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エバー・メイルの領地改革  作者: 小兎


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第17話 不穏な影


寮の部屋に戻ると、僕はすぐに机に向かった。昨日、今日と冒険者ギルドで掴んだ「ダッファーデンの軍備増強」という情報は、一刻も早く故郷に伝えなければならない。王都の箝口令が敷かれている今、通常の伝令がいつ止まるかも分からないからだ。


「……これを使う時が来たね」


僕は荷物の奥底から、手のひらサイズの小さな石造りの台座を取り出した。


ジジーアスにいた頃、遊び半分で研究していた転移魔法の魔導具だ。転移魔法は普通固定されていて周囲の魔力を吸収蓄積させて使用する。

これは改良版。小さく持ち運び出来る。ただとんでもなく燃費が悪い。

一回送るのにCランクの魔石一個分もの魔力を使い切るくせに、送れるのは紙切れ一枚程度。効率が極まりなく悪すぎて「失敗作」扱いしていたけれど、手紙一通を即座に届けるなら、これ以上の手段はない。


二個で対になっていて、もう片方はジジーアス辺境伯騎士団の隊長が持っている。


僕は震える手で、ダッファーデンの動き、王都の現状、そして「北の守りを固めてほしい」という内容を一枚の薄い紙に書いた。


「頼むよ。……発動」


台座にCランクの魔石を嵌め込み、術式を起動させる。

バチバチッ! と激しい魔力の火花が散り、台座の上に置いた手紙が、光の粒子となって一瞬で消え去った。


「……ふぅ。これで、ジジーアスの皆にも伝わったはずだ」


魔力を吸い尽くされて空っぽになった魔石を片付け、僕は窓の外を見た。

王都の街はまだ平穏を装っているけれど、僕が今送ったこの手紙が、辺境伯領を、そしてそこに住む人達を守るためになることを願わずにはいられなかった。


「エバー、終わったか?」


扉を叩いて入ってきたエルが、空っぽになった魔石を見て察したように頷いた。


翌朝、学園へ登校しても、空気は重く沈んだままだった。教室に教官は現れるものの、告げられるのは昨日と同じ「自習」の指示だけ。箝口令の影響か、廊下ですれ違う教師たちも、僕たちと視線を合わせようとはしない。


「……なぁ、エバー。このままじゃ埒が明かねぇぞ」


「うん。ルヴィア様とどうにかして連絡を取る手段がないか、担任の先生に直接聞きに行こう」


僕とエルは意を決して、重い足取りで職員室へと向かった。

そうしたら職員室の大きな扉の前で、一人の女子生徒が立ち尽くしているのが見えた。一学期の実習で助けた、あの女子グループの一人だ。彼女は扉に手をかけようとしては戻し、ひどく不安そうな顔で迷っている。


「……あ、エバー君。それにエル君も」


声をかけると、彼女は縋り付くような表情で僕たちを見た。


「相談に乗ってほしいの。……さっき、実家から手紙が届いたんだけど」


人目を避けるように廊下の隅へ移動すると、彼女は震える手で一枚の手紙を差し出した。


彼女の実家は、東の子爵家。代々、東の辺境伯の寄子よりことして仕えている家系だという。


「手紙には、『東の辺境伯家への行儀見習いが正式に決まったから、至急実家に戻るように』って書いてあったの。でも、こんな時期に急に決まるなんておかしいわ。まるでお城の爆発を知っていて、私を呼び戻そうとしているみたいで……」


「……東の子爵家から、東の辺境伯家へ、か」


エルの呟きに、僕の背筋が冷たくなった。昨日、冒険者ギルドで聞いた噂が脳裏をよぎる。東の隣国ダッファーデンが武器と傭兵を集めているという話。

その東の守りの要であるはずの辺境伯家が、このタイミングで寄子の娘を呼び寄せている。それがただの親心なのか、それとも、もっと不穏な……例えば「人質」のような意味を含んでいるのか。


