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5話 初仕事


 扉に手をかけたまま、俺は一瞬ためらった。

 中からは話し声と、飯の匂いがする。朝だというのに酒の匂いも混じっている。まあ、ハンターというのはそういうものだろう。前世でも荒くれた連中は朝から飲んでいた。

 俺は扉を押し開けた。

 ぎい、と蝶番が鳴る。中にいた数人がこちらを振り向いた。

 広くはない。木の卓が並び、奥にカウンターがあって、そこに中年の男が立っている。ギルドの受付だろう。手前の卓では三人の男が飯を食っていた。俺を見た三人の顔に、笑いとも呆れともつかない表情が浮かんだ。

「道、間違えたか坊主」

 一人が言った。他の二人が笑う。

 俺が何か言う前に、奥から別の声がした。

「……レオか?」

 カウンターの脇から立ち上がった男の顔を見て、俺は目を丸くした。

 カスパールだった。

 村で父と一緒に狩りをしていた男。ゴブリンの足跡を見つけて町に知らせに行った男だ。日に焼けた顔に、しっかりした体躯。記憶の通りだった。

「カスパール、さん」

「生きてたか」

 驚きとも安堵ともとれる、抑えた声だった。

 カスパールは俺の前まで来て、じっと見た。それから、ため息をついた。

「無事でよかった」

「カスパールさんも」

「……そうだな」

 カスパールが言い淀んだ訳を俺は察した。

「カスパールさんはギルドに登録を?」

「ああ」

 カスパールのもといた席に行って話を聞く。

 村の壊滅を受けて町で暮らすことにしたカスパールはすぐにギルドに登録し、あるパーティに入れてもらったらしい。

「レオはどうしてるんだ?」

「今は孤児院に。今日は荷物持ちの仕事を貰えないかと思って」

 俺の言葉に隣の席から笑いが起こった。子供が珍しいから聞き耳を立てていたようだ。

「おいおい子供にゃあ無理だぜ。死にに行くようなもんだ」

 野卑な出で立ちの男は大袈裟な身振りで言った。あからさまに嘲る態度に俺は内心苛立ったが、だからといって何を言えるでもない。

「正直、俺も同じ意見だ」

 カスパールは男の態度は気に入らないものの、言っていることには同意らしい。俺も立場が逆であれば同じ意見になっただろう。

 しっかり説得しなければ。仕事は2人でこなすこと、報酬はたったのパン4つに肉をすこしでいいこと、俺には経験があって森を歩くのに慣れていること。荷物持ちが見つからない現状ではこれらの条件でも十分なはずだ。

「……俺は、猟師の息子だ。今でも」

 しかし、口から出た言葉は意に反したものだった。わずかに震えた声で、相手のことなど考慮していない情報が漏れ出てしまった。

 だめだ、これでは上手くいかない。そう思ったが、カスパールはふっと力を抜いて笑った。

「そうだな」



 翌朝、俺はハインツを連れてギルドの前に立った。

「ほんとに仕事取れたんだな」

 ハインツは少し驚いた顔をしていた。

「まあね」

「魔力ないくせに」

「運が良かったね」

「……そうだな」

 ハインツは何か言いかけたが、相槌を打つだけにした。おおかた孤児院の世話になっている時点で運がいいとは決して言えないとでも思ったのだろう。

 カスパールの他に男2人と女1人のハンターと合流した。カスパールから俺の話を聞いていたのだろう、みんな俺に同情的だった。俺たちは森の麓まで行き、事前に話し合っていた通り、ハインツをここに待機させる。

「じゃあ待ってて。待ってる間に野草とか採っといてもらえたら嬉しいかな」

「あ、ああ」

 ハインツは隠せないほど緊張している。おそらく野草と言われても詳しくないのだろうが、それを言い出せないくらいに切羽詰まっている。

「これを」カスパールがハインツにナイフを渡した。「魔物はまずここまで来ないが、小さい動物くらいなら来るかもしれん。蛇とかな」

 ハインツはナイフを受け取りながら青い顔をする。

「へび……」

「こわいか?」

「いやっ。だいじょうぶ」

 見るからに強がりだったが、カスパールが気にする様子はない。

「狩ればお前らのだ。美味いぞ」

 ハインツはこくこくと頷いた。

「じゃ、また後で」

「あ、ああ。気を付けて」

 ハインツはナイフをぎゅっと握りしめたまま見送った。気を付けて、なんて言葉が口をついて出るあたり育ちは良かったのかもしれない。

 

 森に入って最初に気づいたことは、静かだということだった。

 鳥の声が少ない。風が木の葉を揺らす音はするが、それ以外はほとんど何も聞こえない。前世でもいろいろな森に入ったが、こんなに静かな森は記憶にない。

「罠は仕掛けないんですか」

 俺は歩きながらカスパールに聞いた。

「仕掛けても無駄らしい」

「無駄?」

「魔物が多すぎてな。昔は猟師といやあイノシシだの鹿だのを獲ってたもんだが、今や魔物退治ばっかりよ」

 横から男が割り込んできた。ブルーノという。古参のハンターだ。

「なんか呼び方も猟師からハンターになったしね」

 女が話を引き継いだ。ドロテアという魔法使いだ。男は身体強化で近接が多く、女は魔力変質で遠距離が多い。昔からこの傾向は変わらないらしい。

「そんなに増えてるんだ」

「おかげで稼げてる面もあるけどね。腕に覚えのあるやつなんかは南に移ったりもするし」

 なるほど。町レベルの大きさになれば情報も十分入ってくるし、その情報を受け入れるのも早いらしい。村だと情報というよりは噂程度にしかならず、対応も遅くなる。村の周囲にある木柵をもっと強くしていれば警備隊の到着までもっていたかもしれない。とはいえ、足跡発見からの対応はかなり迅速だったから、この考えは結果論に過ぎないが。


 森をゆっくりと探索していく。魔物を狩るのが主な仕事になったということは、不意を突いて襲ったり襲われたりするということだ。こちらが近づけば逃げていく動物を狩るのとは訳が違う。まずは先手を取られないようにすることが重要になってくる。

 通常の狩りとは比較にならないほど慎重に進むため、俺は余裕を持ってついていくことができた。だが、余裕なのは体力的なもので、今までとは違った精神的な疲れが感じられる。その疲れを減らすため、俺は自分に言い聞かせる。ついていくだけ。ついていくだけだ。それでも緊張は抜けず、腰に差したナイフをいつでも抜けるように意識してしまう。

 ふと、先頭を歩いていたフロリアンが手を上げて合図をした。

 魔物だ。

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