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8話 薬師ギルド


 ネーベルクラウトは持っていても仕方ないため薬師ギルドに売りに行くことにした。薬師ギルドは薬草の束を図案化したような紋章が看板になっている。中に入ると、受付には三十代ほどの女が座っている。受付の奥に薬棚があり、乾燥させた薬草の束や薬の入った瓶が並んでいる。

「売りたいんですけど」

 俺が包みを差し出すと、女は少し眉を上げたが、包みを受け取って中のネーベルクラウトを確認する。先端の柔らかい部分を丁寧に切り取って、切り口を湿らせた布で包んだから、品質的には問題ないはずだ。

「……鮮度はいいわね」

 女はしばらく眺めてから言った。

「2グロッシェン」

 ハインツがちらりとこちらを見た。俺には相場が分からないので頷くしかない。

「あの、シュタインヘルツはいくらになりますか」

 硬貨を受け取りながら聞いた。

 女の手が一瞬止まった。

「……シュタインヘルツ?」

「はい」

「今はないわね。去年から手に入りにくくなったの」

「去年から?」

「魔物狩りを専門にする人が増えたせいね」

 説明が足りないが、子供相手に真面目にはならないのは仕方ない。

「もし持ち込んだら?」

 女はまた眉を上げた。

「持ってるの?」

「いえ。もしの話です」

「……いまなら1タラー10グロッシェンよ」

 女はしばらく俺を見てから、値段を言った。30グロッシェン。魔石一個に迫る金額だ。ネーベルクラウトの2グロッシェンと比べれば、桁が違う。

「ありがとうございます。参考になりました」

 話していると、背後から気配がした。

「なんで子供がそんな草を知ってるんだい」

 振り返ると、椅子に老婆が座っていた。いつからいたのか分からない。俺もハインツも気づいていなかった。小柄で、髪は白く、皺の刻まれた顔に目だけが妙に若い。膝の上に分厚い本を開いているが、読んでいるというより考え事をしている人間の格好だ。薬品と、もう一つ何か別の匂いがした。

「……知り合いから聞きました」

「そう」

 老婆は本を閉じ、立ち上がった。

「少し話せるかい」

 老婆に促され、俺とハインツは部屋の隅にある席に案内された。椅子を勧められたが、ハインツは俺の後ろに立ったまま動かなかった。緊張しているのだろう。

 老婆は椅子に腰を下ろし、俺を正面から見た。

「シュタインヘルツが何に使われるか、知ってるかい」

「魔石加工の溶液です」

「そう。採れた魔石を加工するとき、シュタインヘルツから抽出した液に浸けないと魔素が抜けちまう。魔物が増えたから、魔石がどんどん集まってくる。加工の需要も増えた。なのにシュタインヘルツは増えない。魔物を狩るほうが割りが良くなって、薬草採取をするやつが減っちまった。困った話だよ」

「代替になるものは?」

「あれば苦労しないね」

 老婆は少し笑った。嘲るのでなく、面白がるような笑い方だった。

「今日のネーベルクラウト、なかなかいい採り方をしてた。自分で採ったのかい」

「はい」

「他に何を採ってきた?」

 俺は正直に答えた。ブライトブラット、ザウアーブラット、エクリヒヴルツェル。老婆は聞きながら頷いた。

「食べ物ばかりだね」

「森にはほとんど入らなかったので」

「そうか」

 老婆はしばらく黙った。何かを計算しているような間だった。

「取引しないか?」

 俺は黙って続きを待った。

「あたしが二つ教える。一つは、森で魔物に気づかれにくくなる香草の調合法。もう一つは、森の浅い場所にある薬草の群生地だ。代わりに、珍しいものが採れたときはギルドを通さずあたしに直接持ってくること。それでどうだい」

 俺は考えた。臭い消しの香草は今すぐ使える情報だ。前世ではそんなものが必要ないくらいの力があったが、今世では必需品となる可能性すらある。カスパールたちの仕事にも役立つかもしれない。群生地は継続的な稼ぎになる。不利な条件はない。強いて言えば相手の信頼性が不明だが、この場で断る理由もなかった。

「分かりました」

 了解すると老婆はにやりと笑った。

「ヴァルトラウトだ。ヴァルトラウト薬師。覚えておきな」

 老婆は立ち上がり手を差し出した。握手をする。

「明日うちの孫娘に案内させる。朝、ここに来なさい」

「お孫さんが?」

「あの子は森のそのあたりをよく知ってる。口で伝えるより実際に行ったほうがいいだろう?」

 ヴァルトラウトはそれだけ言うと、また椅子に座って本を開いた。話は終わりらしい。


 ギルドを出ると、ハインツがため息をついた。

「いろいろあって疲れたね」

「ほんとにな」

 俺の言葉にハインツはすんなり同意した。それからすぐにはっと何かに気付いたように息をのんだ。

「今度からは待ってる間にネーベルクラウト探しとく」

 恐らく年下の俺のほうが余裕があることに気づいて年上らしさを演出したくなったのだろう。

「霧が出てるときしか採れないよ?」

「あっ」

 少しの間、気まずい沈黙が流れた。

「じゃあ芋とっといてよ」

 俺が会話を繋ぐと、ハインツは遠い目をして「芋かぁ」とつぶやいた。きっとあの独特の食感に思いを馳せているに違いない。

「まあ、腹には溜まるからな」

 確かに腹持ちの良さも特徴の一つだ。ハインツも分かってきたようだ。

「そうそう。っていっても、明日次第だけどね」

 待ち時間に何を採取するかは明日得られる情報次第で変わる。芋はある程度保存もきくから、エクリヒヴェルツェルが今の最有力となる。だが、薬草を金銭に換えるほうが当然良い。

「採りやすいところにあればいいのにな」

「そうだね」

 こんなことを言いながら、俺たちはそんなに都合のいいことにはならないだろうことを分かっていた。


 翌朝、ギルドのほうに行くと扉の横に少女が立っていた。この少女が例の孫娘だろう。俺たちと同じくらいの年頃で、祖母に似た目をしていた。

「あんたたちが薬草採りに来た子たち?」

 少女は芯のある強い声で言った。

「そうだよ」

 答えている間に少女は俺たちを上から下までざっと見て、どこか不機嫌な様子で顎を上げ、ふんと鼻息を漏らした。

「行くわよ!」

 そしてさっさと歩き出していった。お互い自己紹介する間もなく。

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