなければ、今頃王国は最悪の外交交渉を強いられていたはずだ」
ルヴィア様は、僕とエルの手を代わる代わる握りました。
「改めて礼を言うよ。これは王族としてではなく、一人の叔父としての感謝だ。君たちはレオの命と、この国の誇りを守り抜いた。……兄上も、あの侍女たちが身内にいたことにひどくショックを受けていたけれど、最近ようやく前を向けるようになったよ」
「……そんな。僕たちはただ、放っておけなかっただけですから」
「はは、その『放っておけない』が、どれほど貴重なことか。……とにかく、君たちには王家から正式な謝礼と、何らかの報奨が出る予定だ。楽しみにしておくといい」
ルヴィア様の言葉に、僕とエルは顔を見合わせた。
「ところで、夏季休暇は何か予定しているのかい?」
ルヴィア様が手を顎の下で組んで、興味深そうに僕たちを見た。
「今期はあちこちに素材採取に行こうってエルと言っていて。バイパス理論を完成させるには、水晶樹以外の特性を持った素材も必要になりそうなんです」
「俺はここんとこ、ずっと慣れねぇ論文に付き合わされたんでね。とにかく外に出て体を動かしたいですよ」
エルの切実な訴えに、ルヴィア様は「ハハハ、そうなんだ!」と声を上げて笑った。
けど、その後に続いた言葉は、僕たちの予想を裏切るものだった。
「ん〜、でも残念ながら、しばらくは王都から出ないでもらった方がいいかな」
「え?」
エルが意外そうに声を漏らす。
「その論文のせいで、近々王宮から召喚がかかる予定だからね」
「は? ……王宮、ですか?」
僕は耳を疑った。呼び出しがあるとしても、せいぜい学園の教授陣から「内容の真偽を問う」くらいのレベルだろうと思っていた。
「ククク、あの論文のせいだよ。今、国王陛下をはじめ御歴々が半狂乱になりながら精査しているよ。本当にとんでもない爆弾を投げ込んだね、君たちは」
おかしくて堪らないといった様子で、ルヴィア様は肩を揺らしている。
「あんなのを見せられて、ただの『学生の研究』で済ませられるはずがない。王国のエネルギー政策を根底からひっくり返す内容なんだから。……本当に、君たちは最高だよ。私は友人として、二人のことをとても誇らしいと思っているよ」
ルヴィア様は、まるで自分のことのように嬉しそうに、ニコニコと微笑んでいた。
誇らしいと言ってもらえるのは嬉しいけれど、王宮に召喚されるなんて。
「素材採取の旅」という僕たちの夏休みの計画は、どうやら始まる前にとんでもない方向へと舵を切らされることになりそうだった。




