6話 アルの息子
目を凝らして遠くを見ると、ウルフが6頭いた。こちらが風下で十分な距離があるため、気づかれていないようだ。ウルフたちはにおいをしきりに嗅ぎながら、ときおりあたりを見回している。
カスパールが手で合図を送ってきた。ここで止まれ。村で使われていた合図だ。
ドロテアは静かに息を吐いた。右手に魔力が集まっていく。その間にカスパール、ブルーノ、フロリアンが剣を抜いた。ウルフたちの耳がぴくりと動く。3人が一斉に飛び出し、やや右に膨らんでウルフたちに向かっていく。ドロテアが右手を構えて火炎を放った。火炎は3人の左側を過ぎてウルフたちに届く。向かって左側にいた3頭が避けきれずに火炎に包まれ、残った3頭は避けたことで体勢が少し崩れている。そこに3人が到着し、フロリアンが一番奥にいた個体を、カスパールがその手前の個体を、ブルーノが一番手前の個体を切り付けて倒した。
残った3頭のうち1頭は立ち直りが早く、フロリアンに飛びつこうとした。そこへドロテアが足元にあった石を魔法で飛ばした。自分で礫を作るよりも早くて燃費のいいやりかただ。
ドロテアの放った石は火炎で負傷しているウルフの脇腹にめり込み、ウルフを倒れさせた。そこにフロリアンが剣を突き刺してとどめを刺す。
ブルーノとカスパールは残った2頭に向かい、手早く処理した。
見事な手並みだった。数の不利があってもそれを覆すような戦い方が身についている。この調子なら他の魔物に対しても十分に戦えるのだろう。
「よし、とりあえず魔石と牙だけ回収しとこう」
ブルーノが言った。
四人が手際よく解体を始める。俺はフロリアンの手際を見ておくように言われたため、彼のそばで解体を見ておく。確かに見本に足る手際である。
「それじゃあ、頼んだ」
拳大の魔石6つと、牙を3対渡された。それぞれ布で包んで背嚢に入れる。
「俺たちはある程度素材を回収してから戻る。急がなくていいからな。割らないよう気を付けてくれ」
カスパールにドロテアが続く。
「魔物に見つかったら荷物置いて逃げていいからね」
置いて、と言っているあたり、魔石が割れるとかなりの損失になることが分かる。魔石を加工するときは専用の溶液に浸けていなければならないから、割れた魔石の価値は劇的に下がるのだ。
魔物と遭遇することなく森の入口まで戻った。ハインツは木に背中を預けて立っていた。ナイフを両手で持っていることからまだ緊張しているのが分かる。やはりこういうこととは無縁の生活をしていたのだろう。しかしだからこそ、こうやって自分の仕事をしっかりこなす人間性になったともいえる。
「お待たせ」
「ああ、お疲れ」
ハインツはどこか気まずそうに目をそらした。待つのが仕事とはいえ、待っているだけだと仕事をした気がしないのかもしれない。
「じゃあこれ、よろしく」
俺は布包みをハインツに渡した。
「これ、全部魔石?」
「うん。魔石が6つとウルフの牙が3頭ぶん。割らないよう気を付けて」
ハインツの目が少し大きくなった。布包みを大切そうに抱えて頷く。
「わ、分かった。任せろ」
年長者としてのプライドか、ハインツは頼もしそうな台詞を言ってから町へ戻った。
俺は近くにあった切り株に腰掛ける。行きもしんどいものがあったが、帰りは一人ということもあってはっきり疲れた。
しばらくして、木立の奥から足音が来た。
カスパールたちが戻ってきた。獲物を担いでいる。
「レオ」
カスパールが俺に一包みを投げた。
「持てるか」
「はい」
ウルフの肉だった。解体されて布に包まれている。それでも血の匂いはする。俺は両手でしっかり抱えた。
ギルドの前にハインツが立っていた。ギルドに話は通していたが、どうやら1人で納品するのは気が引けたらしい。一緒にギルドに入り、ブルーノが受付に報告した。魔石と牙、皮、肉の一部を引き渡し、報酬が支払われる。俺たちには約束通りパン四つと、ウルフの肉が幾分か渡された。ハインツはパンを受け取るとすぐ一つを口に入れた。よほど腹が減っていたのだろう。
「レオ」カスパールに呼ばれ、ギルドの隅へ連れていかれた。「一緒に暮らさないか。さすがに、孤児院に置いておくのは忍びなくてな」
ありがたい申し出だった。カスパールの気持ちも分かる。同じ村の出身で、俺の父ともよく知った仲だ。放っておけないのだろう。
だが、宿の料金は人数で計算される。カスパールが今の宿を借りているのは一人分の料金のはずだ。俺が加われば費用は増える。カスパールはそれでもいいと言っているのかもしれないが、今の俺は子供で十分に稼げない。魔石が高値で取引されると言っても、宿暮らしではあまり裕福とは言えないだろう。せめて俺が戦力として数えられるくらいでなければ、俺との暮らしはコストがかかるばかりになってしまう。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「だがなぁ」
「孤児院も悪いところじゃないですよ。ハインツもいるし」
もちろんこんなことは思っていないが、強がりとも言えない。下手に知り合いと住むより全くの他人と住むほうが性に合っている気がするのだ。それに、相手の善意に乗っかるのも違う気がした。
カスパールはしばらく俺を見ていた。何か言いたそうだったが、結局「そうか」とだけ言った。
「今日はよくやった」
カスパールが俺の頭に手を置いた。
一瞬、体が止まった。
重さが違う。骨ばった、大きな手だった。アルプレヒトの手とは全然違う。それでも似た何かがあった。俺は動かずにいた。
「さすがアルの息子だ」
アルの息子。
俺は何も言えず、ただ頷いた。カスパールはそれ以上何も言わず、手を離した。
夜、孤児院の裏庭に出た。
ハインツがすでに来ていた。石を積んで簡単な竃を作り、その前にしゃがんでいる。
「火が要るだろ」
ハインツは俺が来るのを分かっていたらしく、振り返りもせずに言った。両手をかざすと、指先の間から小さな炎が生まれた。たき付けに落ちた枯葉に移り、やがて細い枝が燃え始める。
「上手いね」
「まあな」
「水は出せる?」
「? ああ」
通常、肉食動物の肉は臭くて筋張っているが、これが魔物になると臭みがほとんどなくなる。そして、魔素味と呼ばれる味わいも含まれるようになる。これが肉まで納品していた理由である。とはいっても筋張っていることに変わりはないため、肉の価値は低い。
俺はこの筋張った肉を柔らかくするため、石で打ち始めた。
「えっ、は? 何やってんの?」
ハインツが困惑している。
「こうすれば柔らかくなるんだよ。気休め程度だけどね」
「……それも村にいたときに教えてもらったのか?」
「まあね」
本当は前世の知識だが、問題ないだろう。
それにしても、平和だ。もっと悪ガキに邪魔されると思っていたが、放っておかれている。正直、今回は孤児院で食べ物を奪われないかが大きな気がかりだった。調理が終わるまで待っているのだろうか?
「どうした?」
俺がきょろきょろと見回していると、ハインツがたずねた。
「いや、てっきり邪魔が入るかなと」
ハインツは得心が言ったように声を漏らし、火をじっと見つめた。
「俺がいるからな」
なるほど、そういうものか。
俺は孤児院の奇妙な生態系を学びつつ、調理を続けた。
久しぶりの肉は旨かった。




