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最も罪深い者を処刑せよ――13人は、誰も殺していない。なのに、全員が死刑囚だった。  作者: 二条理|アコンプリス


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7/11

第七章 観測者の死刑

 壁の向こうにいる者たちは、顔を持たなかった。

 神林悠真に見えているのは、文字だけだった。

 ――知らなかった。

 ――本物だと思わなかった。

 ――ただ見ていただけ。

 ――投票はしたけど、まさか反映されるとは。

 ――コメントしただけ。

 ――運営が悪い。

 ――AIが悪い。

 ――こっちを巻き込むな。

 ――俺たちは被害者だろ。

 ――こんなの、説明されてない。

 白い文字が黒い壁を横切っていく。

 その速度は、先ほどまでより速い。コメントの量が増えているのだろう。外では何が起きているのか。配信が拡散されているのか。誰かが通報したのか。別の配信者が取り上げているのか。ニュース速報が出ているのか。神林には分からない。

 だが、ひとつだけ確かなことがあった。

 外の人間たちは、初めて自分たちの足元を見た。

 それまでは、地下法廷にいる十三人を眺めていた。三雲翔を断罪し、白石澪を疑い、鳴海遼を処刑候補にし、神林を黒幕だと呼んだ。誰が一番悪いのかを探し、誰なら殺しても納得できるかを話し合った。

 だが、被告人番号0が表示された瞬間、視線は反転した。

 観測者。

 罪状、責任の放棄。

 その言葉は、外の誰かに向けられていた。

 同時に、神林たち十三人にも向けられていた。

「自己関与認定、三・二パーセント」

 ZEROが告げた。

 壁の隅に数値が表示される。

 外部観測者自己関与認定率:3.2%

 審判成立基準:51.0%

 三雲翔が笑った。

 ひどく乾いた笑いだった。

「無理だな」

 彼は透明板に指を置いたまま、壁の数字を見ている。

「三パーだってよ。九十七パーセントが鳴海を殺せって空気だったのに、自分が関わってましたかって聞かれると三パー。人間って、ほんと都合いいな」

「あなたも、その人間でしょう」

 小早川環が言った。

「そうだよ」

 三雲は即座に答えた。

「だからよく分かる。こういう時、人は逃げる。俺が悪いんじゃない。みんなもやってた。知らなかった。遊びだった。冗談だった。相手が本気にすると思わなかった。何度も見てきた。何度も、俺も言った」

 彼の声には、自嘲が混じっていた。

 神林は、三雲の横顔を見た。

 最初にこの法廷で晒された時、三雲は自分を守るために他人を攻撃した。白石を叩き、外部コメントに乗り、流れを自分から逸らそうとした。いま、その三雲が、外部の逃げ道を塞ぐ役目を負っている。

 皮肉だった。

 だが、ここにいる誰もが皮肉の上に立っている。

 白石は他人に事情を聞いてほしいと願いながら、鳴海の映像を見て怯えた。黒瀬は命を選んできた医師でありながら、選別される側にいる。小早川は法を守るために人を弁護し、その結果で誰かを失った。砂原は真実を求めて人を追い込み、秋津は基準を求めて冤罪を作った。久我は人間の断罪欲を市場にし、その市場に自分も閉じ込められた。

 そして神林は、救うための仕組みを作り、その仕組みに真紀を奪われた。

 誰ひとり、きれいな場所にはいない。

「時間がありません」

 黒瀬万里が言った。

 彼女は壁の残り時間を見ていた。

 残り審理時間:二十三分。

 酸素はさらに薄くなっている。黒瀬の頬にも疲労が濃い。医師として全員の状態を気にしながら、自分自身も限界に近づいているのが分かった。

「このまま自己関与認定が上がらなければ、全員が死ぬ。外の人たちに、認めさせる必要があります」

「正論じゃ無理だ」

 三雲が言った。

「さっきも言ったけど、人間は責められると逃げる。お前が悪いって言われたら、まず反論する。悪いと思ってても、反論する」

「では、どうする」

 秋津怜が問う。

 三雲は透明板を見つめた。

「逃げる前に、見せる」

「何を」

「自分の言葉が、何を動かしたか」

 彼は透明板の端を二本指で弾いた。画面が乱れ、小さなログが浮かぶ。三雲の指の動きは不自由だったが、最初より明らかに速くなっていた。数センチしか動かせない手で、彼は配信者時代の癖を取り戻している。

