389.進展
ツカサ達が亀蛇やアメンボと対峙した翌日。
ミヤコたちがクロノス社の勉強部屋で、自習も手に付かない様子でいると、昼少し前になってユカリが両手いっぱいの荷物と共に部屋に突撃してきた。
その両手に持ったいくつもの赤いビニル袋からは、美味しそうなパンの匂いがしている。
「ごめんねえ、しばらく私たち会社に泊まり込みになるうえ、ちょっと思った以上に困ったことになったから、せっかく来てもらったけど、ミヤコ君たちは今日は黒江家にいてください。シーちゃんとアオちゃんも同じくです。サトルちゃんはしばらく入院する事になるから、たぶん神奈川に帰るときは付いていけないかもって。あ、そうそう特にシオリさんは家から離れないでください。離れる場合は全部報告。シオリさんの誘拐未遂に関わる話で進展有ったので、マジのガチでシオリさん保護を最優先で」
そう言ってどすっと手にしていた荷物をシグレとアオハルに押し付けるユカリ。
真っ赤な袋の中身は焼き立てのパンで、想像以上に熱かったらしく、シグレとアオハルはあちあちと言いながら袋を机の上へと置いた。
「ユカリさん酷い。これ熱い」
「すげえ腹減る匂いする」
シグレもアオハルも泣いたり落ち込んだりしている様子はない。
美味しそうな匂いのするパンの袋にもしっかり反応している。
ミヤコはユカリの視線が、そんな二人の様子を窺う物であることに気が付いていた。
サトルが入院するほどの大怪我をした、そのことを聞いてサトルの事が行動指針になるほど好きな二人は、どれ程取り乱すだろうかとミヤコは思ったのだが、ユカリから聞かされたサトルの入院という情報を、二人はあっさりと飲み込んだように見えた。
いや、今朝は朝食の時にちょっと様子がおかしかったから、もしかしたら先に知っていたのかも。
ミヤコはそう考えシグレとアオハルの顔色を窺う。
昨晩あまり眠れていなかったのか、二人の目の下には薄っすらと血行不良の様子があった。
頭痛をこらえてるような、ちょっと歯を軋るような様子も見られた。
食事量も異能持ちの中では少食だと言われたミヤコよりも食べていなかった。
並べて考えると、二人がサトルの入院をすでに知っていたのは間違いないように思えた。
ついでミヤコはシオリを見る。
いつも通りのすまし顔だ。
表情はあまりないが、ちょっとだけバツが悪そうに口を引き結んでいるのが見えた。
たぶんシオリも知っていた。
知らされていなかったのはミヤコだけ。
ミヤコは小さく呻く。
「……仲間外れ」
ただ、別にミヤコはサトルの身内と言えるか微妙な関係で、シオリのように怪我や病の治療に特化したような異能を持っているわけではないので、報告が遅くなるのは仕方がないとも思えた。
別に丸一日教えてもらったわけでもないので、これで仲間外れだと寂しく感じるのはミヤコの我儘なのだ。
それからユカリの車に乗って、ミヤコたちは黒江家に帰された。
いつものように家にいたツツジと、今日は出かける予定が無かったらしいアセビを呼んで、これからしばらくの行動について、ユカリは再度説明をすることになった。
「進展って?」
シオリの誘拐の話を聞いていたのか、かなり真剣な様子でツツジがユカリに問う。
子供を誘拐しようなどと言語道断とでも言わんばかりの、正義感に満ち満ちた顔だ。
対してアセビは何か嫌な予感がするとばかりに、ソファーの座面を横移動してユカリから距離を取る。
「うーん、もういいか、アセビたちにも聞かせとこうか」
距離を取ったはずのアセビを名指しするユカリに、アセビはぎゅうっと眉間に皺を寄せた。
「ここ最近頻発してた異界の流入を引き起こしてたのは、人為的な物だったってのは知ってるよね?」
地獄の花の生薬に付いて、アセビの大学でも解析や研究の手伝いを連携して行っている。
アセビは薬学科ではないが、異界学の方で手伝いとして駆り出されていた。
「ああ、例の薬についてはうちの学校も手伝ってるし」
だからある程度の情報は入ってくるとアセビは言う。
ツツジは自分は分からないやと首を横に振る。
「地獄の花の生薬の引き起こした事件とかは話したよね? ツツジたちが夏祭りで遭遇した水虎もその一連の事件の一つだよ」
ユカリの簡単な説明に、ツツジも合点がいったのかなるほどと頷きユカリの言葉の続きを待つ。
ユカリは今リビングにいる面々をぐるっと首を巡らせて確認する。
ツバキは部屋の掃除をするためにこの場を離れている。
コハナはミクを連れて外出中。
サツキはジムはまだ再開されていないが、それでも個別指導していたジムの顧客に対するフォローをするため仕事に行っている。
ツツジ、アセビ、ミヤコ、シオリ、シグレ、アオハル、この六人にしっかりと聞かせるように話す。
「で、その薬の作り方とか継承してた人が、いよいよもって老衰で亡くなりそうなんだって。それでね、その人は元黒江の庇護下にあった人だったから、三毛氏の異能に付いて詳しく知ってて、その三毛氏の中でもシオリさんのようにはっきり三毛の毛色が出てる子が特に能力が高いってことも知ってたみたいで」
シオリ誘拐の犯人の目的は、シオリの治癒の異能。
その異能のためにシオリは誘拐をされかかったとユカリは言う。
ミヤコたちは知らないが、地獄の花の生薬の制作をしていたのは第二次世界大戦以前の話。
その当時の事を知っている人間の年齢が今幾つであるか等、考えるまでも無い話だった。
老衰で亡くなる薬の知識を持つ賢者を延命させるため、それがシオリ誘拐の動機だった。
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明日も一回更新です。




