第25話 1学年最後の実地研修キョウオジン
一学年最後の実地研修。王都の西門から一週間の旅に出た。
目指すはエルの故郷、西辺境伯領「キョウオジン」。
王都を出て数日、峻険な山脈を一つ越えたあたりで、空気の質が劇的に変わった。窓から入り込む風が、まるで巨大なオーブンの蓋を開けた時のような熱気を孕んでいる。
「……あ、暑い。まだ春先なのに、西ってこんなに温度が違うの?」
「言っただろ? キョウオジンは地面の下に火龍の吐息が流れてるんだ。ここから先はもっと上がるぞ」
エルが顔をしかめる中、僕は無詠唱で術式を編み上げた。『大気の冷却・定着』。馬車の内壁に沿って冷たい空気の膜を張ると、車内は一気に避暑地のような涼しさに包まれた。
今回の馬車移動は六人一組。僕とエルの向かいに座っているのは、あの東の事件以来仲良くなったセレナたちの女子四人グループだ。
「……はぁ、助かったわ。エバー君、本当にありがとう。この魔法がなかったら、今頃みんなゆでダコになっていたわね」
セレナがハンカチで額の汗を拭いながら、ホッとしたように微笑む。他の三人の女の子たちも「やっぱりエバー君とエルの馬車を選んで正解だったわね」と口を揃えた。
実は、彼女たちが僕らのグループに入りたいと志願してきたのには、暑さ対策以外の切実な理由があった。
「でも、本当に良かった。エバー君たちなら安心してお昼寝もできるもの。他の馬車だったら、今頃『婚約者狙い』の男子たちに延々と家柄自慢を聞かされて、精神的に干からびていたわ」
「そうそう。キョウオジンに着く前に、プロポーズの予行演習をさせられるところだったわよ」
彼女たちは全員、まだ婚約者が決まっていない。この学園が「将来の伴侶を見つける社交場」である以上、有力な家柄の彼女たちは、野心家な男子生徒たちにとって絶好のターゲットなのだ。
「エバー君とエル君は、私たちのこと『将来の権力』としてじゃなくて、『友達』として見てくれるから。……ね、エル君?」
「え? ああ……。俺、あんたたちの家がどこかなんて、興味ねぇしな。それより、キョウオジンに着いたら美味い『溶岩焼き肉』の店があるんだけどよ……」
「ほらね。やっぱりこの馬車が一番だわ」
セレナたちがクスクスと笑い声を上げる。
婚約者狙いの男子たちの視線は、「なんであの庶民コンビが!」と刺さるように痛いけれど、馬車の中はエルの食い気の話と、僕の冷却魔法のおかげで、この上なく平和で涼やかだった。
「……エル。西の魔獣の話、もっと詳しく教えて。対策を練っておきたいんだ」
「おう。まずは、火を喰って爆発する『ボム・ポーク』の捌き方から教えてやるよ」
熱気を帯びた景色が流れる中、僕たちの馬車は、熱い、熱いキョウオジンへと突き進んでいく。
遂に西の端、キョウオジンに到着した。
馬車の扉を開けた瞬間、サウナの蒸気をぶっかけられたような熱気に襲われたけれど、僕らのグループだけは涼しい顔で地面に降り立った。
「はい、セレナ。これ、約束の品だよ」
僕は馬車の中での暇つぶしに内職して作った『冷風魔法陣のペンダント』を彼女たちに手渡した。魔力を流せば身体全体を冷やしてくれる、僕特製の魔導具だ。
「わあ、すごい……! 本当にひんやりする。エバー君、こういう『痒いところに手が届く』魔導具って、王都のお店には意外と売ってないのよ! ありがとう!」
セレナたちは大喜びで、軍資金から適正価格(ちょっと多めにおまけしてくれた)を払ってくれた。
周囲では、温度差にやられて「……水、水をくれ……」とゾンビみたいにフラフラしている男子生徒たちが大勢いたけれど、僕らには彼らに構っている余裕はなかった。
「よし、エバー! 課題の『火トカゲの捕獲』、一気に片付けるぞ!」
「了解。冷却結界で動きを止めてから、エルの大剣でトドメだね」
僕とエルにとって、この程度の熱気はジジーアスの地獄の特訓に比べれば「ちょっと不快な環境」でしかない。
教官が驚くほどの速さでノルマの火トカゲを狩り終えると、僕たちは「自主学習」という名目で、クラスメイトたちが手出しできない火山の奥地へと嬉々としながら踏み込んでいった。
「エル、見て! あの『溶岩大亀』の甲羅、耐熱性が凄まじいよ! これがあれば、将来ジジーアスで山岳地帯の調査をする時に、ルヴィア様用の最高級防具が作れる!」
「おう! あっちの『火炎鳥』の羽もいいぞ! あれを外套に織り込めば、雪の中でも体温を逃がさない最強の冬服になるはずだ!」
僕たちの頭の中は、今や「将来の上司」であるルヴィア様と、自分たちがジジーアスで快適に過ごすための装備素材集めでいっぱいだった。
キョウオジンの魔獣たちは、北とは正反対の属性を持っている。ここでしか手に入らない素材は、僕らにとって宝の山だ。
「『重力圧縮』! 逃がさないよ、その甲羅は僕らがもらう!」
「ははっ! 王都の奴らが見たら卒倒するような獲物だが、ジジーアスへの土産にゃ最高だぜ!」
熱風に吹かれ、汗を流しながらも、僕とエルは笑いが止まらなかった。
他の生徒たちが地獄だと嘆くこの場所で、僕たちは将来の「理想の職場環境」を作るために、今日も元気に魔獣を追いかけ回している。