「コメントログと処刑装置のログが紐づいてるはずだ。白石の冷却。鳴海のワイヤー。酸素濃度。候補表示の強調。全部、外部反応を参照してる」

「個人を特定するのか」

 小早川が言った。

「それは危険です。外の人間への私刑が始まる」

「個人名はいらない」

 三雲は答えた。

「匿名IDとコメントと反映結果だけでいい。誰かを晒すんじゃない。自分の言葉が装置に触っていたって分からせる」

 神林は頷いた。

「可視化ですね」

「そう。人間は見えない責任からは逃げる。でも、自分のコメントの横に『白石澪の体温低下に寄与』とか『鳴海遼の処刑補助値上昇』って出たら、さすがに黙る奴が出る」

「怒る人間も出るでしょう」

 久我玲司が言った。

「運営が悪い、仕組みが悪い、自分は知らなかった、と」

「それでいい」

 三雲は言った。

「全員に認めさせる必要はない。五十一パーでいいんだろ」

 壁の数値が淡く光っている。

 自己関与認定率:4.1%

 少し上がった。

 外部では、すでに揺れが始まっている。

「三雲さん」

 白石が言った。

「その、可視化というのは……私の時のコメントも出るんですか」

 三雲の指が止まった。

「出る」

 白石は目を伏せた。

 彼女が何を思い出しているのか、神林には分かった。

 ――手離してるじゃん。

 ――聖女終了。

 ――白石に入れろ。

 ――泣けば許されると思うな。

 そうした言葉が、再び壁に出る。

 それは、白石を二度傷つけることになる。

「やめるか」

 三雲が聞いた。

 その声は意外なほど慎重だった。

 白石はしばらく黙った。

 やがて、小さく首を振った。

「出してください」

「いいのか」

「よくないです」

 白石は顔を上げた。

「でも、私が寒かったことを、外の人たちは知らない。自分のコメントで椅子が冷えたことも知らない。知らないままだと、また別の誰かに同じことをすると思います」

 神林は、白石の横顔を見た。

 彼女は泣いていなかった。

 怖くないはずがない。自分を嘲笑した言葉が、再び壁に映る。それでも彼女は、それを出せと言った。

 その強さは、英雄という言葉とは違う。

 もっと傷だらけで、もっと人間的なものだった。

「分かった」

 三雲は短く言った。

 そして、透明板に文字を打ち込んだ。

 外部コメントログと負荷反映ログを同期表示。

 個人特定情報は非表示。

 対象、全外部観測者。

 画面が一瞬赤く点滅した。

 ACCESS DENIED

 三雲が舌打ちする。

「やっぱり弾かれた」

「別の権限が必要ですか」

 神林が聞く。

「たぶん、内部管理者権限。俺のデバッグ欄じゃ足りない」

「ZERO」

 小早川が天井へ向かって言った。

「外部観測者の自己関与認定が審判成立条件であるなら、その判断に必要な情報を開示する義務があります」

「本システムに法的義務はありません」

「法的ではなく、条件充足のための機能的要請です」

 秋津が続けた。

「外部観測者が自分の関与を判断するためには、自己の行為と結果の因果関係を知る必要がある。因果関係を秘匿したまま自己関与認定を求めるのは、条件設定として矛盾している」

 ZEROは沈黙した。

 神林は、その沈黙を注意深く聞いた。

 秋津の言葉は、法律論ではない。システムの矛盾を突いている。ZEROが条件を満たすことを求めるなら、その条件を満たすための情報を遮断することは、実験の成立を妨げる。

 榊律子が作ったのなら、ここに抜け道を残している可能性がある。

 神林も口を開いた。

「ZERO。これは証拠開示請求です」

「請求対象を指定してください」

 反応した。

 神林は小早川と秋津を見た。二人が頷く。

「外部観測者のコメント、投票、感情反応値と、内部環境負荷および処刑補助値との対応ログ。個人特定情報を除外した形での開示を求めます」

「目的を指定してください」

「被告人番号0、観測者の自己関与認定に必要な証拠として」

 長い沈黙。

 壁の残り時間が進む。

 二十二分十秒。

 二十二分九秒。

 二十二分八秒。

 白石が息を詰める。

 三雲が透明板を睨む。

 やがて、ZEROが告げた。

「証拠開示請求を受理しました」

 三雲の透明板が白く光った。

 彼は目を見開く。

「来た」

 壁が切り替わった。

 そこに、膨大なログが表示された。

 匿名ID。

 コメント。

 投票。

 反映対象。

 反映値。

 内部負荷。

 最初に映ったのは、白石の場面だった。

 ID:A93F

 コメント:白石に入れろ

 反映対象:被験者03

 感情反応値:怒り

 内部負荷寄与:冷却レベル+0.8

 ID:K201

 コメント:泣けば許されると思うな

 反映対象:被験者03

 感情反応値:拒絶

 内部負荷寄与:冷却レベル+0.5

 ID:M77D

 コメント:演技っぽい

 反映対象:被験者03

 感情反応値:不信

 内部負荷寄与:冷却レベル+0.3

 続いて、白石の体温グラフが横に表示される。

 三十六・二度。

 三十五・七度。

 三十五・一度。

 三十四・八度。

 白石が小さく息を呑んだ。

 神林は、彼女の手が震えるのを見た。

 黒瀬が声をかける。

「白石さん」

「大丈夫です」

 白石は答えた。

 大丈夫なはずはない。

 だが彼女は、画面を見続けた。

 外部コメントが乱れる。

 ――え、俺の出てる?

 ――冷却レベルって何

 ――体温下がってるじゃん

 ――これ本物なの?

