第26話 エルの故郷
「あ、あっちだ! あの『紅蓮蝶』を逃したら、ルヴィア様の外套に使う最高級の糸が手に入らない!」
「待てエバー、深追いしすぎるな! その先は……あ、なんだ。ここに出るのか」
火山の噴煙に巻かれながら獲物を追いかけているうちに、僕たちはいつの間にか、断崖絶壁に囲まれた不思議な谷間に迷い込んでいた。地図には載っていないはずの、緑と蒸気が混じり合う奇妙な場所だ。
「……エル、ここどこ?」
「俺の故郷だよ。ちょっと実家に寄ってくわ」
エルが鼻を鳴らして歩き出した先には、溶岩石を積み上げた頑丈な家々が数軒、肩を寄せ合うように並んでいた。エルのあの規格外の強さは、こんな秘境で育まれたのか……と納得しかけたその時。
「おぉ、エルじゃないか。王都の飯で少しは横に育ったかと思ったが、相変わらず竹竿みたいだな」
家の陰から、腰の曲がった小柄なおじいさんがひょっこりと現れた。
エルの師匠だというそのお方は、真っ白な髭を蓄えた、どこにでもいそうな好々爺に見えた。けれど、その足運びには一切の隙がなく、纏っている魔力は熱気の中に溶け込んでいて全く読めない。
「じいさん、ただいま。こっちは相棒のエバーだ。北の神童だけど、今は俺と一緒にジジーアスでの素材集めに必死なんだよ」
「ほう、ジジーアスの……。エバー君と言ったか。エルのような暴れ馬と付き合えるとは、君も相当な苦労人じゃな」
師匠さんはカッカと笑い、エルの頭を孫を可愛がるように撫でた。エルも王都で見せる野性味はどこへやら、本当に懐いているようで、大人しく頭を差し出している。
「せっかくの里帰りじゃ。一つ、お主らに面白いものを見せてやろう。王都の学園では一生拝めぬような、珍しい『西の宝』が棲んでいる場所がある」
お師匠様の案内で、僕たちはさらに谷の奥、熱気が渦巻く巨大な洞窟の前へと導かれた。
「あそこにいるのはの、この山の主ではないが、最も気高く、そして『美味い』魔獣じゃ」
「……う、美味い?」
僕とエルが同時に生唾を飲み込む。
「そう、全身が『溶岩の塩』で包まれた『クリスタル・ソルト・ボア』じゃ。あやつの牙は最強の魔導触媒になるが、その肉は酒の最高の肴になるぞ」
「エバー、行くぞ! ルヴィア様への献上品、これ以上のものはない!」
「うん、お師匠様、ありがとうございます! 捕獲して解析して、ついでにレシピも教わらなきゃ!」
僕たちは師匠さんに見守られながら、期待に胸を膨らませて、その「珍しい獲物」が待つ洞窟へと飛び込んだ。
洞窟の奥へと進むにつれ、熱気はさらに高まり、壁面が宝石のようにキラキラと輝き始めた。
「お師匠様……これ、全部『溶岩の塩』なの?」
「そうじゃ。だが、驚くのはまだ早いぞ。ほれ、あそこを見てみい」
お師匠様が指差した先。洞窟の最奥、真っ赤に煮え立つ溶岩の池のほとりに、その魔獣はいた。
「……綺麗……」
思わず吐息が漏れた。
そこにいたのは、全身が透明な水晶の鱗で覆われた巨大な鳥――『サラマンドラ・フェニックス』。
『クリスタル・ソルト・ボア』は、その鳥が落とす塩を食べるために集まってくる獲物に過ぎなかったんだ。
その極彩色の羽は、溶岩の熱を受けて七色にゆらめき、動くたびに火の粉が雪のように舞い落ちる。まさに「西の宝」と呼ぶにふさわしい、幻想的で華やかな姿だった。
「エル、見て……! あの羽、ルヴィア様の卒業祝いの礼服に織り込んだら、どんな宝石よりも輝くよ!」
「おう……! それにあの嘴だ。ありゃ、ジジーアスのどんな硬い魔獣の皮も一瞬で裂く最強の短剣になるぞ」
僕たちは、その美しさに圧倒されながらも、職人の目(と、いい素材を求める執念)で獲物を見定めた。
「お師匠様、あれ……僕たちでも狩れますか?」
「ふむ。まともにやり合えば灰にされるが……お主らの連携なら、あの鳥の『熱の核』を一時的に凍結させられるかもしれんの。……やってみるか?」
「もちろんです!」
エルが不敵に笑い、大剣を引き抜く。僕は魔力回路を全開にし、熱気の中でも霧散しない極低温の術式を編み上げた。
「エバー、合図をくれ! 俺が羽を傷つけねぇように、首元だけを狙う!」
「了解! 『絶対零度の牢獄』、展開!!」
華やかな炎の鳥を相手に、僕たちの「一年生最後の大勝負」が始まった。
この鳥の羽と肉を手に入れて王都に帰れば、ルヴィア様はきっと、これまでにないほど驚いて、そして喜んでくれるに違いない。
「いいか、二人とも。西の極意は力で抗うことではない。この地の『熱』そのものを己の魔力に取り込むことじゃ」
