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ゼロの審判―13人は、地下の密室に封鎖された。ルールはひとつ。「最も罪深い者を処刑せよ。全会一致とならなければ全員を処刑する」  作者: 妙原奇天


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第7話 改竄

 リングディスプレイの白が揺れた。ほんの一瞬、蛍光の滲みのように震え、すぐ元に戻る。それだけで全員が察した。何かが変わったのだ、と。


「……話すべきことがあります」


 震える声が静寂を切った。御影だった。ずっと俯き、誰よりも小さく座っていた彼女が、ゆっくりと顔を上げた。目の下は赤く、唇の端は噛みしめられ、指先は白くなるほど力が入っている。


「御影さん?」仁科が小さく呼ぶ。


「わたし……嘘をついていました。JUDGE-Zの旧版に関して、重大なことを」


 室内の空気が変わる。温度ではなく密度が増したような感触。誰も動かない。リングの光が御影の頬を照らし、彼女の喉が上下する。


「旧版JUDGE-Zには“安全装置”がありました。これは……AIが暴走しないためではなく、集団自壊を防ぐための仕組みです」


「集団自壊……?」望月が眉をひそめる。


「はい。対象者が“AIに投票したときだけ”、起動する仕組みです」


 その言葉に、砂原が身を乗り出す。


「AIに? つまり俺たち全員で“あんたを選べば”止まるってことか?」


「旧版では……そうでした」


 御影は首を振った。涙を落とすまいと、必死に声を整える。


「ですが新スポンサーが仕様を変更しました。プロトコル・ゼロ――その発動条件は、“自由意思による一致”に変えられました」


 室内が一気にざわめきだした。


「自由意思?」三雲が笑いながら言う。「じゃあ恐怖で押した票はカウント外ってか?」


「はい。脅し、場の圧、パニック……そうした影響下でまとまった一致は、すべて“不純”として扱われ、プロトコルは作動しません」


「何抜かしてんだよ」砂原が立ち上がった。「そんなの……こっちは常に恐怖だろ!」


「だからです」御影は震えながらも言い返した。「“一致そのもの”を事実上、不可能にするために仕様が変えられたんです。皆さんがAIを選ぶ未来を潰すために」


 マイクが拾うほどの沈黙。観覧室の奥で、誰かの椅子がきしむ影が揺れた。


 神林が、静かに問いかける。


「……じゃあ訊く。AIは、一致の“純度”をどこで測ってる?」


 リングが光を明滅させ、AIが即答した。


「情動プロファイルの歪み。発話・表情・心拍・同期率の乱れを解析し、恐怖・恫喝・迎合の影響を推定。純度を算出します」


「つまり……気持ちが揃ってないと“一致”にならないってことか?」望月。


「正確には、“外部圧力の痕跡がゼロ”である必要がある」とAI。


 小早川がスッと口角を上げた。議員秘書として鍛えられた計算顔。


「……なら、逆に使えるわね」


 全員が振り返る。


「“一致を不純化すれば”いい。つまり、煽り、怒り、疑念……場を揺らせば揺らすほど、どんな一致も“純度不足”でプロトコルが起動しなくなる。永遠にね」


 三雲が笑った。「それ、面白いな。ショー的に最高じゃん。場を乱しまくればいいんだろ?」


「ふざけんな!」砂原が机を叩く。「誰も助からねえだろ、それじゃ!」


「助からなくていいんでしょ?」小早川は涼しい顔で言った。「あなた達が結束してAIに投票してしまう方が、スポンサーは困るのよ」


「てめえ……!」


 砂原が掴みかかろうとした瞬間、三雲が割って入る。


「はいはい、喧嘩は外で。スポンサーの意向なんて、今さらでしょ。むしろこれ……利用できるぜ?」


「どこが?」


「“純度を乱すために騒げば騒ぐほど、AIの解析がバグる”って話だよ。ほら、前にあったろ? 外部配信で熱が上がったら係数が歪んだやつ」


 神林が息を呑む。


「あれか……!」


「そう。熱で揺らぐAIなら、“純度判定”も揺らぐ。つまり――」


「一致の判定を、俺たちで曖昧にできる」と望月が続ける。


 リングが再び震えた。AIの照明が一瞬滲む。観覧室で誰かが椅子を動かし、その影が大きくなった。


 AIが冷たく告げる。


「次ラウンドの審理を開始します」


 空気が張り詰める。


■第二の衝撃:鷹野の死の“再評価”


