3話 狩猟ギルド
孤児院は、町の外れにあった。聖ルーカス院なる建物だ。
城壁の影になるせいで日当たりが悪く、昼間でも薄暗い。建物自体は石造りでそれなりに頑丈だが、壁には染みが広がり、木の扉は歪んで閉まりが悪い。手が入っていないのが一目で分かった。
出迎えたのは一人の女だった。
「グレタさんだ」
エーリヒが女を紹介した。三十路ほどの女で、髪を乱暴に束ねている。目の下に隈があり、声には疲れが滲んでいた。エーリヒが事情を説明している間、グレタはちらりと俺を見た。
「分かりました。入って」
それだけ言って、さっさと中に入っていく。ついてこいということらしい。
中は人が多かった。狭い廊下に、大部屋。壁際に藁を詰めた寝袋が並んでいる。子どもたちが思い思いに座ったり寝転んだりしていて、俺が入ってくると一斉に視線が集まった。
グレタが子どもたちに向かって言った。
「新入り。レオ。六歳」
それだけだった。やる気の一切感じられないその態度に俺はやや不安を覚えたが、まあ孤児院ならこんなものだろうとも思う。
子どもたちの視線に変化があった。魔力を測っているらしい。今も人が集まるほど魔力の多寡が重要になるのだろう。魔力が多ければ伸びしろが大きいと判断され、少なければ無能だと思われる。魔力のいらない仕事でもこの先入観はある。
ざわ、と空気が変わった。
「ゼロだ」
誰かが言った。
笑い声がいくつか起きた。侮蔑と優越感と安心の混ざったような笑いだった。ここでの序列が決まったのがわかった。前世と逆だ。かつては見向きもしなかった凡百の輩に笑わられる。仕方ない、と常識が判断するが、感情はそうもいかない。俺は努めて無関心を装った。
寝袋は壁際の一番端が割り当てられた。もっとも日当たりが悪く、おそらく床からの冷えが強い。もう少し良さげな場所も空いていたが、俺以下が今後来ることはないと判断したのだろう。
食事は夕方に一度。薄いスープとパンだった。
量が足りなかった。子どもの体でも足りないと分かるくらいに足りなかった。グレタが一人で調理し、一人で配膳し、一人で片付けていた。隣で食べていた子供が言うには、ここは寄付とわずかな補助金で運営しているらしい。孤児の数が増える一方で金は増えていないのだという。さもありなん。
三日が過ぎた。
孤児院の子どもたちは、それぞれ自前で食い扶持を稼いでいる者が多かった。町に出て荷物を運んだり、商店の掃除をしたり、雑用をこなして小銭を得ている。前世では支配した地域の孤児院には簡単な読み書きの教育をさせることを課していた。おそらくこの町もその地域に入っているはずだが、どうやら教育の義務はなくなったらしい。制度的に廃止されたか、それともなし崩し的に形骸化したか。
ここを考えていても仕方がないので、俺も外に出ることにした。
理由は食料だけではない。この町のことを知りたかった。どんな人間が動いていて、どこに金と仕事が集まっているか。前世では当然のように把握していたことが、今は何も分からない。
町は思ったより大きかった。城壁の中に市場があり、職人の工房が並び、宿と飯屋がある。人通りはそれなりにあるが、表情の硬い人間が多い。物資が潤沢ではないのだろう。
ふと、興味を引く建物があった。
二階建ての木造の建物で、入口には看板がある。剣と矢が交差した意匠だ。
アルプレヒトが言っていた。町には様々なギルドがあり、その中には狩猟ギルドもある。狩猟ギルドでは仕事の斡旋や人の紹介などが行われており、外からやってきた人もギルドに登録すれば仕事や仕事仲間にありつける。そしてそれぞれのギルドには特有の紋章があり、狩猟ギルドのそれは剣と矢の交差したものだ。
建物の中に入るのはさすがにはばかられた。六歳の子どもが一人で飛び込んでも追い払われるだけだろう。まず外から様子を見る。入口の脇に樽が並んでいて、その陰に座ると中から声が漏れてくる。昼間から飯を食っているハンターたちの話し声だった。
「次の仕事、荷持ちはどうする」
「見つかんねえなあ……」
どうやら荷物持ちが不足しているらしい。
「やっぱ魔物がでるとあっちゃな」
「魔石だけでもすぐに持って帰ってくれれば楽なんだがな」
生き物は基本的に魔石を持っているが、魔物は特に大きな魔石を持っている。この魔石は様々な薬の原料になるため、高値で取引される。魔物の増加はある意味では実入りの増加にもなっているはずだが、確かに持ち帰れなければ意味がない。
「そうか? 先に帰らせたら危なくないか?」
「リスクヘッジだよ。強い魔物に襲われて肉を放棄しても魔石が残る。魔石のほうが駄目になっても肉が残る。それに、荷物持ちがいるときに襲われるよりいないときのほうが楽だろ」
「両方駄目になるかもしれないだろ」
「それは今も一緒」
俺は頭の中で整理した。
戦闘力は必要ない。ないよりあった方がいいが、必要条件ではない。必要なのは魔石を持ち帰れる能力だ。魔石の市場価格は分からないが、重視していることから安くはないだろう。あとは身元がはっきりしているほうが良いに違いない。持ち逃げのリスクを減らせる。これも孤児院にいることがはっきりしているなら問題はない。懸念は体力だ。
俺は立ち上がった。
体力のなさは何かしら工夫するしかない。今の食事では体力がつく前にしんでしまうし、ゲハイムニスの森のことを思えばのんびりしていられない。ここをどうにかクリアすれば荷物持ちの職を手に入れるついでに、報酬として肉が食えるかもしれない。肉を食ったほうが力がつくことは経験的に知られている。魔力がなくとも力は付けておきたいから、狩猟の荷物持ちは金と肉と力の三つを得られる一石三鳥の仕事と言える。ついでに罠猟ができればいうことなしだ。
孤児院に戻る道を歩きながら、俺は考えていた。
とりあえず一緒に町まで来たガラクタたちを金に換えよう。明日明後日には検分も終わって処分の仕方をたずねられるだろう。それで少しでもまともな装備を買い、荷物持ちを始める。とはいえ、俺が一人で行ってももちろん断られる。何人か協力者を見繕わなければならない。前世では魔力に物言わせて人を動かしていたが、今はそうもいかない。人はどうすれば動かせるのか。
夕暮れが城壁を赤く染めていた。日当たりの悪い建物が見える。帰る場所と呼ぶには寂しすぎるが、今はそこしかない。
さて、どうしたものか。
俺は人を動かすのに何か有用な手がかりはないかと記憶を掘り起こしていた。