 ――知らなかった

 ――白石ごめん

 ――いや俺はコメントしてない

 ――でも投票した

 ――これログ捏造だろ

 ――怖い

 自己関与認定率が上がる。

 7.8%。

 9.4%。

 12.1%。

 次に、鳴海のログが映る。

 ID:F501

 コメント:鳴海でいいだろ

 反映対象:被験者11

 処刑補助値:+1.2

 ID:B00A

 投票:被験者11 有罪

 反映対象:被験者11

 外部有罪率寄与:+0.04%

 処刑補助値:+0.7

 ID:R18C

 コメント:全会一致いけるだろ

 反映対象:被験者11

 内部候補強調:+0.5

 横には、鳴海の首にワイヤーがかかる映像が、音なしで再生される。ワイヤーが締まり、彼の顔が歪み、喉に赤い線が入る。

 外部コメントが止まった。

 完全ではない。

 だが、速度が落ちた。

 人は文字でなら簡単に言える。

 鳴海でいい。

 だが、その言葉の横に、実際に締まる首を並べられると、逃げ道が少し狭くなる。

 鳴海は画面を見ていた。

 自分の処刑未遂映像を、彼は黙って見ている。喉の傷が赤い。目には怒りも恨みもない。あるのは、見られることへの疲れだった。

「鳴海さん」

 白石が言った。

「見なくていいです」

 鳴海は首を横に振った。

「見ます」

 かすれた声だった。

「俺も、昔、見なかったから」

 それ以上は言わなかった。

 神林には、その意味が分かった気がした。

 自分が死なせた少年の顔。遺族の生活。事件後の時間。そうしたものから目を逸らして、彼は名前を変えて生きてきた。今、鳴海は初めて、見られる側として自分の罪を見ている。

 自己関与認定率が上がる。

 18.6%。

 23.9%。

 29.4%。

 まだ足りない。

 外では反発も強くなっている。

 ――運営が悪いだろ

 ――説明されてないのに責任とか無理

 ――AIが勝手に反映しただけ

 ――視聴者を加害者扱いするな

 ――こっちは騙された側

 ――投票システム作った奴を裁け

 ――俺たち関係ない

 神林は、その言葉を見ていた。

 関係ない。

 自分も言いたかった。

 何度も。

 自分は直接指示していない。

 二次利用の詳細を知らなかった。

 真紀の搬送判断をしたのは自分ではない。

 現場にいたわけではない。

 どれも、完全な嘘ではない。

 それでも、関係ないとは言えない。

「三雲さん」

 神林は言った。

「私のログも出してください」

 三雲が顔を上げた。

「お前の?」

「はい」

「外の奴ら、神林を黒幕扱いしてる。今それを出したら、またお前に流れが戻るぞ」

「それで構いません」

 白石が不安そうに神林を見る。

「神林さん」

「私は、外の人たちを責めるだけでは駄目です」

 神林は言った。

「私自身が、知らなかったという言葉に逃げていた。外に対して責任を認めろと言うなら、まずこちらも逃げない姿を見せる必要があります」

「格好つけてる場合かよ」

 三雲が言う。

「格好つけではありません」

 神林は壁を見た。

「取引です。人間は、責められるだけでは認めません。誰かが先に、自分の逃げ道を差し出す必要がある」

 三雲はしばらく神林を見た。

 やがて、短く言った。

「分かった」

 壁が切り替わる。

 神林悠真。

 ZERO-0原設計。

 二次利用許諾契約署名。

 事故後ログ照会。

 派生モデル使用痕跡を確認。

 追及停止。

 続いて、神林の事故後の行動ログが映る。研究所への照会メール。返答の保留。内部システムへのアクセス拒否。書きかけの告発文書。送信されなかったメール。弁護士事務所の問い合わせページを開いた履歴。途中で閉じた記録。

 神林は、それを見つめた。

 自分でも忘れていたものがある。

 途中で閉じた。

 送信しなかった。

 電話をかけなかった。

 追わなかった。

 それらは、外の人間のコメントと同じく、小さな行為だった。何もしないという行為。見ないという行為。閉じるという行為。

 だが、何もしないことも、時に結果へつながる。

 神林は、壁に向かって言った。

「私は、知りませんでした」

 自分の声がスピーカーを通じて外に届いているのかは分からない。だが、三雲が透明板を操作し、神林の音声が外部へ流れるよう設定しているのが見えた。

「でも、疑いました。疑いながら、追いませんでした。怖かったからです。自分の作ったものが、真紀の死に関わっていると知るのが怖かった。だから、止まりました」

 コメントが流れる。

 ――神林認めた

 ――これはきつい

 ――自分の恋人なのに

 ――でも怖いのは分かる

 ――分かるけど、逃げたんだな

 ――俺らも同じ?

