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2話 魔の森

 翌朝、俺は荷馬車に乗せられた。 村に残るという選択肢はなかった。残れるほど村が残っていなかった。家は壊され人は殺された。残ったのはいくつかのガラクタと俺だけだった。その残ったガラクタと俺が荷馬車に詰め込まれた。俺が不思議そうにガラクタを見ていると、警備隊長のヴィルヘルムが「こんなのでも金になる。がんばれよ」と平静な声で言った。なるほど、と思いながら、どこか他人事のように聞こえた。





 街道に出てしばらく進んだころ、先頭の騎馬が止まった。


「魔物だ。降りてくるなよ」


 ヴィルヘルムは俺にそう言って馬を降りた。隊員たちが素早く展開する。俺は馬車の幌の隙間から外を見た。


 街道を塞ぐように、それは立っていた。


 オーガだ。成人男性の倍以上の体躯に、棍棒代わりの木の幹。ゴブリンより強いが群れで行動することのない魔物だ。多勢で攻めればそれほど苦労することもない。


「俺がやる。警戒しておけ」


 ヴィルヘルムは隊員に周囲警戒を命令し、剣を抜いた。刀身に魔力が通ったのが遠目にも分かった。魔力が緻密に込められている。相当な技巧だ。これほどの実力者が町にいるとは。貴族に召し上げられてもおかしくはない。


 オーガが棍棒を振り下ろした。


 ヴィルヘルムは剣で受けた。地面に伝わった衝撃で砂埃が舞う。剣が棍棒にめり込んでいる。ヴィルヘルムは剣を棍棒ごと振り下げ、オーガの体勢を崩す。棍棒を蹴って剣を抜きつつオーガの得物を飛ばす。オーガは回転するように転び、ヴィルヘルムは目の前に落ちてきたオーガの頭を叩き切った。


 隊員の一人が「さすが隊長」と呟いた。俺も似たような感想だった。近接戦で彼に敵う人はそうそういないだろう。





 二度目の魔物は昼過ぎに現れた。ウルフが五頭。これは隊員たちが手分けして対処し、特に危なげもなく終わった。三度目は夕刻前、コボルドの小さな群れで、これもすぐに片付いた。


 三度、だ。


 半日も経たないうちに、三度。


 俺は幌の外を眺めながら考えた。前世でも各地を転々としたが、街道でこれほど頻繁に魔物に遭遇したことはなかった。魔物は基本的に縄張りを持ち、人間の往来が多い場所には近づかない。それが崩れているとしたら、何らかの理由で魔物の行動圏が変化しているということだ。


 あるいは、数が増えすぎて縄張りに収まらなくなっているか。


「ちょっと聞きたいんですけど……」


 馬車に同乗している若い隊員に声をかけた。エーリヒという名前だと自己紹介していた。


「ん? なんだ?」


「この辺りは、いつもこんなに魔物が出るんですか?」


 エーリヒはどこか得心のいった表情をした。


「ここ十数年で増えたらしい。以前はこんなじゃなかったそうだが、まあ俺がこの仕事を始めた頃はもう多かったな」


「ここ十数年……」


 それだけの期間継続して魔物が増えているなら、なにか恒常的な環境の変化があったのだろう。増え始めた時期が特定できているようだから、魔物以外でも同じように変化したことがあるかもしれない。


「魔王のせいだと言われている」


 俺が考えているとエーリヒが話し始めた。


「魔王が死んで、まあ倒されたのか自滅したのか今もはっきりしないんだが、その後から魔物が増え始めた。魔王は強大な魔力で魔物を統率していたとも言われているから、それが失われた反動だと考えられてる。魔王が死ぬ際に何かしたとも言われている。本当のところは分からんがな。ただ、魔王が最後に目撃された場所に近いほど魔物が多く出る傾向があるのは確かだ」


「最後に目撃された場所?」


「森だ。もっと南に行ったところにある、魔の森。魔物が多いからあの近くには人がいなくなって、人がいなくなったから魔物が増えて、その魔物がここらまでやってくるようになってな。お偉いさんたちも頭を悩ませてるみたいだぞ」


 俺は胸の内に湧き出た確信を見たくなかった。しかし、聞かずにはいられなかった。


「……その森の名前は?」


「名前?」 エーリヒは首を傾げた。「あー、正式名称か。なんだったかな。確か、ゲハイムニスの森? だったかな。俺はそっちで聞いたことはほとんどないが」





 ゲハイムニスの森。


 俺が外部魔石魔法で作った魔石を隠した場所だ。


 魔物が増えているのは俺の意とするところではない。そのような仕掛けを施したこともないし、魔物を操るなんてこともできなかった。しかし、推測はできる。




 魔物は魔力により増える。空気中にも魔力が漂っているが、その濃度は場所によって差がある。濃度の高い場所には魔物も発生しやすいことから、魔物は魔力によって動物が変異した結果と考えられている。恐らく、俺の残した外部魔石が魔力を放出しているのだろう。自然に発生する魔力に加えて外部魔石から発生する魔力によって、魔物が増えたのかもしれない。今も増えているのは、魔石からの魔力漏出量が増えているからかもしれない。


 いずれにせよ、俺の残したものが原因である目算が高い。




 俺が残してきたものが、この土地に根を張り、魔物を引き寄せた。 アルプレヒトが死に、エルナが死んだ。


 村が壊滅した。


 膝の上に置いた手に力が入った。爪が掌に食い込む。6才の爪は柔らかくて、たいして痛くもなかった。


 前世の俺が憎かった。世界を手に入れることに執着し、力を積み重ね、魔法を開発し続けた俺が。


 二人を殺したのはゴブリンだ。だがそのゴブリンの群れがこの辺りに集まったのは、魔の森が近いからだ。そして魔の森が魔の森になったのは。


「着いたら孤児院に行くことになる。そこで少し世話になれ。嫌なら後で別の場所を探せばいい」


 エーリヒがそんなことを言った。俺の顔でも見て、気を遣ったのかもしれない。


 俺は何も答えなかった。


 馬車は街道を進んでいく。俺はただ揺られていた。


 過去の業が影になってついてきているみたいだ。別の道を行こうとした俺を呪ったのだ。何を夢見ているのかと。自らの罪深さを思い知れ、と。


 この影を消せる方法があるとしたら、一つしかない。


 ゲハイムニスの森に行き、あの魔石を取り出し、魔の森の原因を自分の手で断つことだ。


 だが今の俺は6才で魔力はゼロ。多くの武力をもった国ですら手を焼く森に行き、魔石を処理するのは不可能だ。独力で成し遂げる選択肢はない。人を使うしかないだろう。金か権力か名声か。とはいえまずは生き残ることだ。


 孤児院か。


 俺は毛布を少し引き上げ、顔を半分埋めた。


 二人が死んだのは俺のせいだ。だがその俺が今すぐ何かできるわけでもない。できることを積み重ねて、いつかできる日に備えるしかない。




 

 町の輪郭が遠くに見えてきた。

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