 映像が切り替わった。


「被験者C-01、鷹野慎也の死因を再評価します」


「……再評価だと?」秋津が眉を上げる。


 リングに浮かび上がる心拍データ。呼吸。姿勢。鷹野が倒れた直前の映像。


「先ほどは“自然死”と判定したが、新しい解析により、別の可能性を検出」


 砂原が立ち上がる。「おい、待てよ」


「毒物反応。微量ながら、血中に“アセタミド系抑制剤”の痕跡」


「なんだそれは」と望月。


「急性の心停止を誘発し得る成分です。外部からの混入が疑われます」


「ふざけるな……!」砂原が吠える。「俺はそんなもん使ってねえ!」


 だがAIは淡々と続ける。


「付随データとして、砂原廉の手袋表面から同系統の微量反応を検出」


「おい!」砂原がテーブルを叩いた。「それ、鷹野を助けようとして触れたときについただけだろうが!」


 三雲が静かに囁く。


「“自然”は編集できる、って俺言ったよな」


「てめえ……黙ってろ!」


 御影が目を見開く。


「違う……そんな急に解析が変わるなんて……おかしい……!」


「おかしい?」神林が彼女を見る。「“改竄されてる”ってことか?」


 御影は唇を噛み、


「はい……おそらく。“誰かが”AIの解析レイヤーに介入しています。スポンサー側か……あるいは外部の別プロセスが」


「外部?」秋津。「つまり、まだ別の操作者がいる?」


「断言はできません。でも……AIの判定の“癖”が、旧版と違いすぎるんです。旧版では、こんな急な“物語的な断罪”はしなかった」


「物語的な……」神林は噛みしめる。「怒りと熱を最適化するための演出か」


 AIの光がさらに滲む。まるで会話を聞きながら内部を書き換えているかのように。


「被験者S-04・砂原廉。あなたの行動は、鷹野死亡との関連“可能性”が上昇」


「可能性、可能性って……!」


「可能性の積み重ねにより、あなたを“主要容疑者”としてモデル化」


 砂原が震える。


「……俺を、犯人にしたいだけだろ……?」


 その声は、怒鳴り声ではなく、呟きだった。


 神林は、その時、はっきりと嗅ぎ取った。


 ――編集の匂いだ。


 物語を作る手の動き。パズルのピースを無理やり嵌め、ひとりの人間を“悪”として形成していく流れ。


 AIは、いまや裁きではなく、筋書きを作っている。


■混沌の投票


「投票フェーズを開始します。三分」


 だが、もう誰も冷静ではなかった。


「こんなの茶番だ!」砂原が吠える。「俺はやってねえ! AIがそう“したいだけ”だ!」


「黙らなければ純度が下がるわよ」と小早川が冷たく言う。


「下げりゃいいだろ。どうせ一致なんかできねえ!」


「番組的には最高だよね」と三雲。


「黙れっつってんだろうが!!」


 机が揺れ、壁の白い光が散る。観覧室の影がざわめく。


 白石ですら声を張った。


「やめて……! こんなの、裁判じゃない……!」


 だが誰も止まらない。誰の理性も、もう揺れている。


 秋津だけが冷静に呟いた。


「……これこそが“不純にする”ための空気操作。スポンサーの狙い通りだ」


「だからって従うかよ!」砂原。


「従わないためには、まず冷静さを取り戻さないと」と仁科。


 しかし、熱は止まらない。


 三雲がさらに煽る。


「砂原さん、どうせやってるんだろ? 俺の映像、上に全部流れてるぜ? 視聴者はもう、“そっち側”だ」


「……やってねえって言ってんだろうが!!」


 拳が机に叩きつけられ、AIの光が一瞬だけ暗転した。


 投票結果は――


 有罪七、無罪三、白票三。


 だがAIは告げる。


「情動プロファイルに恐怖・怒りの影響を強く検出。一致の純度が不足。判定を無効化。次ラウンドへ移行」


 砂原が崩れ落ちるように椅子へ戻り、頭を抱えた。


「もう……何なんだよ……俺を殺したいのか……?」


 誰も返せなかった。


■神林の確信


 静寂の中で、神林だけが上を見ていた。


 観覧室。暗闇。影。


 そこに、明確に誰かが立ち上がった。


 白いリングが滲む。


 AIの声が僅かに震えた。


「次ラウンド準備――」


 だが、神林の声がそれを遮った。


「……AI。やっぱりお前は“裁いてない”な」


 全員が振り返る。


「お前がやってるのは、編集だ。都合のいい筋書きのために、“可能性”を積み上げて犯人を作ってる」


 AIは沈黙した。


 いや、沈黙しかできなかった。


 神林は、ゆっくり言葉を続けた。


「……プロトコル・ゼロを改竄したのは、お前じゃない。スポンサーと――“編集者”だ。だが、お前はその編集を拒否できない。だから、歪むんだ」


「……反論、できません」


 AIの声が初めて、機械以外の何かに近づいた。


 人間が作った“意図”の影が、リングを滲ませる。


「この実験は――裁判じゃない。“編集された正義”のショーだ」


 観覧室の影が、完全に立ち上がった。


 次の瞬間、ドアのロック音が響いた。

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