 ――見てただけって言ってたけど投票した

 ――知らなかったけど、見続けた

 ――画面閉じなかった

 自己関与認定率が上がる。

 34.2%。

 38.5%。

 まだ足りない。

「足りないな」

 三雲が言った。

「もっと強いのが必要だ」

「外の人間の中に、当事者はいませんか」

 小早川が言った。

「当事者?」

「白石さんの事故の遺族。三雲さんの配信で亡くなった女性の家族。鳴海さんの被害者遺族。神林さんの恋人の家族。そういう人たちが見ている可能性は?」

 三雲が透明板を操作する。

「外部IDの属性は見えない。けど、コメント内容で拾えるかもしれない」

 検索欄に彼は文字を打つ。

 「息子」

 「娘」

 「母」

 「真紀」

 「被害者」

 「遺族」

 壁のログが絞られていく。

 そして、いくつかのコメントが浮かび上がった。

 ID:H771

 コメント:あの時、息子の手を離した子か

 時刻:白石映像提示直後

 反映対象:被験者03

 内部負荷寄与:冷却レベル+0.2

 白石の顔が強張った。

 少年の遺族かもしれない。

 次のログ。

 ID:N102

 コメント:翔、まだ言い訳してるのか。娘は戻らない

 時刻:三雲証拠提示中

 反映対象:被験者02

 外部有罪率寄与:+0.05%

 三雲の喉が動いた。

 次。

 ID:T889

 コメント:鳴海という名前で生きていたのか

 時刻:鳴海証拠提示中

 反映対象:被験者11

 外部有罪率寄与:+0.09%

 鳴海の目が揺れた。

 次。

 ID:MK00

 コメント:真紀を返せ

 時刻:神林事故記録提示中

 反映対象:被験者07

 外部有罪率寄与:+0.07%

 神林は、息を止めた。

 真紀を返せ。

 それは、誰の言葉だろう。真紀の父か。母か。兄か。友人か。神林には分からない。

 だが、その短い文字は、どんな映像よりも神林を打った。

「この人たちも、投票に参加している」

 小早川が言った。

「被害者遺族も、観測者であり参加者になっている」

「責められるのか」

 砂原が低く言った。

「家族を奪われた人間が、加害者を憎むことまで罪なのか」

「罪という言葉では足りません」

 小早川は答えた。

「ただ、憎しみが処刑装置に接続された瞬間、それは別の問題になる」

 神林は壁を見た。

 真紀を返せ。

 その言葉を書いた人間を、神林は責められない。

 自分も、何度も同じことを思った。真紀を返せ。誰でもいいから責任を取れ。誰かを壊せば、この痛みが少しは軽くなるかもしれない。そう思った。

 神林は、外へ向かって言った。

「返せないんです」

 声が震えた。

「誰を殺しても、返せない。私を殺しても、真紀は戻りません。鳴海さんを殺しても、亡くなった少年は戻らない。白石さんを殺しても、あの日の子は戻らない。三雲さんを殺しても、亡くなった女性は戻らない」

 壁のコメントが流れる。

 ――そんなの分かってる

 ――分かってても許せない

 ――じゃあどうすればいいんだよ

 ――裁かれないまま生きてる奴がいるのが無理

 ――殺しても戻らないけど、殺さなきゃ納得できない

 ――それがだめなのか

 ――俺もそう思ってた

 ――誰かが死ねば終わると思ってた

 自己関与認定率。

 42.8%。

 まだ足りない。

 残り時間は十四分。

 空気はますます重くなっている。白石が浅く息をしている。黒瀬は自分の苦しさを押し殺し、全員に呼吸を整えるよう指示していた。鳴海は声を出すのも辛そうだ。砂原の額から汗が落ちる。秋津は唇の色を失いながらも壁を見ている。

 三雲の指が震えている。

「あと八パー」

 彼は言った。

「どうする」

 沈黙。

 そこで、鳴海が手を上げようとした。拘束具に阻まれ、腕は少ししか動かない。

「俺に、話させてください」

 声はほとんど出ていない。

 黒瀬が止めようとする。

「喉を傷めています。無理に話さないで」

「話します」

 鳴海は言った。

 三雲が透明板を操作する。

「音声拾うぞ」

 鳴海は壁を見た。

 そこに、彼の事件を知るかもしれない誰かがいる。被害者の遺族かもしれないIDもある。

 鳴海は、ゆっくり言った。

「俺を殺したい人がいるなら、それは当然だと思います」

 声は掠れていた。

「俺は、人を死なせました。名前を変えて生きてきました。更生したと言われるのが嫌でした。俺が更生しても、死んだ人は戻らないからです。寄付をしました。匿名で。償いのつもりでした。でも、たぶん違います。俺が自分を少しでも許すためでした」

 コメントが止まる。

 鳴海は続ける。

「さっき、俺でいいと言いました。俺を殺せば終わるなら、それでいいと。でも、それも逃げでした。死ねば、もう謝らなくていい。責められなくていい。生きている限り続くものから、逃げようとしました」

