第24話 三学期
三学期が始まり、いつもの図書室。
窓の外にはまだ冬の気配が残っていたけれど、ルヴィア様が座るその席だけは、春の日差しが差しているように暖かかった。
「ルヴィア様、明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
僕とエルが元気に挨拶すると、ルヴィア様はいつものキラキラとした笑顔で僕たちを迎え入れてくれた。
「おめでとう。二人とも、あの屋根裏部屋で無事に越年できたようだね」
「……あ、やっぱりバレてましたか。でも、あそこから見た花火は最高でした」
そんな世間話をしながら、僕はふと思い出したことを口にした。
「そういえばルヴィア様、今年は四月になったらリリアンヌ様も入学されるんですよね? 僕たち、今から楽しみにしてるんです」
リリアンヌ様がいれば、この学園はもっと華やかになる。何より、ルヴィア様も嬉しいはずだ……そう思っていたのだけれど。
「いや、彼女はこの学園には入学しないよ」
「……えっ?」
「は?」
ルヴィア様の意外な一言に、僕とエルの動きが止まった。
「そもそも、このグランド王立学園はね、学問を修めるのはもちろんだけど、将来の『就職先』や『婚約者』を見つけるための社交場という側面が強いんだ。リリアンヌはすでに私の婚約者だし、彼女の教育はジジーアスで十分に行われているからね」
「えっと……じゃあ、ルヴィア様は卒業したらどうされるんですか? 王城で陛下のお手伝いを……」
「いや。私は卒業したら、ジジーアス辺境伯家に婿入りすることが決まっている。……つまりエバー、私は君の将来の主、直接の上司になるということだね」
「……じ、じょうし」
頭の中が真っ白になった。
僕の故郷のジジーアスに、あのキラキラしたルヴィア様がやってくる。しかも、僕の「上司」として。
「えっ、じゃあ俺は? 俺もジジーアスに行けば、またルヴィア様の下で働けるのか?」
エルが食い気味に尋ねると、ルヴィア様は楽しそうに頷いた。
「もちろんだよ。君たちのような優秀な人材を、私が手放すはずがないだろう? 卒業後は二人とも、私の直属としてジジーアスの守りを固めてもらうつもりだ」
……初めて聞いた事実に、僕とエルは同時に遠い目になった。
てっきり王都で出世の階段を上る人だと思っていた先輩が、僕たちの田舎の、あの魔獣だらけのジジーアスにやってくる。
「……あの、ルヴィア様。ジジーアスは王都みたいに美味しいタルトのお店、ないですよ?」
「ふふ、なら君たちが作ればいい。あるいは、私たちが新しい流行を作ろうか」
あまりに前向きな「上司」の言葉。
学園生活の先に待っているのが、まさかの「故郷での再会」だったなんて。
「……エル。僕たち、もっと頑張らないといけないみたいだね」
「ああ。……まずは、卒業までにルヴィア様を満足させるタルト職人をジジーアスに拉致する計画から始めるか」
僕たちの学園生活は、まだ半分以上残っている。
けれど、その先に待っている未来が、意外なほど身近で、そしてとてつもなく騒がしくなることだけは、はっきりと理解できた三学期の始まりだった。
新学期早々の実力判定試験は、もはや僕たちにとって「恒例行事」みたいなものだった。
ルヴィア様に叩き込まれた基礎と、冬休みの屋根裏部屋での自主練のおかげで、僕は首席、エルは次席を問題なくキープ。もはや周囲の嫉妬の視線も、心地よいBGMくらいにしか感じなくなっていた。
「よし、試験も終わったし、あとは一年の締めくくりだな!」
掲示板の前でエルが不敵に笑う。そう、一学年の最後を飾る大きな行事――『学年末・広域実地研修』の行き先が発表されたんだ。
「……えっ。エル、見て。場所、ここ」
僕が指差した掲示板の文字を見て、エルが「げっ」と短い声を上げた。
【実地研修先:西辺境伯領・キョウオジン】
「……マジかよ。よりによって俺の故郷かよ」
エルが顔を引きつらせる。
キョウオジン。西の端に位置し、四方を険しい山々に囲まれた「天然の蒸し風呂」とも称される灼熱の地。そして、エルのあの野性味あふれる剣技を育んだ、猛者たちの故郷だ。
「エルが冬休みに『夏は地獄だ』って言ってたところだよね。……今はまだ春先だけど、やっぱり暑いの?」
「暑いなんてレベルじゃねぇぞ。山から吹き下ろす風が、常に焚き火の熱気みたいなんだ。それに、あそこの魔獣は北の奴らみたいに『凍らせて止める』なんて通じねぇ。みんな火属性に耐性があるからな」
エルは頭を抱えているけれど、僕は少しだけワクワクしていた。
西のキョウオジンでは、どんな新しい魔法や戦いが見られるんだろう。
「……ま、いいさ。エバー、お前には俺の故郷の『本当のヤバさ』をたっぷり味わわせてやるよ。北の連峰が天国に見えるくらいのな」
「望むところだよ。……あ、でもエル。キョウオジンには、美味しいスイーツあるかな?」
「あるわけねぇだろ! あそこにあるのは、激辛の干し肉と、溶岩で焼いたみたいな堅パンだけだ!」
……どうやら、今回の研修も一筋縄ではいかなそうだ。
僕たちは、ルヴィア様に「行ってきます」の挨拶をするのもそこそこに、西への遠征準備に取り掛かった。
王都グランヴェルの西の門を抜けて、馬車で一週間。
エルの故郷であり、グランド王国の「盾」のもう一方の雄、キョウオジン。
僕たち一年生の、最後の試練が始まろうとしていた。




