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潮時を読むだけの女はいらないと言われましたが王都の婚礼水門は開けません  作者: むむさん


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8/10

第8話 公開水門審理

第四橋広場に戻るころ、祭りの色はすっかり褪せていた。


青い旗は濡れて重く垂れ、焼き菓子の屋台は火を落としている。見物人は帰らなかった。むしろ増えていた。水門の事故を見た者が隣人を呼び、下町の者が仕事の手を止め、商会の使いが帳面を抱えて走ってくる。


審理台の上には、証拠が並んだ。


欠けた第四封鉛札。青い房飾りから外した鉛片。マルタの橋鐘板。新暦帳。母の旧暦帳。染物屋の請求書。洗濯場の床板帳。婚礼船から出た護岸粉の小袋。


華やかな恋の審理ではない。


けれどミレーナには、どんな宝石箱より重みがあった。


証拠の一つ一つは、持ち主の手の匂いを残していた。橋鐘板にはマルタの煙草の匂い。請求書には藍と酢。床板帳には石鹸と湿った木。護岸粉の袋だけが、妙に乾いて白々しい。貴族の夜会では嫌われる匂いばかりだろう。けれど王都を動かしているのは、そういう匂いのするものだった。


エリオが審理再開を告げる。


彼の前に置かれた銀章は、朝よりくすんで見えた。泥水の飛沫を受け、細い溝に汚れが残っている。それを拭かずに置いたままにしているのが、ミレーナにはよかった。今日の監査に、汚れていない印など似合わない。


「まず封鉛札から確認します。カルヴァ係」


「はい」


ミレーナは札を布の上へ置いた。


「第四正札の欠損部と、花嫁船の房飾りに巻かれていた鉛片は一致します。欠損面は刃物でねじられた形。自然破損ではありません」


「門番長」


ベルトランが進み出る。


「昨夜の交替時、正札に欠けはありませんでした。予備札箱も封印済みでした」


「予備札は」


「紛失。現在も見つかっておりません」


ジュリアンが口を挟んだ。


「門番の管理不備だろう」


ベルトランの太い眉が動いた。だが彼は怒鳴らなかった。


「管理不備なら、門番長の私が責を負います。ただし、封印を破った者は別です」


エリオが頷く。


「次に橋鐘記録。マルタさん」


「昨夜、第三橋を飛ばして第四橋が一つ鳴った。順序違いだ。小舟はロゼル家の紋をつけていた。声の大きな若い男が乗っていた」


「その男を特定できますか」


マルタはジュリアンを見た。


「この坊ちゃんだね。声は顔より老けない」


広場がどっと笑った。ジュリアンは怒りで赤くなったが、反論できなかった。彼の声は、確かによく響く。


「次に無許可積荷」


商会主の一人が立った。昨日までジュリアンの天幕にいた男だ。


「当商会は、婚礼披露に協賛すると聞いていた。護岸粉の運搬については、ロゼル卿から後日水路使用契約を結ぶ予定と説明された。許可が未取得とは知らなかった」


「積荷の所有者は」


「ロゼル水運名義です」


ジュリアンが机を叩いた。


「商談の一部だ。違法ではない」


「婚礼水路は商談荷を運ぶ道ではありません」


ミレーナが言うと、彼は睨んだ。


「君が決めることではない」


「規則が決めています」


エリオが一枚の規則書を開いた。


「王都水路規則、第十二条。婚礼水路の臨時使用において、祝品を除く商業荷の積載を禁ず。護岸粉は祝品に該当しません」


規則書の音は地味だ。紙をめくるだけ。けれど、剣より静かに道を塞ぐことがある。


ジュリアンの額に汗が浮いた。


「水祝姫の儀式に必要だった」


セリーヌが立ち上がった。


「私は、その粉を使う儀式を知りません」


「セリーヌ」


「それに、私はあなたから、婚礼水路を通れば商会の方々が私を認めると聞きました。水を祝福するのではなく、商談を祝福するためだったのですね」


彼女の声は震えていた。だが最後まで途切れなかった。


ミレーナはセリーヌの横顔を見た。自分ならもっと早く気づけた、と思う気持ちがないわけではない。けれど、それは今言うことではない。人は自分の飾りを外す時期を、自分で選ぶしかない。