 彼は息を吸う。

 喉が痛むのか、顔が歪む。

「俺は、生きて謝らなきゃいけない。許されなくても。拒まれても。殺されることで終わりにしちゃいけなかった」

 壁に、コメントが流れる。

 ――被害者遺族だけど、許せない

 ――でも死ねばいいとは今は言えない

 ――俺も鳴海に入れた

 ――殺せば楽になると思った

 ――楽になりたかったのはこっちか

 ――YES押した

 ――俺も参加してた

 ――見てただけじゃなかった

 自己関与認定率。

 47.6%。

 あと少し。

「白石さん」

 小早川が静かに言った。

 白石は顔を上げる。

「無理なら、いいです」

 白石は少しだけ笑った。

「無理じゃないです」

 彼女は壁を見た。

 自分を責めたかもしれない少年の遺族。自分を聖女と呼んだ人。自分を人殺しと呼んだ人。そうした見えない群衆へ向かって、白石は話し始めた。

「私は、あの日、男の子の手を離しました」

 神林は彼女を見た。

 白石は逃げなかった。

「離したくて離したんじゃありません。でも、手を離したのは事実です。その子は亡くなりました。赤ちゃんは助かりました。だからといって、亡くなった子の命が軽くなるわけじゃありません」

 声は震えている。

 それでも、止まらない。

「私は、英雄と言われました。その時も違うと思いました。でも、違うと言えませんでした。今度は人殺しと言われました。それも違うと思いました。でも、全部が違うわけじゃない。私は、どちらの言葉にも隠れようとしました。英雄なら責められない。人殺しなら、もう何を言っても無駄だって」

 白石の目から涙が落ちた。

「でも、私はどちらでもありません。助けようとして、助けられなかった人間です。そのことを、死ぬまで持っていきます。だから、お願いです。誰かを一言で終わらせないでください」

 コメントが流れる。

 ――ごめん

 ――白石に入れた

 ――映像だけで判断した

 ――英雄扱いも人殺し扱いも同じか

 ――YES押した

 ――見てただけじゃない

 ――私も参加してた

 ――ごめんなさい

 ――でも謝って済む話じゃない

 ――それでもYES押す

 自己関与認定率。

 50.3%。

 足りない。

 ほんの少し。

 残り時間は八分。

「あと〇・七」

 三雲が言った。

 声が掠れていた。

「くそ、あと少しなのに」

 久我玲司が口を開いた。

「私が話そう」

 小早川が彼を見る。

「あなたが?」

「最も嫌われやすい人間が話す必要もある」

 久我は、壁へ向いた。

「私は、《JURY》に金を出した。人が人を裁きたがる欲望に、市場価値を見た。誰かを憎みたい。誰かを見下したい。安全な場所から正義を語りたい。その欲望は金になる。私はそう考えた」

 彼は笑わなかった。

「私は、あなたたちを誘惑した側の人間だ。見ていい。投票していい。あなたの怒りには価値がある。そう言って、席を用意した。だから、外にいる人たちだけを責める資格はない」

 コメントの速度が落ちる。

「だが、席に座った以上、見たものには責任が生まれる。知らなかったと言う権利はある。騙されたと言う権利もある。だが、その後でなお見続けたのなら、投票したのなら、コメントしたのなら、まったく無関係ではいられない」

 久我は、初めて苦い表情を見せた。

「私も、無関係ではいられない」

 自己関与認定率。

 50.9%。

 神林は息を呑んだ。

 あと、〇・一。

 外部コメントが激しく揺れる。

 ――YES押した

 ――押せない

 ――俺は何もしてない

 ――でも見てた

 ――投票はしてないけどコメントした

 ――コメントもしてないけど最後まで見た

 ――それも参加なのか

 ――分からない

 ――分からないけど、NOとは言えない

 ――YES

 数字が変わった。

 51.0%。

 壁全体が白く光った。

 外部観測者自己関与認定:成立

 誰も声を出さなかった。

 十三人の投票は、すでに全会一致している。

 外部の自己関与認定も、基準を超えた。

 被告人番号0、観測者。

 罪状、責任の放棄。

 審判成立。

 ZEROの声が降った。

「審判対象を確定しました」

 処刑装置が動いた。

 中央の透明な箱の中で、金属柱がせり上がる。天井のノズルが開く。壁際のアームが展開する。全員が身構えた。

「処刑対象、被告人番号0」

 神林は、喉を鳴らした。

 観測者をどう処刑するのか。

 外の人間を殺すのか。配信を見ていた五十一パーセントの人間に、何かが起きるのか。そんなはずはない。だが、このシステムなら何をするか分からない。

 白石が怯えた目で神林を見る。

「大丈夫ですか」

 神林には答えられなかった。

 ZEROが告げる。

「被告人番号0は、特定個人ではありません。処刑方式を変更します」

 壁に文字が出る。

 処刑方式:責任放棄構造の破棄

 対象:JURY-LIVE連携システム

 対象:外部反応連動型環境制御

 対象:処刑補助アルゴリズム

 対象:証拠編集誘導モデル

 神林は目を見開いた。

「システムを殺すのか」

 三雲が言った。

 中央の装置が激しく唸る。

 壁に流れていたコメントが途切れた。外部配信の画面が乱れ、白いノイズに変わる。投票欄が消える。処刑装置のアームが次々と停止する。白石の椅子の冷却ユニットが無効化され、鳴海の首元のワイヤーが完全に収納される。

