第10話 故郷の空と雪の姫君
実家で一夜を過ごした翌朝。
窓を開けた瞬間、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
王都では朝から汗ばむ日も多かったけれど、ここジジーアスでは夏でも吐く息が少し白い。
遠くには万年雪を戴く連峰。
青空の下で輝く白銀の山並みは、やっぱり何度見ても故郷そのものだった。
「やっぱり落ち着くなぁ……」
思わず呟く。
すると隣の部屋から勢いよく扉が開いた。
「エバー!」
飛び出してきたのは当然エルだ。
「今日は狩りだろ!? お前が昔通ってたっていう北の連峰に連れてけ!」
朝食前から元気だった。
「まだ朝なんだけど……」
「だからだよ!」
エルは大剣を担いで笑う。
「せっかくジジーアスまで来たんだ。辺境の本気を見せてもらわねぇとな!」
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村の裏手から続く山道を登る。
標高が上がるにつれて雪が増えていく。
真夏だというのに辺りには雪原が広がり、吐く息も白くなった。
「すげぇな……」
エルが感心したように辺りを見回す。
「王都じゃ考えられねぇ」
「だから農業が大変なんだよ」
僕は苦笑した。
「作物は育たないし、冬はもっと厳しいしね」
「よくこんな場所で生きてるな」
「僕もそう思う」
本当にそう思う。
だからこそ。
いつかこの土地をもっと住みやすくしたい。
そんな気持ちが自然と胸に浮かんだ。
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それから数時間。
僕たちは次々と魔獣を狩っていた。
雪狼。
氷角鹿。
霜熊。
どれも王都近郊なら高ランク扱いされる魔獣ばかりだ。
だが今の僕とエルにとっては脅威ではない。
「右!」
「任せろ!」
エルの大剣が一閃する。
巨大な霜熊の首が宙を舞った。
同時に僕が重力魔法で転倒を防ぎ、素材を傷つけないよう支える。
完璧な連携だった。
気付けば背嚢は高級素材でいっぱいになっていた。
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その時だった。
「……エバー」
エルの声が真剣になる。
「どうしたの?」
「村の方見ろ」
僕は振り返った。
遠く。
麓の村の方向。
そこに土煙が上がっていた。
僕の表情が変わる。
「行こう」
「おう!」
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雪原を蹴る。
木々を飛び越える。
全力疾走。
そして村へ到着した僕たちが見たものは――
絶望だった。
広場の中央。
巨人がいた。
全長六メートルを超える氷の怪物。
ランクB+。
フロスト・ギガント。
本来ならもっと北の氷河地帯にしか現れない魔獣だ。
自警団の人たちが必死に槍を構えている。
けれど武器が通用する相手ではない。
このままでは村が壊滅する。
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「どいてください!」
僕は叫んだ。
父さんが振り返る。
「エバー!?」
「下がって!」
その瞬間。
魔法を発動する。
『重力崩壊』
巨人の足元だけを押し潰す。
轟音。
地面が陥没した。
「グォォォォ!?」
巨体が膝をつく。
その一瞬。
エルが踏み込んだ。
「邪魔なんだよ!」
凄まじい遠心力を伴って、大剣が横薙ぎに振るわれた。
白銀の軌跡。
次の瞬間。
巨大な首が宙を舞っていた。
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静寂。
誰も動かない。
数秒前まで村を滅ぼしかけていた怪物は、ただの巨大な肉塊になっていた。
父さんが呆然と呟く。
「……今のが」
村長も震えた声で続けた。
「フロスト・ギガント……だよな?」
「そうですよ」
僕が答える。
「危なかったですね」
その言葉に村人たちが一斉に叫んだ。
「危なかったですねじゃねぇ!」
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その夜。
村は祭りになった。
巨大なギガント肉が豪快に焼かれ、焚き火が夜空を照らす。
僕が送った仕送りの話。
王都での話。
学園の話。
そしてスイーツの話。
村人たちは何度も笑った。
父さんは酒を飲みながら泣いていた。
母さんも何度も僕の頭を撫でてくる。
そして。
揺り籠の中では双子のロイとミナがすやすや眠っていた。
その姿を見ているだけで、不思議と胸が温かくなる。
守りたい。
そう思った。
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翌日。
僕たちはフロスト・ギガントの最上級素材を持って領都へ向かった。
辺境伯様への報告のためだ。
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「ほう」
執務室で素材を見た辺境伯様が目を細めた。
「村を襲ったフロスト・ギガントを討伐したのか」
「はい」
「迅速な対応だった」
辺境伯様は大きく頷く。
「村を守った功績、見事である」
そして笑った。
「やはり君たちは我がジジーアスの誇りだな」
その言葉は王都で褒められるより嬉しかった。
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「さて」
辺境伯様が話題を変える。
「今夜、屋敷で食事会を開く」
嫌な予感がした。
「ルヴィア殿下も出席される」
予感が当たった。
さらに。
「娘もぜひ会いたいと言っていてな」
僕とエルは固まった。
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夜。
僕たちは学園の制服を着て屋敷へ向かった。
唯一持っている正装だった。
「なぁエバー」
エルが小声で言う。
「帰りたい」
「今さら?」
「Bランク魔獣より緊張する」
「わかる」
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重厚な扉が開く。
そして。
僕たちは言葉を失った。
上座にはルヴィア様。
そしてその隣。
白銀の髪。
透き通る青い瞳。
雪のような白いドレス。
まるで冬そのものを形にしたような少女が座っていた。
ジジーアス辺境伯令嬢。
リリエンヌ様。
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「お父様から伺っておりますわ」
鈴のような声が響く。
「エバーさん。エルさん」
優雅に微笑む。
「ルヴィア様を道中お守りくださり、本当にありがとうございました」
その笑顔は美しかった。
けれど。
それ以上に品があった。
王都で見た貴族令嬢たちとは何かが違う。
雪原のように静かで。
凛としていて。
自然と背筋が伸びる。
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隣を見る。
エルが固まっていた。
完全に固まっていた。
「エル?」
「……」
「エル?」
「……あ、あの」
声が裏返った。
「め、滅相もねぇです!」
誰だ。
今しゃべったの。
僕は思わず吹き出しそうになる。
普段ならBランク魔獣に突撃する男が、美少女一人で戦闘不能になっていた。
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「ふふっ」
リリエンヌ様が笑う。
「エルさんは面白い方ですね」
その瞬間。
エルの顔が真っ赤になった。
もう駄目だった。
完全敗北である。
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「さあ」
ルヴィア様が楽しそうに言った。
「今日は君たちの武勇伝を聞かせてくれるかな?」
テーブルには豪華な料理が並んでいる。
メインは昨日討伐したフロスト・ギガントの最高級フィレ肉。
そして向かいにはルヴィア様とリリエンヌ様。
まるで絵本の中から出てきたようなお二人だった。
僕は思った。
この夏休み。
まだ始まったばかりなのに。
きっと、とんでもなく賑やかなものになる――と。