エリオは次に旧暦帳を示した。


「旧暦帳の破損について。カルヴァ係、現時点で分かることを」


「該当欄の下部に、母の修正紙片が貼られていました。現在は切り取られています。ですが、同じ修正内容は橋鐘台の石に刻まれているはずです」


「確認者を出します」


トマが手を挙げた。


「僕、行けます」


「一人では駄目だ」


オスカーが言い、若い染物職人を一人押し出した。


「こいつも行かせる。字は読める」


「俺、染料の字なら」


「赤線くらい読め」


広場に小さな笑いが戻る。エリオは二人に記録係を付け、橋鐘台へ走らせた。


待つ間、風が変わった。


ミレーナは水の匂いを嗅いだ。満ち戻りの山が近い。さっき第一門を少し上げた影響で、戻りが早まっている。あと半刻もしないうちに、正しい開門時刻が来る。閉じる判断だけでは終われない。安全に開け直す必要がある。


「カルヴァ係」


エリオも気づいたらしい。


「潮が変わります」


「はい。審理を急ぐ必要があります」


「あなたは開門準備を」


「審理の証言中です」


「あなたの判断が次に必要になる。ここは私が進めます」


その言葉に、ミレーナは少し迷った。任せることは、逃げることと似て見える時がある。けれど今は違う。彼はミレーナから役目を奪うのではなく、次の役目へ送り出している。


「分かりました。正門鐘の準備をします」


「記録は追って届けます」


ミレーナが審理台を降りようとしたとき、ジュリアンが低く言った。


「逃げるのか」


足が止まる。


昔なら、その一言で振り返っていただろう。誤解を解こうとし、怒っていないふりをし、あなたのためにと説明した。そうしている間に、必要な潮時を逃していたかもしれない。


ミレーナは振り返らなかった。


「水門へ行きます」


「僕より水門か」


「はい」


今度は、迷わず言えた。


「あなたより、水門です」


広場が静かになった。恥ずかしい言葉ではない。ミレーナにとっては、最初からそうであるべきだったのだ。


エリオの声が続いた。


「審理を続けます。ロゼル卿、あなたには証言席へ」


ミレーナは正門鐘へ向かった。


背後でジュリアンが何か言っている。聞こえるが、もう拾わない。潮は人の言い訳を待たない。


背中に向けられる声は、思ったより軽かった。婚約者だった頃、彼の一言はミレーナの一日を簡単に傾けた。機嫌を損ねたか、言い返しすぎたか、役に立てなかったか。そんなことばかり考えて、肝心の水音を聞き逃しそうになった日もある。今は違う。彼の声は遠く、水音の方が近い。


橋の上で、マルタが鐘紐を整えていた。


「やっと来たね」


「正門鐘を準備します」


「手、震えてるよ」


「濡れて冷えただけです」


「嘘が下手だ」


ミレーナは苦笑した。手は確かに震えている。怒り、疲れ、恐れ。それでも鐘は鳴らせる。震える手でも、時刻を間違えなければいい。


遠くからトマの声がした。


「ありました! 赤い線、石に残ってます!」


広場が大きく揺れた。


ミレーナは目を閉じた。


母の線は、破れていなかった。


鐘紐を握ると、手の震えが少し止まった。次に鳴らす鐘は、止める鐘ではない。正しく開くための鐘だ。


その前に、最後の嘘が暴かれる。


ミレーナは鐘紐を手のひらで一度撫でた。母の手、マルタの手、歴代の暦係の手。誰のものとも分からない黒ずみが、紐の谷に残っている。自分の手の汗も、いつかそこに混じるのだろう。そう考えると、怖さが少し形を変えた。個人の名誉ではなく、仕事の列に加わる怖さだった。


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