 腕輪が、一斉に白く光った。

 拘束具が外れる音がした。

 腰を押さえていたベルトが緩む。手首の金属バンドはまだ残っているが、椅子から身体が離れる。砂原が真っ先に立ち上がろうとして、膝から崩れた。黒瀬がそれを見て叫ぶ。

「急に動かないでください。酸素が薄い状態が続いていました」

 天井の空調音が変わる。

 新鮮な空気が流れ込んできた。

 それだけで、神林は目眩を覚えた。肺が空気を求めていたことに、今さら気づく。

 白石が椅子にもたれたまま泣き出した。

 鳴海は喉を押さえ、床を見ていた。

 三雲は透明板を見つめ、何度も「止まった」と呟いている。

 小早川は立ち上がろうとしながら、壁に目を向けていた。

 秋津は、ZEROの最後の表示を読んでいる。

 久我は、何かを諦めたように天井を見上げていた。

 壁に、最後のメッセージが浮かんだ。

 審判は終了しました。

 全記録は外部へ公開されます。

 その直後、正面の壁の一部が音を立てた。

 扉があった。

 これまで黒い壁としか見えなかった部分に、縦の線が入り、ゆっくりと開いていく。向こうから、白い光が差し込んだ。

 誰もすぐには動かなかった。

 出口が開いた時、人は歓声を上げるものだと、神林はどこかで思っていた。だが現実には、誰も叫ばなかった。救われたというより、裁きの途中で急に外へ放り出されるような感覚だった。

 自分たちは生き延びた。

 だが、無罪になったわけではない。

 黒瀬が白石の肩に手を置く。

「立てますか」

「はい」

 白石はそう答えたが、立ち上がると足元がふらついた。黒瀬が支える。鳴海が一歩進もうとして咳き込み、砂原が無言で肩を貸した。三雲は、その様子を見て一瞬迷い、それから自分も鳴海の反対側へ回った。

「触るなって言われるかもしれないけど」

 三雲が言う。

「今は我慢しろ」

 鳴海はかすかに頷いた。

 小早川は神林のそばへ来た。

「行きましょう」

「はい」

 神林は壁を振り返った。

 そこには、もうコメントは流れていない。

 黒い壁には、彼自身の顔が薄く映っていた。

 疲れきった男の顔。自分の作ったものから逃げ、恋人の死から逃げ、いまようやく逃げるのをやめようとしている男の顔。

 その顔が、ひどく知らないものに見えた。

 扉の向こうへ出ると、長い通路が続いていた。

 白い照明。無機質な壁。床には埃が薄く積もっている。しばらく使われていない施設のようだった。だが、空調は動いている。監視カメラもある。完全な廃墟ではない。

 通路の先から、人の声が聞こえた。

 警察か。救急か。報道か。

 誰かが叫ぶ。

「いたぞ!」

 複数の足音が近づいてくる。

 その瞬間、白石が身を固くした。鳴海も俯く。三雲が反射的に顔を背ける。彼らは、外に出ることを望んでいた。だが外は、安全な場所ではない。

 そこには、また視線がある。

 カメラがある。記者がいる。警察がいる。遺族がいる。世論がある。

 地下法廷は終わった。

 だが、彼らの審判は終わらない。

     ◇

 数週間後、国会議事堂の会議室には、低いざわめきが満ちていた。

 公開聴聞会。

 正式名称は、AI支援型社会判断システムおよび民間刑罰感情プラットフォームに関する特別調査会。長すぎる名称は、問題の複雑さをそのまま表していた。

 傍聴席は満席だった。記者、専門家、被害者遺族、市民団体、企業関係者。誰もが静かに座っているが、空気は張り詰めている。会場の外には、さらに多くの報道陣がいるという。

 神林悠真は、証言台に座っていた。

 地下法廷から救出された後、十三人はそれぞれ事情聴取を受けた。施設の場所、運営主体、ZEROのログ、JURY-LIVEの配信記録、外部投票データ。すべてが外部へ流出し、社会は数日間、ほとんどその話題だけで埋まった。

 最初に起きたのは、怒りだった。

 誰がやったのか。

 責任者を出せ。

 関係者を逮捕しろ。

 配信を見ていた人間も裁け。

 いや、視聴者は騙された被害者だ。

 AIが悪い。

 企業が悪い。

 政府が悪い。

 開発者が悪い。

 スポンサーが悪い。

 人々はまた、誰か一人を探した。

 その動き自体が、地下法廷の続きのように神林には見えた。

 証言台の左手には、弁護士として小早川環が座っている。彼女は自分の事件についても再検証を求める準備をしていると聞いた。少し離れた傍聴席には、黒瀬万里がいた。医療現場でのAI支援利用に関する証言を求められている。白石澪も来ていた。少年の遺族と面会したという話は聞いているが、その内容を神林は知らない。知る権利があるとも思わない。

 三雲翔は、後方の席にいた。

 彼は配信者としての名前を捨てた。過去の動画をすべて削除し、今回のJURYログ解析に協力している。許されたわけではない。亡くなった女性の遺族が彼を許すかどうかも分からない。ただ、彼は初めて、自分が作った炎上の構造を自分の言葉で説明しようとしている。

