第18話 ルヴィア様からの依頼
「……エバー、エル。動けない私や、身動きの取れない王国騎士団に代わって、東の状況を見てきてくれないだろうか」
王城の密室内で、ルヴィア様は絞り出すような声で僕たちにそう打診された。
陛下と共に学園祭から戻られたものの、城内は爆発の事後処理と厳戒態勢で麻痺している。さらに内通者の懸念まである今、正規の騎士団を動かせば敵に手の内を晒すことになりかねない。
「東の辺境伯がダッファーデンと通じている可能性が極めて高いんだ。だが、君たちのような『冒険者』なら、国の制約を受けずに動ける」
ルヴィア様の話によれば、ジジーアス辺境伯様にはすでに連絡済みで、僕たちの派遣についても「私の自慢の領民だ、好きに使いなさい」と快諾してくださっているとのこと。ルヴィア様は、僕たちの学園の休学届まで手配してくれるという。
「これは王命ではない。一人の女子生徒を故郷へ送り届けるという、ギルドを通じた正式な依頼だ。……だが、くれぐれも無理はしないでくれ。危ないと思ったら、任務を放り出して逃げて構わない」
ルヴィア様の手が、僕たちの肩に置かれた。その瞳には、皇子としての責任感と、友人としての深い心配が入り混じっている。
「……分かりました、ルヴィア様。僕たちに任せてください」
「おう、お嬢様を無事に送り届けて、ついでにダッファーデンの連中に目に物見せてやるよ」
ルヴィア様からたっぷりと渡された軍資金――金貨の詰まった重い革袋を受け取り、僕たちは王城を後にした。
翌日、僕とエルは、不安で顔を強張らせている女子生徒と合流した。
「エバー君、エル君……本当に、私と一緒に来てくれるの?」
「ああ。君を無事に実家まで送り届けるのが、僕たちの今回の『依頼』だからね」
僕は馬車の車輪に加速の術式を刻み、エルは大剣を背負い直す。
王都の喧騒を背に、僕たちの馬車は東の空へと突き進んだ。
ルヴィア様が守ろうとしているこの国を、そして僕たちの「日常」を壊そうとする火種を、野放しにはさせない。
東の子爵領へ向けて馬車を走らせながら、僕は向かいに座る彼女に、改めて東がどんな場所なのか尋ねてみることにした。僕は北の人間だし、エルも西のキョウオジンの出身だから、東の風土についてはあまり詳しくない。
「これから向かう君の故郷は、どんな所なの? 地形や、街の雰囲気とか……何でもいいから教えてくれるかな」
僕は膝に広げた地図を見つめながら、これから向かう東辺境伯領キノババと自国の形を新ためて確認した。
「……こうして見ると、僕たちのグランド王国って、本当に独特な形をしているんだね」
僕の言葉に、向かいに座る彼女が少しだけ顔を上げて頷いた。
グランド王国は、大陸の西端に瘤のように突き出した半島状の国だ。北、南、西の三方は海。そして大陸側との境界には、険しいアルバス連峰が壁のようにそびえ立っている。
「ええ。唯一、陸路で大陸と繋がっているのが、これから向かう東のキノババ辺境伯領なんです。そこだけが、我が国の『窓口』なのよ……私の家がある子爵領は、王都と東辺境を結ぶ街道沿いにある、とても穏やかな場所なの。北のジジーアスと違って雪はほとんど降らなくて、一年中、花の香りがするような温暖な気候なのよ。特産品は蜂蜜と刺繍で……領民たちもみんな、のんびりしていて」
「花の香りか。綺麗だな」
エルが少し緊張を和らげようと口を挟むと、彼女は小さく微笑んで頷いた。
「ええ、本当に綺麗なの。でも、その平穏な子爵領のすぐ先に、東の辺境伯領があるわ。あそこは……この国でも一番の『鉄の街』。隣国ダッファーデンとの国境にそびえる巨大な岩壁を背にした、不落の要塞都市よ」
「……鉄の街」
「はい。東辺境伯家は代々、王国の盾として、ダッファーデンと向き合ってきました。街の至る所に工房があって、昼夜を問わず武器を作る槌の音が響いている……。私たちの領地は、その要塞に食料や物資を届けるための、いわば『庭』のような場所なんです」
彼女の話によれば、東は「豊かな平原」と「無機質な鉄の要塞」が隣り合わせになっている場所らしい。
「キノババが動くには、君の実家である子爵領が重要なんだ。街道沿いにある君の家は、キノババの兵糧だから絶対に抑えて起きたいんだね」
「……はい。だからこそ、私を呼び戻して『人質』にしようとしているのかもしれません。お父様が、辺境伯様に逆らえないように……」
「逆に言えばそこを敵に押さえられたら、俺たちは袋のネズミってことか」
エルの言葉に、車内の空気が一段と冷え込む。
唯一の陸路の要衝、キノババ。そこを守るべき辺境伯が、隣国ダッファーデンと手を組んだとしたら。それは王国という家の「玄関の鍵」を敵に渡したも同然だ。
「ルヴィア様が仰っていた通りだね。キノババが動けば、王都グランヴェルは孤立する。……だからこそ、君の実家である子爵領が重要なんだ。街道沿いにある君の家は、キノババへ向かう軍や物資が必ず通る場所だから」
「……はい。だからこそ、私を呼び戻して『人質』にしようとしているのかもしれません。お父様が、辺境伯様に逆らえないように……」
彼女は震える手で、窓の外を流れる景色を見つめている。
「お父様からの手紙にあった『行儀見習い』で行くはずの場所は、その要塞の中でも一番奥にある、辺境伯様の居城なの。あそこは高い壁に囲まれていて、一度中に入ったら、外の様子は全く分からなくなってしまう……」
彼女がまた不安そうに俯く。
「地形は分かったよ。要塞都市なら、隠れる場所は多そうだね。エル、力押しじゃなくて、入り組んだ街路を利用することになるかもしれない」
「おう。ジジーアスの山奥よりはマシだろうが、鉄臭い街ってのは、俺の剣が試されてる気がしてゾクゾクするぜ」
僕は彼女を安心させるように、もう一度力強く頷いた。
美しい花の領地が、鉄の軍靴に踏みにじられる前に。僕たちは馬車をさらに東へと急がせた。




