7話 野草
ハンターの仕事は数日おきでされるのが普通になっている。魔石の実入りがいいのもあるが、装備の手入れやもしもの時の備えを準備するのに時間がかかるというのもある。当然、俺たちは別の人たちの荷物持ちをするか、他で稼ぐかしなければならないことになる。
今日は野草を取りに行くことにした。前回、ハインツが野草を集められないことが分かったため、ある程度知識を持ってもらって待っている間の仕事にしてもらうのだ。
「行こうか」
ハインツが頷く。まだ森の近くは緊張するようで、肩がこわばっている。昨日貰ったナイフと水筒、空の背嚢を持っている。ハインツはこの背嚢をいっぱいにする気でいるのかもしれない。俺としては初回でそこまでの成果を期待していないが、やる気があるのはいいことだ。
今日の目標は食用の野草を3種類と薬用の野草を2種類覚えてもらうことだ。見つけられるかは分からないが、植生は村と大差ないから恐らく探せばあるだろう。
町を出ると俺たちと同じように野草を探しているらしき人たちがいた。まだ朝霧のかかっている時間帯だから、狙いはネーベルクラウトだろう。霧のあるときしか見つけられない、ある種神秘的な薬草だ。町に近いほど人が多いので、必然的に森に近づいていく。ハインツは黙々とついてくるが、徐々に緊張が強くなっていくのが感じられた。
人が少なくなってきたところで、ネーベルクラウトを見つけたので採取する。先端の柔らかい部分か若い脇芽を切り取って採取するのが普通だ。今回は柔らかい部分をナイフで切り取った。
「これはネーベルクラウトっていって、熱さましに使われる」
ハインツに見せながら説明する。
「薬草?」
「そう。霧が出てないと見つけられないけど、霧が出てるときは割とすぐに見つかるからあんまり実入りは良くないかもしれないけどね」
「さっきの人たちが探してたのってこれか」
ハインツの推定に頷く。
ネーベルクラウトの切り口を濡れた布で包んでから他を探す。
少し移動すると大きな葉が特徴のブライトブラットを見つけた。どこにでも生えている野草の代表みたいなやつだ。
「これは知ってる」
ハインツが言いながら葉を採る。
「スープにも入ってるしね」
「ああ。グレタさんが採ってきてるらしい」
これは意外な事実。そこまで熱心には見えなかったが。
「意外といい人?」
「……いろいろあるんだろ」
あんまり深入りしてはいけない気がしたので、俺は曖昧に納得したような相槌を打つだけにした。
しばらく歩き回るとザウアーブラットを見つけた。細長い茎の先に針のような草が密集している。分類的には香草となる。
「これも食べられるやつ。酸っぱいけど香りはいい。肉と一緒に漬け込むと、肉を柔らかくするらしい。疲労回復効果もあるって言われてる」
「へぇ」
ハインツはザウアーブラットを念入りに眺めた。恐らく前回これを採れていたら肉をもっとおいしく食べられていたことを思って、しっかり覚えようとしているのだろう。次は是非見つけておいてくれ。
森から離れた場所での採集はこれくらいにし、森のきわめて浅い場所での採集に移った。金銭を得るとなったらやはり森に入らなければ話にならない。安全を優先するから無駄足になる可能性もあるが。
「……何を探すんだ?」
ハインツは平静を装っているが、緊張しているのが分かる。森に入るというリスクに見合うものがあるのかが気がかりのようだ。
「芋と薬草だよ」
「それが稼げるのか?」
「芋は自分たちで食べる用だね。薬草は稼げる。魔石と同じくらい」
「そ、そんなにか」
「まあ、見つかれば御の字だから期待しないで」
期待するなと言っても期待してしまうのが人なのかもしれないが。
結果的に芋のほうだけ見つけられた。エクリヒヴルツェルという、軍人が森を行軍するときまれに食べられる芋だ。人気はない。
「なんか、ぬるぬるするんだけど」