「……ねぇ、私、帰ったほうがいいのかしら。でも、もし何かあったら、もう二度と学園には戻れない気がして……」


彼女の潤んだ瞳を見て、僕は確信した。

王都の沈黙は、もう限界だ。ルヴィア様に連絡を取ることも大切だけど、目の前の友達に迫っている危機も、見過ごすわけにはいかない。


「……分かった。その相談、僕たちが預かるよ。まずは、その手紙が本当に君のお父さんから出されたものか、僕の魔法で調べてみてもいいかな?」


平穏を装った学園の中で、また一つ、濁った渦が広がり始めていた。


「……見せて。少しだけ魔法で調べさせてほしい」


彼女から預かった手紙に指を触れ、精神を集中させる。ジジーアスのブートキャンプで叩き込まれた、微細な魔力の揺らぎを感知する技術。


紙の繊維の奥に隠された、送り主の「残留魔力」を辿る。


「……これ、多分偽物だ」


僕の言葉に、彼女が息を呑んだ。


「この紙には『強制的な帰還』を促す精神干渉の暗示が薄く掛けられてる。君のお父上は娘にそういう魔法を掛けるような方なのかな?」



「いいえ! お父様はそんな事なさる人じゃないわ! え、……。じゃあ、お父様や実家はどうなっちゃったの!?」


「おそらく、東の辺境伯領は何者かに掌握されてる可能性がある。君を呼び戻して、人質にするつもりなのかも」


エルの拳が、壁を低く叩いた。


「クソッ、学園の中まで手を回してやがるのか。エバー、こうなったらルヴィア様に直接伝えるしかねぇぞ。城の結界、ブチ抜いてでもな!」


「……いや、結界を壊したらまずい護りが手薄になる。どうしようか・・・」


東の辺境伯領で何かが起きている。僕たちはすぐにルヴィア様に報告したかったが、王城が厳戒態勢にある今、下手は動けない。


「……ルヴィア様へ直接は無理でも、あの方を経由すればもしかしたら届くかもしれない」


僕が思い至ったのは、ジジーアス辺境伯様の御令嬢、リリアンヌ様だ。彼女はルヴィア様の婚約者だ。辺境伯家と王宮を結ぶ正規の通信手段や、リリアンヌ様個人が持つ「愛のメッセージ」用の魔導通信なら、今の王都の鉄壁の遮断結界も、逆にお咎めなしで通り抜けることができるかもしれない。


僕は例の転移台座を使い、まずはジジーアスのリリアンヌ様へ向けて、東の子爵家から届いた不審な手紙の件、そして学園の異常な沈黙を書き送った。


『リリアンヌ様。どうかこの情報を、城内のルヴィア様へ。東で不穏な動きがあります』


祈るような気持ちで過ごした、翌々日の朝。

自習中の教室に、銀の刺繍が入った豪奢な礼服を着た王宮の使者が現れた。


「魔法学科一年、エバー・メイル。戦術学科一年、エル。……両名は至急、王城へ参内せよ。第六皇子ルヴィア殿下の召喚である」


静まり返っていた教室が、一気にざわめきに包まれた。


「おい、あの二人、本当にお城に呼ばれたぞ……」


というクラスメイトたちの声を背に、僕とエルは顔を見合わせた。


リリアンヌ様が、繋いでくれたんだ。


使者の案内で学園の正門を出ると、そこにはルヴィア様の紋章が入った馬車が待っていた。


「……エル、準備はいい?」


「ああ。腰の剣は預けなきゃならねぇだろうが、拳と勘は持っていくぜ」


馬車は、崩落した西の尖塔の傷跡が生々しい王城へと入って行く。

重厚な城門をいくつもくぐり、鎧の擦れる音と鋭い視線が飛び交う厳戒態勢の廊下を歩いて、僕たちは最奥にあるルヴィア様の私室へと通された。


「……よく来てくれた、二人とも。急に呼び出して済まない」


扉が開いた先にいたルヴィア様は、学園祭の時よりも少し痩せたように見えたけれど、その瞳には強い意志の光が宿っていた。


「リリアンヌから手紙を受け取ったよ。……エバー、君が知らせてくれた東の件、私の調査結果と合致した。事態は、私たちが思っている以上に深刻だ」


ルヴィア様は机の上に、東の地図を広げた。



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