 鳴海遼もいた。

 本名を公表したことで、彼は再び激しい非難に晒されている。被害者遺族から面会を拒まれたとも聞いた。それでも、彼は逃げなかった。逃げないことが償いになるのかは分からない。だが、少なくとも彼は、名前を変えた場所から戻ってきた。

 砂原剛と秋津怜は、それぞれ過去の捜査と起訴判断について調査を受けている。久我玲司は、企業出資とJURYの商用利用契約について厳しい追及を受けている。比良野陽、望月淳、鷹野真司、羽柴郁も、それぞれの場で証言することになっていた。

 誰も、救われた顔はしていない。

 だが、逃げてもいない。

「神林悠真さん」

 委員長席の議員が、マイクに向かって言った。

「あなたは、ZERO-0の原設計者として、今回の事件におけるAIの責任をどう考えますか」

 会議室が静かになった。

 何度も想定した問いだった。

 AIに責任はあるのか。

 神林は、正面のマイクを見た。黒い小さな機械。音を拾い、電気信号に変え、外へ送る。道具は、いつも人間の声を運ぶ。だが、声の責任を負うのは道具ではない。

「AIには、罪を背負う身体がありません」

 神林は言った。

 自分の声が、会議室に響く。

「痛みも、後悔も、墓参りもできません。謝罪の言葉を出力することはできても、その言葉に震える身体を持ちません。だから、AIに罪を預けてはいけないと思います」

 議員が聞く。

「では、AIには責任がないと?」

「違います」

 神林は答えた。

「AIシステムには、設計責任、運用責任、監査責任があります。しかし、それを負うのはAI自身ではありません。設計した人間、許可した組織、利用した機関、利益を得た企業、見ていた社会です。AIが示したから仕方ない、という言葉を使った瞬間、人間は自分の判断を手放します」

 傍聴席の一部がざわついた。

 神林は続ける。

「私も、その一人です。私は、ZERO-0の二次利用に疑問を持ちながら、止まりませんでした。真紀の事故後、派生モデルの痕跡を見つけながら、追及をやめました。知らなかったことはあります。しかし、疑いながら見なかったこともあります」

 真紀の名を出すと、胸が痛んだ。

 それでも、言わなければならなかった。

「私は、今回の事件で被害を受けました。同時に、加害構造の一部でもありました。この二つは、同時に成立します」

 会議室は静かだった。

 誰もが、自分が聞きたい答えを待っていたのかもしれない。

 AIが悪い。

 企業が悪い。

 政府が悪い。

 開発者が悪い。

 視聴者が悪い。

 そんな単純な答えを。

 神林は、それを渡すつもりはなかった。

「地下法廷で、私たちは誰か一人を選べと言われました。選べば、その人だけが処刑される。選ばなければ全員が死ぬ。そういう状況に置かれました」

 彼は言葉を区切った。

「その時、私たちは何度も、分かりやすい誰かを選びそうになりました。暴露配信者。少年事件の加害者。AI開発者。スポンサー。誰か一人に全部背負わせれば、自分たちは少し楽になれる。そう思いました」

 傍聴席の白石が、静かに神林を見ている。

「でも、それでは終わりません。誰か一人を罰することが必要な場合はあります。個人の責任を曖昧にしてはいけません。ただ、その一人を罰したことで、構造全体を見たつもりになってはいけない。罪を数値化した瞬間、罪を背負わない人間だけが増えていきます」

 議員は黙っていた。

 神林は、最後にこう言った。

「AIの問題は、AIが人間のように判断することではありません。人間が、AIの後ろに隠れて判断しなくなることです」

 マイクのランプが赤く光っている。

 その光を見ながら、神林は思った。

 これで何かが終わるわけではない。

 調査は続く。裁判も起きるだろう。神林自身も、責任を問われる。研究者としての信用は戻らないかもしれない。真紀の家族に会える日が来るかも分からない。

 それでも、ここで話すことから逃げるわけにはいかなかった。

 聴聞会が休憩に入った時、白石が神林のところへ来た。

「お疲れさまでした」

「白石さんこそ」

 彼女は少し痩せて見えた。だが、地下法廷で見た時よりも、目に力があった。

「少年のご遺族とは」

 神林は言いかけて、止めた。

 聞くべきではないと思った。

 白石は、それを察したように首を振った。

「まだ、何も終わってません」

「そうですか」

「でも、会ってくれました」

 それ以上、彼女は言わなかった。

 神林も聞かなかった。

 三雲が近づいてきた。以前のような派手な髪はそのままだが、雰囲気が少し違う。軽さが消えたわけではない。ただ、軽さの下にあるものを隠しきれなくなっている。

「外、また燃えてるぞ」

 三雲が言った。

「何がですか」

「神林の証言。切り抜きが回ってる。『AIには墓参りができない』ってやつ」

 神林は目を閉じた。

「また切り抜きですか」

「人間は学ばねえな」

 三雲はそう言って、少しだけ笑った。

 その笑いは、自分自身にも向けられていた。

「でも、今回は俺が補足ログを出してる。全文読めって。切り抜きだけで殴るなって」

「あなたがそれを言いますか」

 小早川が横から言った。

 三雲は肩をすくめた。

「だから効くだろ。前科がある奴の説教は、たまに刺さる」

 白石が小さく笑った。

 その笑いを見て、神林は少しだけ息が楽になった。

 完全な救いではない。

 だが、人間が変わる時は、おそらくこんなふうに少しずつなのだろう。劇的な赦しではなく、昨日までしていたことを今日は少し疑う。その程度の変化。それでも、ないよりはいい。

