第13話 僕たちの地獄はまだまだこれからだ
「フロスト・ドラゴンスピリット」との死闘から数日。
僕とエルは、抜け殻のようになっていた。
正確には、魂がまだあの極寒の戦場に置き去りにされているような感覚だ。僕たちが必死に背中を追いかけた騎士団の先輩たち、そして一撃で天を裂いた辺境伯様の圧倒的な「武」。
王都の学園で「首席」だ「次席」だのと持て囃されていた自分が、どれほど小さな井戸の中の蛙だったか。
「……もっと、強くならなきゃな、エバー」
「うん。……魔法の構成も、もっと練り直さないと。あんな冷気の前じゃ、僕の結界なんて紙切れ同然だったよ」
実家の前で、エルと二人、ボロボロになった装備を手入れしながら誓い合った。
弟のロイと妹のミナが「お兄ちゃんたち、もう行っちゃうの?」と裾を引く。母さんが持たせてくれた大量の干し肉と、父さんが「お守りだ」と手渡してくれた小さな魔石。
成長できた気がする。いや、正しく「自分の弱さを知った」という意味で、これまでの人生で一番濃い夏休みだった。
帰り道も、ありがたいことにルヴィア様の特製馬車に同乗させていただくことになった。
行きよりもずっと重みのある、けれど清々しい気持ちでジジーアスの山並みを後にする。
馬車のふかふかの座席に揺られながら、僕とエルは窓の外を流れる景色をぼーっと眺めていた。脳裏にはまだ、蒼い炎を纏った辺境伯様の剣筋が焼き付いている。
「…………」
「…………」
二人して廃人のように無言で揺られていると、向かいの席で優雅に読書をしていたルヴィア様が、ふと本を閉じて僕たちを見た。
「二人とも、ジジーアスでの経験がよほど衝撃的だったみたいだね。顔つきが、来る前とは別人のようだよ」
「……はい。自分たちが、どれだけ未熟か思い知らされました」
「俺、王都に帰ったらまた一から鍛え直すつもりっす……」
殊勝に答える僕たちに、ルヴィア様は聖母のような……いや、今思えば少しだけ「いたずらっ子」のような、キラキラとした微笑みを向けた。
「その意気込みは素晴らしいね。……ところで、二人とも。まさかとは思うけれど、ちゃんと『夏休みの課題』と『自主学習』は進めていたかな?」
「……えっ?」
「は?」
僕とエルの動きが、同時に止まった。
「休み明けの初日、すぐに『夏季休暇実力判定試験』があるのは知っているよね? 順位が落ちると、奨学金の継続や専攻の維持に響くはずだけど……まさか、一ヶ月間ずっと泥を啜って魔獣を追いかけていただけ、なんてことはないよね?」
「あ……」
「…………あ」
血の気が引く音がした。
ブートキャンプでしごかれ、死闘で命を削り、頭の中は「いかに生き残るか」と「次は何の肉を食うか」で埋め尽くされていた。教科書? 魔導理論のレポート? ……そんなもの、フロスト・ドラゴンのブレスと一緒にどこかへ吹き飛んでいた。
「あ、アワアワ……エ、エル! 課題、どこにやったっけ!?」
「知るかよ! 俺、剣の素振り以外にペンなんて一度も握ってねぇぞ!!」
「ふふ、あと三日で王都だ。馬車の中なら、私が家庭教師をしてあげられるよ。……地獄の特訓、第二ラウンドかな?」
ルヴィア様のキラキラした笑顔が、今はどの魔獣よりも恐ろしく見えた。
僕たちの「戦い」は、まだ終わっていなかったんだ。




