第15話 学園祭
二学期が始まって数週間。学園は一気に「学園祭」のお祭りモードに突入した。
僕たちのクラスの出し物は、魔法学科と戦術学科が合同で行う『実演演習・模擬討伐劇』だ。
「メイル君、ここの術式構成、もっと派手に光らせられる? 観客席からも見えるように!」
「あ、うん。火球の表面に光素を薄く展開すれば、爆発音なしで輝度だけ上げられるよ」
準備を進める中で、一学期の実習で結界を張ってあげた女子グループのみんなが、積極的に手伝ってくれるようになった。
「スイーツの情報のお礼よ!」なんて言いながら、彼女たちは衣装の修繕や小道具の魔法付与をテキパキとこなしてくれる。一時期は「不気味な庶民コンビ」なんて遠巻きにされていた僕らだけど、今は彼女たちのおかげで、クラスの輪の中に居場所ができつつあった。
「……なぁ、エバー。あいつら、俺の剣を『もっとキラキラさせて』とか言うんだぜ? 剣は斬るもんだろ……」
エルが慣れない装飾用のマントに四苦八苦しながら、僕の隣でこっそり愚痴をこぼす。
「いいじゃない、エル。これも『実演』のうちだよ。かっこよく見せるのも技術だよってルヴィア様も言ってたし」
「……ま、お前がそう言うならな」
エルは相変わらず不愛想だけど、女子たちに「エル君、背が高いから高い所の幕を張って!」と頼まれると、文句を言いながらもひょいひょいと手伝っている。
平和で、賑やかで、王都の学園らしい華やかな光景。
……でも、その賑わいの裏側で、僕の肌はチリチリとした違和感を覚えていた。
学園祭の準備期間は、資材の搬入や業者の出入りが激しく、外部の人間が簡単に校内へ入り込める。
ふとした瞬間にすれ違う、庭師を装った男の歩き方。
資材置き場の陰で、不自然に視線を逸らした荷運びの男の指のタコ。
(……あ。あの歩き方、ジジーアスの山に潜んでいた隠密と同じだ)
僕は無意識に、エルの袖を引いた。
僕の視線の先を見たエルも、その野性の勘で即座に察したらしい。さっきまでの緩んだ空気が一瞬で消え、エルの瞳が獲物を狙う「狩人」のそれに変わった。
「……エバー。三匹。いや、五匹か。ネズミが紛れ込んでんな」
「うん。……しかも、ただの泥棒じゃない。魔力の波長を殺す、高価な隠蔽石を持ってる」
女子たちが笑い声を上げながら背景画を塗っているすぐ側を、不穏な気配が音もなく通り過ぎていく。
学園祭という華やかな舞台の裏で、誰かが何かを仕掛けようとしている。
「……エバー、どうする?」
「先ずはルヴィア様に報告だね」
ジジーアスの地獄の特訓を経て、僕たちの感覚はかつてないほど研ぎ澄まされている。
学園祭当日まで、あと数日。
僕たちの「演習」は、どうやら舞台の上だけでは済みそうになかった。
学園祭の浮かれた空気の中、僕とエルの背筋だけが冷たいままだ。
作業の合間を縫って、僕たちは図書室のいつもの奥まった席で待っていてくれたルヴィア様のもとへ駆け込んだ。
「ルヴィア様、お耳に入れたいことが……。学園祭の資材搬入業者の中に、不審な動きをする者が数名紛れ込んでいます。歩き方や視線の配り方が、一般の職人ではありません」
僕が小声で切り出すと、ルヴィア様のいつものキラキラとした穏やかな表情が、一瞬で「王族」の険しいものに切り替わった。
「……やはり、君たちも気づいたか。察しがいいね、エバー、エル」
ルヴィア様は周囲に誰もいないことを魔力探査で確認すると、机の上に広げていた本の間に、一枚の極秘文書のような紙を滑り込ませた。
「実は、王室を狙う過激派組織『逆さの冠』が、この学園祭を狙って大規模なテロを計画しているという情報を掴んでいるんだ。彼らの狙いは、学園祭に視察に来る父上——国王陛下、あるい高位貴族の令嬢たちの誘拐だ」
「国王陛下を……!? そんな、警備は何をしてるんですか」
エルの驚きの声に、ルヴィア様は苦い顔で首を振った。
「近衛騎士団も動いている。けれど、相手は学園内部の構造を熟知している協力者がいる可能性が高い。表立って軍を動かせば、ネズミたちは地下へ潜り、本番まで姿を現さないだろう。……そこでだ」
ルヴィア様は僕たちの目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、深い信頼が宿っている。
「エバー、エル。君たちに裏の任務を託したい。学園祭の準備を装いながら、校内の不審者を特定し、必要ならば『音もなく』無力化してほしいんだ。騎士団が動けない死角を、君たちの辺境仕込みの感覚で埋めてほしい」
「……僕たちに、ですか?」
「ああ。君たちなら、劇の練習だと言い張ればどこにいても怪しまれない。……これは王族からの、そして君たちの『友人』としての頼みだ。学園の平和を、そして父上達を守ってくれないか?」
「……わかりました、ルヴィア様。俺たちの劇の初日は、血生臭い舞台にはさせませんよ」
エルが短剣の鞘をカチリと鳴らす。僕も深く頷いた。
「魔法学科の仕掛けに紛れ込ませて、探知結界を全域に張り巡らせます。一匹のネズミも、僕の網からは逃がしません」
ルヴィア様は安堵したように微笑み、僕たちの手を力強く握った。
「ありがとう。……報酬は、王都で一番高いお菓子を、お店ごと買い占めるくらいの金貨を用意させよう。……頼んだよ」
裏の任務。学園祭の華やかな舞台裏で、僕たちの「本当の演習」が始まったんだ。