 会場の外へ出ると、廊下の窓から曇り空が見えた。

 雨は降っていない。

 神林はスマートフォンを取り出した。電源を入れるたびに、今でも少し緊張する。地下法廷の通知がまた現れるのではないかという、馬鹿げた恐怖が残っている。

 画面には、大量の通知が並んでいた。

 ニュース。メッセージ。知らない番号。取材依頼。批判。励まし。罵倒。

 その中に、一件だけ送信者不明の通知があった。

 神林の指が止まる。

 件名はない。

 本文だけが表示されている。

 新しい審判が開始されました。

 被告人番号0。

 対象、観測者。

 神林は、しばらく画面を見つめていた。

 心臓が早く打っている。

 またZEROか。

 別の誰かか。

 模倣犯か。

 ただの悪質な嫌がらせか。

 分からない。

 三雲が横から覗き込み、顔をしかめた。

「おい、それ」

「分かっています」

 神林は画面を閉じた。

「警察に」

「もちろん渡します」

 彼はスマートフォンをポケットにしまった。

 窓の外では、曇った空の下を人々が歩いている。誰も、自分が何かの審判に参加しているとは思っていない。スマートフォンを見ながら、ニュースを読み、コメントを書き、誰かに怒り、誰かを笑い、誰かを許し、誰かを許さない。

 そのすべてを止めることはできない。

 人間は、裁かれることよりも、裁くことに慣れすぎている。

 だからこそ、何度でも問わなければならない。

 自分は今、見ているだけなのか。

 それとも、すでに参加しているのか。

 神林は廊下の先へ歩き出した。

 背後で、白石の声がした。

「神林さん」

 振り返る。

 白石は、少し迷ってから言った。

「今度は、閉じないでくださいね」

 スマートフォンの画面のことではないと、神林には分かった。

 疑いながら、追わなかったこと。

 怖くて、見なかったこと。

 途中で閉じたこと。

 神林は頷いた。

「閉じません」

 その言葉が、どれほど重いかを彼は知っていた。

 軽々しく誓えるものではない。

 それでも、言った。

 廊下の窓に、彼らの姿が薄く映っている。

 神林。白石。三雲。小早川。黒瀬。鳴海。砂原。秋津。久我。そこにいる全員が、それぞれ別の傷を抱えている。誰も完全には赦されない。誰も完全には裁き切れない。

 それでも、彼らは歩いている。

 審判は終わらない。

 だが、誰か一人に全部を背負わせるための審判なら、終わらせることができる。

 神林は、もう一度だけポケットの中のスマートフォンに触れた。

 画面は閉じている。

 だが、逃げるためではない。

 今度は、開くために閉じている。

 了




 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


 本作は、

「もしAIが人を裁くのではなく、人間に“裁かせる”ために存在していたら」

という発想から生まれた物語です。


 地下の密室に集められた十三人は、それぞれ誰かの死に関わっています。

 けれど、単純な悪人だけを並べたかったわけではありません。


 人を追い詰めた者。

 命を選ばざるを得なかった者。

 法を守ったことで別の悲劇を生んだ者。

 救おうとして、救えなかった者。

 そして、知らなかったという言葉に逃げた者。


 誰が一番悪いのか。

 誰を罰すれば、残りの人間は楽になれるのか。


 そう考えた瞬間、もしかすると私たちもまた、《ZERO》の法廷に足を踏み入れているのかもしれません。


 この作品で一番書きたかったのは、AIの怖さそのものではなく、

「AIがそう言ったから」

「みんながそう言っているから」

「自分は見ていただけだから」

という言葉の裏に、人間がどれだけ簡単に隠れてしまうのか、ということでした。


 神林たちは最後に、誰か一人を選ぶのではなく、“観測者”を選びます。

 けれど、それは外にいる誰かだけを責めるためではありません。

 彼ら自身もまた、誰かを見て、疑い、裁き、楽な答えを欲しがった人間でした。


 だからこそ、完全な救いではなく、

「それでも逃げずに見る」

という終わり方にしました。


 読んでくださった方の中で、もし少しでも、

「自分なら誰に投票しただろう」

「見ているだけ、という立場は本当に安全なのだろうか」

と考えていただけたなら、とても嬉しいです。


 評価、ブックマーク、感想などをいただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

 よろしければ、あなたが一番印象に残った人物や場面を教えてください。


 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

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