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エバー・メイルの領地改革  作者: 小兎


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第35話 魔素の出口

僕は寮のベットで、図書室から借りた論文を読み込んでいた。添付されていた論文の付録図面を凝視してふと口に出ていた。


「……あれ。これ、出口がなくないか?」


僕の呟きに、ソファで船を漕いでいたエルが「あ?」と顔を上げた。

エルは何故か隣の部屋なのにいつも僕の部屋に入り浸っている。僕の部屋だとお茶とお菓子が常備されてるせいかもしれない。


「エバー、何がだよ」


「この百年前の理論だよ。山脈から跳ね返ってくる魔素をバイパスで受け流すところまではいい。でも、その受け流した先……この巨大な円環の中に集約された膨大な魔素を、最終的にどう処理するつもりだったんだ? まさか、ただ消えるまでグルグル回し続けるだけだったのか?」


フェルメール領のシステムは、濃度を調整して農地に流し、作物の育成という形で魔素を「消費」していた。だから循環が成立する。


「……でも、辺境で集めちゃう魔素は、フェルメール領の比じゃないくらい高濃度で凶悪だ。ただ回すだけじゃ、いつか器が耐えきれなくなって破裂する。……エル、これさ、もし魔素を『使う先』を無理やり作ったらどうなると思う?」


「使う先? 畑でも作るのかよ、あの凍土に」


「いや、もっと別の……。例えば、何年も、何十年も動き続けるような巨大な魔導装置の動力源にするとか、あるいはもっと別のエネルギーに変換して……」


僕の頭の中で、ジジーアスの城壁を覆う巨大な防壁魔法や、キョウオジンの灼熱を冷やす冷却陣が、一つの巨大な「動力源」に繋がるイメージが浮かんだ。


「厄介な魔素を『せき止める』んじゃなくて、それを『燃料』にして、辺境そのものを巨大な魔導都市に変える……。もしそんな出口が作れたら、バイパスにかかる負荷も減るんじゃないか?」


「……お前、またとんでもねぇこと言い出したな。魔素のゴミ溜めを、宝の山に変えようってのか」


エルの呆れたような、でもどこか面白がっているような視線を感じながら、僕は手帳に「魔素の出口アウトプット」と大きく書き込んだ。


百年前の著者が「演算」と「素材」でつまずいたのなら、僕はそれに加えて「出口」という概念を持ち込んでみる。


「……面白くなってきた。これ、ヴィクター先輩に見せたら、また『変態的だ!』って叫んで飛び起きるだろうな」


僕はワクワクを抑えきれず、ペンを走らせる速度を上げた。


「……で、具体的に何を作るつもりだ?」

エルの問いに、僕は手帳に書き込んだ「魔素の出口アウトプット」という文字をペン先で叩いた。


「予算とか資材とか、そういう現実的な制約を全部無視して妄想するなら……ジジーアスなら、家中がいつでもポカポカの温かい家、雪を勝手に溶かす凍らない道。それに、魔獣を一切寄せ付けないような何重もの強固な防御結界かな」


「ははっ、そいつはいい。それならキョウオジンには、一年中涼しい家と、どれだけ肉を詰め込んでも腐らねぇ巨大冷蔵庫だな。あそこの熱気はマジで勘弁だからよ」


エルの乗っかってきたアイディアを聞いて、僕の頭の中で数式が躍動し始める。


「いいね! よし、その妄想を実現するのに必要な魔素量と、バイパスから取り出せるエネルギーの相関計算、ちょっとやってみるよ」


「その前に、そんな夢みたいな設備、そもそも実在すんのか?」


「うーん、言われてみれば……。ジジーアスの家はどこも薪暖炉だし、キョウオジンだってひたすら風を回して冷ましてるだけだもんね。よし、ヴィクター先輩に聞いてみよう。あの先輩なら、埋もれた設計図の一枚や二枚、知ってるはずだ!」


「おい、今からかよ!? もう消灯前だぞ!」


僕は制止するエルの袖を掴んで、そのまま廊下へと飛び出した。エルの部屋は隣なのに僕の部屋に入り浸っているのと同様に、僕もまた、気になったら先輩の部屋へ突撃するのに遠慮はいらない。


