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10話 ゴブリン


 2回目の荷物持ちだ。

 森の入り口に差し掛かったところで、俺は聞いた。

「あの、薬師から臭い消しの作り方を教えてもらったんですが、使いますか」

 カスパールが振り返った。ブルーノとドロテアも足を止める。

「臭い消しか」ブルーノが繰り返した。「使わねぇな」

「どうして?」

「魔物に遭いにくくなるだろ。俺たちは魔石を獲りに来てんだ。会えなかったら意味がねぇ」

 なるほど。続きを待つと、ブルーノは肩をすくめながら話した。

「それに、道具が必要な分荷物が増えちまう」

「使うとなめられちゃうしね」

 ドロテアが付け足す。ハンターはなめられてはいけないらしい。面子が命みたいな仕事とは思えないが、魔物退治が主な仕事になったことで少し内実が変わったのかもしれない。

「分かりました。俺だけ使います」

「おう。そうしろ」

 俺は乳鉢を取り出し、ヴァルトミンツェとハルツブラットを調合して首と手首に塗った。道具をハインツに預けて森に入る。

 森の中は前回と変わらず静かだった。フロリアンが先頭で、ブルーノ、カスパール、ドロテア、俺の順に進む。

 ほどなくしてフロリアンが手を上げた。少し先の地面を見ている。

「ゴブリンだ」

 カスパールが小声で言い、周囲を見渡した。ブルーノたちも警戒するように辺りを見た。木の上にまで注意している。しばらくして近くにゴブリンが潜んでいないことが分かると、少しだけ空気が弛緩した。

「追うか」

 フロリアンの問いにブルーノが頷いた。慎重に足跡を辿り始める。俺は荷物を抱えたまま後方をついていく。

 足跡は沢沿いの低地に続いていた。木立が開けて少し視界が広がったところで、フロリアンが再び手を上げた。

 3体のゴブリンが木の実を食べていた。地面に落ちた実を拾い上げ、かじっている。

 全員が周辺を見た。ゴブリンが隠れていないか確認している。非常にまれなことだが、ゴブリンはたまに囮を使って人を襲う。今回のようにゴブリンが明らかに油断しているときほど確認を徹底しなければならない。

 茂みなどの隠れられそうなところを注意深く観察し、伏兵がいないことを確認すると、4人は頷き合った。ドロテアが魔法の準備をする。準備が済んだのか、手を振って合図した。それと同時に3人が駆け出す。完全な奇襲の形となったため、ゴブリンは身構える間もなく切り伏せられた。

 フロリアンがしゃがんで魔石を取り出そうとした。魔石は普通左胸、心臓の左隣にある。ナイフで切り開いて探ったフロリアンが眉を寄せた。

「ないな」

 カスパールとブルーノも同じように確かめる。揃って怪訝な顔をした。

「ちょっと解体するか」

 カスパールが言い、3人が手際よく解体を始めた。俺はフロリアンのそばで見ていた。瞬く間に胸が開かれていく。

 フロリアンが「ああ」と短く声を上げた。

「左右逆だ」

 内臓の配置が鏡写しになっている。魔石は右胸にあった。

「珍しいな」とブルーノが言った。「3体とも同じとは」

「前にも見たことある。たまにいるわよね、こういうの」

 ドロテアが答える。カスパールも同じだったらしく、「俺も一度だけ」と言いながら魔石を取り出した。

「ゴブリンが3体だけのはずがねぇ。他もそう遠くねぇところにいるはずだ。さっさと終わらせるぞ」

 ブルーノが軽い口調で言い、解体を再開した。


 魔石3つを布で包んで背嚢に入れ、俺は帰り始めた。帰り道、足元の草や木の根元を意識して見ながら歩いたが、めぼしいものは見つからなかった。ゲルベキノコくらいは見つかるかと思ったが、そううまくはいかないらしい。

 森の入り口に着く。ハインツは切り株に座っていた。うっすらと臭い消しの香りがした。

 ハインツは俺が来たのを見て立ち上がった。

「エクリヒヴルツェルしか見つからなかった」

 ハインツは手に持った芋を軽く掲げた。

「十分だよ」

「ザウアーブラットあたりも欲しかったんだけど」

「芋だけでもおいしいでしょ」

「香草でさわやかにしたりさ」

「エクリヒヴェルツェルの食感もさわやかでおいしいでしょ」

「……そうだな」

 ハインツは俺から魔石を受け取った。細長いエクリヒヴェルツェルと魔石を上手く背嚢に詰めて帰っていった。


 ハインツを見送ってから、俺は切り株に腰掛けて考えていた。

 内臓の左右反転。非常にまれではあるが、カスパールもフロリアンも見たことがあると言っていた。3体まとめてというのは珍しいが、魔物は魔力の影響を受けて変質した動物だ、そういうこともあるだろう。面倒なことがあるとすれば、魔石を避けて倒したつもりが魔石を砕いてしまっていた、というような事態が起こり得ることくらいか。カスパールたちは首を切って倒していたので、今回はその心配はないが。

 実は前世の俺も同じように、内臓が左右逆だった。このおかげで、一度命を救われた。礫飛ばしの魔法をまともに食らったが、魔石を狙った礫は反対側を貫通し、助かったのだ。魔力の膨大な者を殺すには、回復を防ぐために即死させるか魔石を砕くのがセオリーで、この時の俺はすぐさま肉体を回復して敵の術者に反撃した。このときの戦いが俺に箔をつけることとなり、魔王などと呼ばれる遠因となった。

 前世の俺はもしかしたら魔力によって変質した、見た目だけは人間の魔物だったのかもしれない。


 ギルドに戻ると、ブルーノが受付に報告を始めた。ゴブリン3体の魔石と肉。ゴブリンの肉は評判が良い。臭みもなく肉質もそれなりに柔らかい。逆に皮や牙はそれほど需要がない。足の早い肉だけが需要の高い魔物のため、価格の変動が激しくもある。基本は群で行動するせいか、納品されるときはたくさん納品される。俺たちが見つけたは3体だけだが、他のハンターたちも納品している可能性は高い。

「そういや」ブルーノが受付の男に向き直った。「3体とも内臓が左右逆だったぞ」

「3体ともですか」受付の男が少し目を丸くした。「珍しいですね」

 ドロテアが「何かあるんですかね」と口を添えた。

「どうでしょう。珍しいこともあるなとしか」

 受付が肩をすくめたとき、ギルドの扉が開いた。

 仕立てのいい服を着た役人らしき男が入ってきた。息が少し上がっている。扉の前で視線を巡らせ、受付に向かって言った。

「ギルド長を! 早く!」

 受付の男がすぐに奥に引っ込み、程なくして初老の男が現れた。ギルド長だ。

 役人が一歩踏み出した。その表情は硬い。

「南からゴブリンの大群が迫っています! 協力をお願いします!」

 ギルドの中が静まり返った。

「落ち着いて」ギルド長が役人に手を向けた。「規模は?」

 男ははっとして一息ついた。

「斥候の報告では、700を下らないかと」

「到着までは?」

「早ければ2日とのことです」

 ギルド長はわずかに目を細め、それからゆっくり頷いた。

「分かった。当然協力しよう」

「はいっ、お願いしますっ」

 役人が頭を下げた。

 周囲のハンターたちが互いに目を合わせる。否を言う者はいない。誰もが自分の町を守るために意志を固めようとしているのだ。

 規模700。到着は2日後。出払っている者への連絡、装備の確認、持ち場の割り振り。やることは山ほどある。

 あのゴブリン3体はこの大侵攻の前触れだったのかもしれない。

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