お師匠様が僕の肩に手を置くと、頭の中に見たこともない術式が流れ込んできた。西の古流術式『熱源変換・焔還』。周囲の凄まじい熱気を、そのまま自分の魔力として再構築する。
「……すごい。魔力が、溢れてくる……!」
熱気に焼かれていた肺が、今は逆にエネルギーを吸い込んでいるような感覚だ。僕はその膨大な魔力を、一点の曇りもない「氷」の術式へと変換した。
「今だよ、エル! 『絶対零度の牢獄・焔還』!!」
僕が両手を広げると、溶岩の熱を糧にした史上最強の極低温が、サラマンドラ・フェニックスを包み込んだ。
「ギィィィッ!?」
七色に輝く炎の鳥が、その熱源を僕に奪われ、一瞬だけ動きを止める。翼の炎が消え、美しい水晶の鱗が剥き出しになった。
「よッシャァ!エバー! 仕上げだッ!」
エルが爆発的な踏み込みで地を蹴った。
『焔還』で熱を脚力に変えたエルの跳躍は、もはや鳥のそれよりも高い。
空中で一回転し、大剣の切っ先が、フェニックスの急所である首元の核を正確に捉える。
「……そこだあぁぁッ!!」
閃光。
エルの一撃は、羽の一枚すら傷つけることなく、魔獣の命だけを断ち切った。
ゆっくりと、虹色の輝きを放ちながらフェニックスの巨体が横たわる。
「……やった。……無傷だ。これ、全部ルヴィア様への贈り物にできるよ」
僕は膝を突きながら、手に入れた「西の至宝」を見つめた。
お師匠様が「カッカッ」と愉快そうに笑いながら、僕たちの元へ歩み寄ってくる。
「見事じゃ。北の冷徹さと、西の熱情。二つの力が混ざり合い、新しい形になった。……お主ら、もう学園の生徒などという枠には収まりきらんのう」
僕とエルは、顔を見合わせて笑った。
手には、最高級の七色の羽と、極上の肉。
ジジーアスでの地獄、キノババでの陰謀、そしてこのキョウオジンの熱。
一年間の全てが、この一撃に詰まっていた気がする。
「……エル、最高の卒業祝いになるね」
「ああ。……これなら、ルヴィア様もよろこんでくれるな」
僕たちは、お師匠様の里で最高のご馳走(フェニックスの焼き鳥!)をいただくべく、ホクホク顔で戦利品を担ぎ上げた。
お師匠様の里で振る舞われた『サラマンドラ・フェニックスの溶岩焼き』は、これまでの人生で食べたどんな肉よりも濃厚で、力が体の底から湧いてくるような味がした。
「……うまい。エバー、俺、これならもう一学年留年してもいいくらいだわ」
「ダメだよエル。僕たちは早く二年生になって、もっと自由に動けるようにならないと」
お師匠様から「またいつでも来い」と豪快に見送られ、僕たちは虹色に輝く大量の羽と、解析済みの新術式、そしてパンパンに膨らんだお腹と共にキョウオジンの中心地へと戻った。
研修最終日。
集合場所の広場では、暑さにやられてボロボロになったクラスメイトたちが、幽霊のように馬車に乗り込んでいた。
「あら、エバー君、エル君。……なんだか、行く前よりツヤツヤしてない?」
ペンダントのおかげで元気なセレナが、不思議そうに僕たちをジロジロと見た。
「えへへ、ちょっといい素材が見つかってさ」
「まあ、 さすがね!」
僕たちは、他の生徒が「火トカゲの尻尾一本」で四苦八苦しているのを横目に、次元収納庫に隠した「伝説級の獲物」の重みを感じながら、悠々と馬車に乗り込んだ。
王都への帰り道、馬車の中で僕とエルはこれまでの「一年間」を振り返っていた。
五歳で魔法を習得し、神童と呼ばれてジジーアスから出てきた僕。
火竜をトカゲと間違えて狩り、西の山からやってきたエル。
出会ったばかりの頃は、王都で迷子になって右往左往していたのに。
「……エル、僕たち、少しは強くなれたかな」
「ああ。……でも、ルヴィア様の『部下』になるにゃ、まだ足りねぇ。あの人はもっと高いところにいるからな」
王都に到着し、学園の門をくぐると、そこにはいつものように読書をしながら僕たちの帰りを待っていてくれるルヴィア様の姿があった。
「おかえり、二人とも。……その顔を見る限り、キョウオジンの熱にも負けなかったようだね」
「はい! ルヴィア様、すごいお土産がありますよ!」
「すっげぇ装備作れますよ!」
僕たちが駆け寄ると、ルヴィア様は眩しそうに目を細めて、僕たちの頭を優しく撫でてくれた。
「それは楽しみだね」
ルヴィア様の後に続いて歩き出す。
来年には、ルヴィア様が卒業し、ジジーアスに来られ僕たちの上司になる。それまでのあと一年、僕たちはこの学園でどれだけ高みに登れるだろうか。
夕日に照らされた王立学園の校舎を見上げながら、僕は隣で不敵に笑う相棒と、力強く一歩を踏み出した。