「先輩! ヴィクター先輩、いますか!? 相談したい最高に変態的なプロジェクトがあるんです!」


男子寮の先輩の部屋のドアを、僕は勢いよく叩いた。

中から「うわっ、なんだ!? 回路の逆流か!?」という椅子から転げ落ちるような音と、焦ったヴィクター先輩の声が聞こえてくる。


数秒後、扉が開くと、寝癖を爆発させ、分厚い眼鏡をずり上げた先輩が顔を出した。


「……なんだ、エバー君か。夜中にそんな目を血走らせて……。それで、私の眠気を吹き飛ばすような『変態的なプロジェクト』とは一体何だね?」


「先輩、この世に『魔素を直接変換して、街ごと空調管理するような巨大な魔導装置』の設計図って存在しますか!?」


廊下に響いた僕の声に、隣の部屋から「うるさいぞ!」と怒鳴り声が飛んできたけれど、目の前の先輩の瞳は、一瞬で獲物を狙う肉食獣のようにギラリと輝いた。


「入りたまえ」


ヴィクター先輩に促され、僕とエルは部屋に踏み込んだ。そこは、同じ学生寮の部屋とは思えない異様な光景だった。本棚から溢れた古書が床を侵食して足の踏み場もなく、机やテーブルの上には、書きかけの魔導回路図が地層のように積み重なっている。


「……なぁ、エバー。ここ、本当に俺たちの部屋と同じ広さか? 空間拡張魔法でも使ってねぇと、こんなに物が詰め込めるわけねぇぞ」


エルが呆れたように、本の山を避けて爪先立ちで歩く。そんな僕たちの驚きを無視して、先輩は椅子に深く腰掛け、レンズの奥の瞳を爛々と輝かせた。


「それで、先程言っていた『魔素を直接変換して、街ごと空調管理するような巨大な魔導装置』の話を聞こうじゃないか。エバー君、詳しく説明したまえ」


僕は喉を鳴らし、一気に妄想をぶちまけた。


「はい! ジジーアスのような極寒の地なら、家中を魔法の熱で満たす『全館暖房の家』。雪が降っても一瞬で溶かして物流を止めない『凍らない道』。そして、魔獣の侵入を許さない『何重にも重なった巨大な永久防御結界』です!」


「ほう、熱源管理と結界の維持か。続けてくれたまえ」


「それだけじゃありません。キョウオジンのような灼熱の地なら、一日中涼しく過ごせる家と、どんなに肉を詰め込んでも凍りついたまま鮮度を保てる、家一軒分くらいの『巨大冷蔵庫』です。これらを、山脈からフィードバックされる高濃度魔素を『燃料』にして動かすんです!」


僕の話を聞き終えたヴィクター先輩は、しばしの沈黙の後、肩を震わせ始めた。


「……ククッ、ハハハハ! 全館暖房に巨大冷蔵庫だと? 素晴らしい、実に変態的で素晴らしいよエバー君! 君はつまり、建国時に英傑たちが使っていたとされる『大規模環境制御』の術式を、民間のインフラに転用しようというのだね!」


先輩は机の上の書類を乱暴に掃き出すと、一番下から一枚の黄ばんだ図面を引っ張り出した。


「実はね、王宮の古い記録に、かつて似たような構想を練った狂った設計士がいたのだよ。……ただ、彼には『動力源』が足りなかった。エバー君、君が言っているのは、その欠けていた最後のパズルそのものだ!」



「……つまり、この変換効率だと、山脈からの衝撃波そのものを熱量に置換できるはずなんです!」


「いや、甘いなエバー君! その回路構成では、出力の立ち上がりで導線が蒸発してしまう。ここは並列にバッファを……こうだ、こう書き換えるんだ!」


ヴィクター先輩が、震える手で羊皮紙に凄まじい速度で術式を書き込んでいく。僕も負けじと、論文から得た魔素の流体データをぶつけ、二人で図面を囲んで喧喧諤諤の議論を重ねた。


バイパスの同期、出力の安定化、そして「全館暖房」という巨大な排熱先……。

理論が噛み合い、不可能だと思われたミッシングリンクが埋まるたびに、脳裏で火花が散るような興奮があった。


「これなら……これなら、行けるかもしれない!」


「ああ、歴史が変わるぞ、エバー君!」


不意に、開け放したままの窓から差し込む光が、散乱した設計図を白く染めた。


「……あ」


気づけば、夜が明けていた。

達成感と疲労感でぼんやりとした頭で部屋を見渡すと、そこには見慣れた、けれどこの部屋には不釣り合いなほど穏やかな光景があった。


「……すー、すー……」


ヴィクター先輩のベッド。そこには、いつの間に潜り込んだのか、エルがちゃっかり枕を抱えて熟睡していた。主である先輩が床に座り込んで徹夜で議論している横で、あいつは「俺の役割は終わった」と言わんばかりに、一点の曇りもない寝顔を晒している。


「……たく、あいつは本当にどこでも寝られるな」


「ククッ、大物だよ、彼は。だが、彼の『巨大冷蔵庫』という野性的な発想がなければ、この数式は完成しなかっただろうね」


先輩が充血した目で笑い、僕もそれにつられて笑い声を漏らした。

設計図には、昨夜までにはなかった、複雑で美しい「未来の地図」が描き込まれていた。







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