第36話 興奮と情熱
僕たちの笑い声にヴィクター先輩のベッドがモゾモゾと動いた。
「……ん、あー……。なんだ、もう朝かよ……」
エルが重い瞼をこすりながら、のっそりと起き上がった。
寝癖をひどく爆発させたまま、彼は机にへばりついて目を血走らせている僕と先輩を、心底呆れたような目で見つめた。
「お前らなぁ……とりあえず飯食って風呂入って、一眠りした方が良くね? 鏡見てみろよ、二人ともさかりのついた犬みたいに興奮して、目つきがヤバいことになってるぞ」
「失礼な。これは知的興奮という名の高潔な……」
「そうだよエル、見てよこの変換効率! 理論上はジジーアス全土を……」
僕たちが勢いよく身を乗り出して設計図を突きつけると、エルは「はいはい」と大きな手で僕たちの顔を押し戻した。
「分かった、分かったから。そんなもん見せられても、空腹の俺の脳みそには一ミリも入ってこねぇよ。ほら、行くぞ。まずは食堂だ。食わねぇと、せっかくのその『変態理論』とやらを形にする前に倒れるぜ」
エルのもっともすぎる正論に、僕と先輩は顔を見合わせ、ようやく自分たちの体が悲鳴を上げていることに気づいた。肩はガチガチだし、喉はカラカラだ。
「……ふむ。野性児の直感というのも、たまには役に立つものだね」
「そうだね。……エル、悪いけど食堂まで肩を貸して。膝が笑ってて立てないや」
「たく、世話が焼ける天才さま達だな」
エルに支えられながら、僕たちは朝日が差し込む廊下へと踏み出した。徹夜明けの頭に、朝の冷たい空気が心地よく刺さる。
僕たちが描いた「未来の設計図」は、まだ紙の上だけのものだ。けれど、これがいつか本当にこの国を変えるのだと胸は高鳴っていた。
2時間の仮眠で今日の授業をなんとか乗り切りった僕たちは放課後、魔導具造形学科の教室に集まっていた。
机の上には、昨夜の熱狂の結晶である設計図が広げられている。しかしそれを眺めるヴィクター先輩の表情は険しい。
「理論と回路設計図は出来た。だが、これを形にするための素材が圧倒的に足りない。エバー君、今のままでは試作機を造ることすら不可能だ」
「高濃度魔素に耐えうる素材……ですよね」
僕も腕を組んで唸った。バイパスを流れるのは、アルバス山脈から跳ね返ってきた剥き出しの魔素の奔流だ。並の金属や魔導材では、術式を起動した瞬間にボロボロに崩壊してしまう。
「王宮の宝物庫に眠るような超希少金属ならあるいは……だが、学生が手に入れられるはずもない。詰んだか……」
先輩が項垂れたその時、隣で退屈そうに彫刻刀を転がしていたエルが、ポツリと言った。
「……辺境で探せば?」
「? なんで辺境なんだい、エル」
僕が問い返すと、エルは「なんでって……」と不思議そうに眉を寄せた。
「だってあそこ、普通に木は生えてるし、岩だって崩れてねぇじゃん。ジジーアスの森だって、キョウオジンの岩山だってさ」
「それがどうしたの?」
「だから、あそこにあるもんがあの環境で生きてんだから、最初からあの濃い魔素に適応してるんだろ? 特別な金属なんて探さなくても、そのへんに転がってる石っころとか木の方が、よっぽど丈夫なんじゃねぇかと思ってさ」
「「…………ッ!!」」
僕とヴィクター先輩の間に、雷が落ちたような衝撃が走った。
「ハッ! そうか! 常時、致死量に近い高濃度魔素に晒され続けているということは、その個体自体が進化し、魔素に対する圧倒的な耐性と親和性を獲得しているということか!」
ヴィクター先輩が、椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
「そー! それ! 難しい理屈は知らねぇけど、あそこの木で薪割るの、マジで苦労するからな!」
「あッ! なるほど! 灯台下暗しだ……僕たちは『特別な魔導材』を作ろうとしていたけれど、大自然がもう数千年もかけて『最強の素材』を育てていたんだ!」
エルが笑いながら親指を立てる。
僕と先輩は、互いの目を見て確信した。答えは研究室の棚の中ではなく、僕たちの故郷の、あの厳しい大地に転がっている。
「よし、エバー君! 早速、実家から『一番硬い石』と『一番頑丈な枝』を送らせたまえ! 世紀の発明は、そこから始まるぞ!」
興奮のあまり机を叩くヴィクター先輩に対し、僕はそれ以上の熱量で身を乗り出した。
「否! 送ってもらうのを待つより、直接行った方が早いですよ先輩!」
「……えっ、今からかぁ?」
椅子に座ってでくつろいでいたエルが、信じられないものを見るような目で僕を見た。
けれど、一度火がついた魔導具オタクの加速は誰にも止められない。
「転移陣だ! 今から転移陣の空きを聞きに行くぞ、エバー君!」
「はい、先輩!」
「おい、ちょっと待てって!」
渋るエルを無理やり立たせ、僕たちは放課後の廊下を脱兎の如く駆け抜けた。息を切らして飛び込んだのは、学園の端にそびえ立つ転移塔だ。
「……一番早い空き、ですか?」
受付の係官が、あまりの剣幕に引き気味で台帳を捲る。
「ええと……三十分後に南のアッサママ行き、二名分ならキャンセルが出て空いていますが」
「それ! それで行きます! 二名ですね! エル、いいよね!?」
僕が詰め寄ると、エルは「はぁ……」と深い溜息をつきながらも、諦めたように肩をすくめた。
「はいはい、付き合いますよ。アッサママなら素材の宝庫だし、ついでに美味いフルーツでも食えるだろ」
「決まりだ! だが君たち、三十分で支度なんて出来るのかい?」
ヴィクター先輩が心配そうに尋ねる。それに対し、エルは荷物を背負い直しながら不敵に笑った。
「大丈夫ですよ。俺たち、ジジーアスでもキョウオジンでも『常時戦時中を旨としろ』って叩き込まれてるんで。これくらい、ちょっと近所の売店に行くようなもんっすよ」
「そ、そうか……辺境育ちの即応能力、恐るべしだね。分かった、では私は寮と学園に『実地素材採取』の届出を急いで出しておこう。不備がないようにしておくよ!」
「よろしくお願いします!」
僕とエルは、迷いのない足取りで転移陣の待機室へと向かった。
三十分後。
青い光に包まれる瞬間、僕は胸の内で呟いた。
待ってろよ、アッサママ!