採るときに傷つけてしまった部分を触りながらハインツが言った。このエクリヒヴルツェルはハインツが言った通り、ぬるぬるした食感が特徴である。このぬるぬるが忌避されて食べる人はほとんどいない。つまり、生えている場所を見つけられればほとんど独り占めできるということである。
「おいしいよ」
「えぇ……」
とはいえ知らない人からすれば得体の知れない芋だ。ハインツが引くのも無理はない。
日が上がってきたころ、俺たちは草地の真ん中に腰を下ろした。さっそく芋を焼きながら、魔の森について話を聞いてみる。
「ハインツは魔の森のこと、何か聞いたことある? なんで魔物が増えてるのかとか」
ハインツは南のほうを見た。ここからでは森は見えないが、視線の行く先は決まっている。
「孤児院でよく話になるよ。怖い話みたいなやつだけど」
「怖い話?」
「そう。まず、魔王が呪いをかけたって話だな」
ハインツは少し声のトーンを落とした。
「倒される前に、自分を倒した人間を呪うために森に何かしたって。その呪いがまだ生きてて、魔物を生み出し続けてるんだって」
「へぇ」
「それと、魔王はまだ死んでないって話」
ハインツは続けた。
「魔王の死体は見つかってないだろ。だから本当は生きてて、森の奥で力を溜めてる。魔物が増えてるのはその準備だって」
なるほど。どちらもそれなりの理由付けになっている。
「ハインツはどう思うの?」
「俺?」
ハインツは考えながら、一度芋を怪訝な目でちらりと見やった。よほどぬるぬるが嫌らしい。
「呪いとか魔王が生きてるとかは、ちょっと信じらんないけど。でも、なんか封印が弱まってるんじゃないかって気はするんだよな」
「封印?」
「創世神話のやつ。魔神の封印」
創世神話。この地に広く伝わる話だ。
遠い昔、世界は魔物に満ちていた。山も川も人の住める場所ではなく、人はただ生き延びるだけの日々を送っていた。その魔物たちを束ねていたのが、魔神と呼ばれる存在だった。魔神は際限なく魔物を増やし、世界を侵食し続けた。
それを止めたのが一人の巫女だった。巫女は自らを犠牲にして魔神を封印した。封印によって魔物は激減し、人が地上を治める時代が始まった。
この神話には竜人が登場する。巫女の恋人だったとされるその竜人は今も生きているらしく、この神話が事実だったと言われる根拠となっている。
「封印って完全じゃないかもしれないだろ」
ハインツは続けた。
「魔神の力が少しずつ漏れてきてて、それで魔物が増えてる。これからもっといろんな場所で魔の森と同じようなことが起きるんじゃないかと思ってる」
意外と面白い仮説を立てている。だが、神話が事実だったとしてもやや甘い仮説と言わざるを得ない。なぜなら、巫女が魔神を封印した場所はここよりも北の国にあるからだ。封印が弱まっていることが原因なら、魔物の増加は北から始まるはずだ。まあ、まだ子供だから詳しいことは知らないだろうし、地理なんかは孤児には無縁だろうから仕方ないことではある。
「おー。面白いこと考えるね」
俺は芋を切り分けながら言った。
「……うん……」
ハインツは芋を見て顔をしかめる。
「どうぞ」
ハインツに渡してから、俺は芋を食べた。火を通しても新鮮味の感じられるシャキシャキとした食感と粘り気の強いとろみがおいしい。
俺が平気で食べているのを見て覚悟を決めたのか、ハインツはえいやと芋を口に含んだ。ぬるぬるは分かっていたことだからか不思議そうに眉を上げただけだったが、歯を入れた瞬間動きが止まった。恐らく予想していたものと食感が違ったのだろう。芋だからほくほくしたものだと考えていたに違いない。
「おいしいでしょ?」
俺がたずねるとハインツは首を横に振りかけた。俺は畳みかけるように続ける。
「おいしいんだ。この芋はおいしい。おいしいって言っているうちにおいしくなるんだ。ほら、おいしいでしょ?」
ハインツはぎりぎりと首を縦に振って言った。
「お、おいしい……」
そう。この芋はおいしいのだ。




