388.依存と執着とお兄ちゃん
深夜にシグレのスマホに、コトエからユカリ経由で送られてきたメッセージ。
そこにはサトルが大怪我をし、失血が多く、今現在は意識が無い事が書かれていた。
たぶん命は取り留めるが、四肢の欠損があるためしばらくの安静は確実なので、夏休みが終わっても一緒に帰ることができないと、それをサトルが申し訳ないと、意識を失う前に言っていたことも長々とつづられている。
シグレとアオハルは目が滑るような長文を何度も読み返し、大きくため息を吐き、そして互いに無言で手を繋いだ。
シグレの手は凍えたように冷たくて、アオハルの手は熱が出たかのように熱かった。
黒江家の離れで二人は無言で寄り添い合う。
眠ることができないまま朝日が昇るのを待った。
いつだって居場所を失う時は突然だった。
新しく見つける居場所は、それ以前よりもちょっとずつ良い場所になっていった気もするが、それでも今サトルの傍以上に良いと思える場所は二人には無い。
もしサトルが今後仕事も出来なくなるようなら、二人の世話や後見にも支障が出るだろう。
そうすれば時待たずして二人は黒江家に引き取られることが決まっている。
ミヤコとも一緒に暮らすだろうし、今の所気を許せる友と呼べる唯一であるシオリとも近くなる。
それはきっと良い事だろうが、そこにサトルがいないのでは意味がない。
互いに言葉は交わさないが、思う事は何時だって同じだった。
居場所になってくれたサトルと、それを許してくれたツカサへの恩返し、それが叶わなくなるかもしれないのは、二人がせっかく見つけた生きる意味の喪失だ。
少し明るくなってきて、ようやく二人はほっと息を吐いて、少しだけ眠った。
黒江家に泊った二人が何時までも起きてこないので、ツバキが二人を起こしに行くと、布団に二人の姿はなく、代わりにリビングのソファに互いを守ろうとするように抱きしめ合って眠る二人の姿があった。
ツバキは二人をそっと起こすと、顔を冷水で洗って、腫れてる目元をシオリに治療してもらおうと提案した。
二人は無言でうなずき、朝の支度をしてシオリが離れへと尋ねて来るのを待った。
「……おはよう。思った以上にひどい顔。大丈夫……サトルさんは生きてるし、今朝朝一でユカリさんに貰った連絡だと、一応手足の欠損に付いては七年前から研究が進んでるから、サトルさんくらいの魔法が使える人ならちゃんと再生治療ができるらしいよ? いざとなったら、私も出きる限りはするし。一応献血の理論で言えば、私がもう少し成長すれば、年に二回くらいは腕の再生なら出来るそうだから、あと二年待てば治療は可能だから」
シオリは泣きはらした目の二人を見て、表情こそ変えないまま苦笑を声に滲ませながら、サトルの無事と、サトルの四肢再生は可能であることを告げた。
今年になって三毛氏や緑川とも提携して開発した四肢欠損の再生魔術は、元々シオリの持つ異能の疑似魔法化が発想の起点だったので、シオリにも意見を聞くために連絡が来ていたのだ。
今回サトルに使用するにあたって、豚肉やと殺場での儀式を簡略化できる存在として、ルイの身体を一部移植する事になるとあったのは、あえて教えないでおく。
明らかに非人道的な実験であると同時に、異界の存在であるルイや、法で定義することが難しい魔法の儀式化、魔術という技術を、現在の倫理観で語るのは難しい所があるため、シオリはそれが良い事か悪い事か判断すること自体を放棄した。
代わりに口を噤んでその技術を秘匿する……つもりだったのだが、目の前の友人二人の焦燥ぶりに、思わず話してしまったのだ。
すました顔でシオリは口元を押さえる。
ツバキがとんでもない事を聞いたと額を押さえる。
「え、何それ聞いてない、言っていい事なんです?」
「聞かなかったことにしてくれればいいです。サトルさんがちょっと大怪我をして死にかけた、いつもの事ですよね? それだけです」
何時もの通りサトルが大怪我をして、大怪我を何故か奇跡的に治癒させて、また戦線復帰するゾンビ戦法。
サトルの得意とする、と言っていいかは疑問だが、よくある日常の情景だ。
シオリの言葉にシグレもアオハルも苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。
「そんな何時ものやだよ」
「笑えない冗談すぎ-」
それでもその笑えない冗談で、少しは元気が出たらしい二人に、シオリは僅かに目を細めて表情を緩めた。
「まあそういう事でサトルさんは死にやすいけど、ツカサさんがいる間はツカサさんが手放さないから……地獄からでも引きずり出すんじゃないかな?」
ツカサのサトルへの執着を舐めてはいけないとシオリは言う。
シグレもアオハルも、ついでにこの場にいるツバキも知らないことだが、ツカサはサトルを覚えていられる数少ない人間。
自分に応えて世界から忘れられる選択をしたサトルを、あのツカサが手放すはずが無いとシオリは思っている。
「だったら俺たちも一緒に地獄行く」
サトルが地獄に行くのならついて行く、そう言ったのは意外にもアオハルだった。
「アホハルそれサトルさんに言ったら泣きそうな顔されるから言うなよ?」
自殺をほのめかすアオハルの言葉に、シグレは思い切りアオハルの後ろ頭を叩いてしかりつけるが、公言するなとは言うが、自殺をするなとは言わない。
シグレにとっても取り得る選択肢だからだ。
そんな二人にシオリが盛大にため息を吐く。
「言わずについて行くのも無しね。ミヤコ君が傷つくから」
ついて行く、自殺をするのはシオリが許さない。
悲しむ人間がいるのだからと言われれば、二人は一瞬きょとんとした後、何かに気が付いたようにはっと息を飲む。
「お兄ちゃんになるんでしょ?」
言われて二人はこくりと頷く。
守ってもらうばかりの立場、一番下の弟分を卒業するのだから、その弟分を悲しませるわけにはいかない。
「はい、じゃあこのことはミヤコ君には秘密にしといてあげる。泣き虫なお兄ちゃんなんて思われたらいやでしょ。武士の情けだから」
続けたシオリの言葉に、二人はもう一度こくりと頷いた。
二人は、ちょっとだけお兄ちゃんになった。
本日の更新はもう一回。
たぶん夕方くらい?
です。
森野は十六歳になってすぐに献血に行ったけど、以降は三回しか行けてないです。
熊には献血はハードル高かった。




