322.会いたい聖女と異世界の人
どら焼きで休憩を挟んで再び状況の報告。
ツカサが口を開く。
「エーデルっていう懸念は一つ解消……なんだけどね、実はもう一つ懸念が出てきて」
新しい懸念と聞いて、サトルが兎たちの世話を止めツカサへと問う。
「どんな?」
「前に捕まえた異界の血を引いてる半グレっぽいの引き連れてた人、聖女がいるなら会いたいって言いだしてさ」
深夜に高校へと忍び込み、そこで地獄の花の栽培をしていた男たちのうち一人を捕縛したことは、サトルもすでに聞いていた。
その男たちが異界にルーツを持つ人間同士のコミュニティーを作って活動していたということも。
「そうか……クロエは、会ってもいいと思ってるのだろうか?」
もっと撫でろと要求するように、サトルの手に自分の頭を押し付けるシロノを、掌で押さえるようにして牽制しつつ、サトルはクロエへと視線を移す。
クロエはサトルの傍からクロノを引き戻し自分の膝に乗せながら頷き返す。
「一緒について来てほしいけど、お願いできる?」
言いながらツカサが指をさすのはシロノ。
サトルがいた方がシロノの知っている情報を引き出すことができるからだ。
サトルは問題無いと答える。
「いつ会いに行く?」
「明日でいいかな? ちょっと急いでほしいみたいなこと言われてて……なんかね、聖女に合わせてくれるならクロノスに協力するし、恭順もするってさ」
それは思いもかけない話だった。
異界にルーツを持つ人間が聖女に会いたいと言うのは、過去にもいくつか事例があったのだが、聖女に会えるなら従ってもいいと言うこちらの世界の人間はいなかった。
逆を言えば、異界人がそのままこちらの世界に来ていた場合は、クロエの住まう薄原の里に移住を希望することがとても多かった。
つまり、捕まえた男はこちらの世界の人間ではないのかもしれない。
「何を考えてるんだ? 確かちゃんとこっちの世界の出生届が存在している人間だったと聞いてるが」
異世界の人間については、サトルも仕事柄多くの人間を見てきた。
ほとんどの者は生まれ育ちが日本である場合、常識や価値観も日本に染まり、聖女に対しての拘泥はあまりない。
たとえ親や祖父母に異世界での話を聞かされていたとしても、現代日本ほど万人が一定以上の水準で生活できる場所はそうそうない。
生前聖女として崇められていたクロエですら、幼少期は食べる物すらなく、繕いだらけの染めの一切ない白とも茶色とも言えない服と粗末な毛皮の靴を履いていたという。
「いや、流石にそれはあの教会がお前を虐待してたんだっての。逃げ出そうとしたら殺しにかかってきたしな。敬虔な信徒であるのは間違いなかったが、それが他の人間を虐げる免罪符にはならねえよ」
とクロノが酷く辟易した様子で語るので、クロエの話はちょっと鵜呑みにはできそうにない。
文化的な物に付いてはルイにも色々と聞いた方がいいだろうという事になった。
しかしそれでも、現代日本みたいに家電製品なんかないし、生水飲めないから沸かすか魔法で清水出すかだったよ? とクロエの談。
そもそも五十過ぎまで生きれば長生きという価値観だったとも。
「そんな世界に戻りたいと思う子供がいるか?」
ツカサはサトルの困惑にそうだよねと、困ったように肩をすくめる。
「僕もよくわからないんだ。話を聞く限りではできれば自分たちの故郷に帰りたい、みたいなあれだったんだけど、どうやってもコッチの世界から向こうの世界に行く方法が確立できてないし、いざ今年の夏になってようやく地獄の花の実証実験してみたら、思った以上に厄ネタほいほいの状態になってるってのを、実行犯である彼らは知らなかったんだって」
流石に巨大馬の暴走はどうやっても隠すことが出来なかったので、そのまま異界の流入による事件として報道をされていたが、その後の熊本中心市街地での爆発事件や、水前寺夏祭りでの水虎、おてもやん総踊りの頃から頻発する女性ばかりが倒れる事件は、原因を他の物に置き換えたり、そもそも事件自体を隠蔽したりしていた。
異界の流入を起こす世界の罅を塞ぐために、定期的な祭りが必要である以上、どうしても事件化をさせるわけにはいかなかったからだ。
サトルはすぐにそれを察する。
「ああ……なるほど、報道規制もしてたしな」
「そう、それでね、電車通りの巨大馬の暴走事件、それを受けて一部の若い人たちが離反してたところだったんだって」
隠すことのできなかった大事件。
それを受けて、祖先の故地を求める気持ちが薄い若い世代が、現代の便利な生活を壊すかもしれない活動に消極的になるのは仕方のない事だったのだろう。
捕まえる時にライトでタコ殴りにされて連れ去られ、その後警察に突き出されて普通に不法侵入と器物損壊と異界流入に関する法律あれこれで捕まってるし立件されてるし訴追が沢山なので長く拘留されてるおじさん。
本日の更新もこれだけ。
明日も一回更新です。




